29話『情報は鏑木撰から頂戴します。』
町並みをかいくぐるように自動車が走る。赤信号で停車する自動車は列をなして、運転手は背伸びをしたり、窓を開けて外を見たりと、合間を持て余すところに軽く仕草がほころばす。
そんな自動車渋滞を見下ろすように、歩道橋の上でA-ジョッシュが待ち合わせをしていた。アンドロイドらしく、自動車の運転をする人間とは正反対のように待つ時間も微動もしない。ただ立ち尽くして、相手を待っていた。
すると歩道橋の階段を上る人間がいた。その人間は男性で、眼鏡をかけていて、いかにも優等生な様相だが、社会に出て間もないほどの若さに見える。
「待っていました。鏑木撰、情報は頂けますか?」
「久しぶりだね、会って早々情報搾取かい?アンドロイドは仕事を優先したがるね」
「すみません」
杭をさして隣にきた男性は鏑木撰という名前で、どうやらA-ジョッシュに何らかの情報を持ってきたようだ。
「久しぶりだね。挨拶も大事にした方が良いよ。僕は日常会話をするアンドロイドが大好きなのだから・・・」
「右近博士がいよいよサファイア=ファミリアを始動しました。これからマリオネットの討伐に向かうところなので、情報が早くほしいのです」
A-ジョッシュは急いでいる様子で、早く右近博士のもとに情報を持ち出したいようだ。
「君の言いたいことはわかるよ。でも焦っても仕方がない。相手が動くのはまだ先だよ」
「そうですか・・・」
「とりあえず落ち着いて僕が今から話す情報を取り入れてくれ。安心して。僕はいつでもアンドロイドの見方だからね」
A-ジョッシュが頷く。そして体をそらし、また歩道橋の下をくぐり抜ける自動車を見た。
「私は鏑木に感謝しています。いくらサファイア=ファミリアというアンドロイドのための組織だからと言ったって、赤の他人である私たちにとても大切な情報を提供してくれる」
「何を今更・・・」
風が髪の毛をなびかせる。
A-ジョッシュの髪の毛も繊細で人間と同じように風によってなびかせていた。
「僕はただ、アンドロイド警察の仕事を平凡にこなすだけではいけないと思っている。今何をするべきか常に考えているのだよ。そして何をするべきかを教えてくれたのが君なのだよ。A-ジョッシュ」
そう、鏑木はアンドロイド警察に所属する人間だ。人間もアンドロイド警察に所属することができるが、極めて優秀な人材でしか採用されない。その理由はアンドロイド警察の根幹である本部でしか人間は採用されていないのだ。つまり、鏑木はアンドロイド警察の本部幹部に所属するエリートということになる。
「アンドロイド警察の移行、方針はすべて察知している。僕にかかれば、マリオネットの動向も簡単に把握できるのだ。だから、マリオネットの情報を君に提供できるわけだ。そして、君に極秘情報を提供する理由・・・それはサファイア=ファミリアにしか、マリオネットを殲滅することができないと分析したからだよ。アンドロイドの未来が無くなったら、アンドロイド警察の未来もない。裏で動いて、サファイア=ファミリアを陰で支えるのが得策と思ってね。それは自分のためではなくて、アンドロイドと人間の未来のためだよ」
淡々と話す鏑木にA-ジョッシュは再び体を正面に向けて関心を持つように聞く。
「鏑木は本当に優秀だ。しかし、見つかってはいけない危険なことをやっている。それが申し訳ないのだ。鏑木の命に何かあったらすぐに助けに行くよ」
「あたりめーだ。全員で助けにこいよ」
白い歯を見せて微笑んだ。自分の事なんてどうでも良いのか。まるで自分の話を他人事のように聞き流す。
そんな命がけの鏑木の行動を無駄にするわけにはいかない。
「それはさておき、マリオネットの情報だな」
A-ジョッシュが申し訳なさそうに頷いた。
「来月の9日にマリオネットがアンドロイド販売店を襲う。それに今回は操り人形に改造を施してあるかもしれない・・・。とうとう武力を持って暴れることになるぞ」
鏑木はとにかく情報通だ。おそらく、スクランブル交差点での出来事もすべて知ったのだろう。そしてマリオネットの動向は直接見ていなくても、調査をもとに次の手をひも解いていた。
情報のすべては鏑木の言葉によってA-ジョッシュに伝わった。
決して外部に漏らしてはいけないとA-ジョッシュも一気にすべてを記憶した。
「鏑木ありがとう。必ずマリオネットを殲滅するよ」
「そうだな。ところでA-ジョッシュは将来の夢は何かね?」
「将来の夢・・・?」
アンドロイドに将来の夢を聞くのは違和感がある。
将来の夢と言うと人間が子供のころに抱いている印象がある。
勿論大人になっても将来の夢は持ち続けても良いが、果たしてアンドロイドもそのようなものがあるのか・・・。
A-ジョッシュは照れながら言う。
「そうだな・・・私の将来の夢は家族を持つことだよ」
「素敵だな。きっと叶うよ。その夢は」
アンドロイドの夢を確認した鏑木は嬉しそうだった。
二人は微笑みあい、背を向けて反対方向に歩いて行った。




