18話『田邊と僕のことを誰も知らない。』
「あぁ~本当に大くんが元気になって良かったのう。
わしは、病院に送られたと聞いた瞬間、腰が抜けてしもうたわ」
自宅に帰ってきた鈴音を、重次郎は笑顔で迎えた。
「爺ちゃん、心配かけてごめんな。僕はもう大丈夫だから」
手を自分の後頭部に添えて、うっかりとした表情で話す。
つい、うっかりとマリオネットに遭遇したと重次郎に思わせる仕草・・・。
マリオネットに偶然遭遇したのは確かだが、
これからマリオネットに立ち向かっていくなんて到底、重次郎には話せない。
「まぁA-桜小町ちゃんはワシのお手伝いさんじゃが・・・大くんの面倒もこれからは見てもらうことにするよ。お前さんの身に何かあったらお前さんのお母さんにぶん殴られるからの!」
「ぶん殴られるって・・・」
冗談交じりに、重次郎は心配を訴えていた。
そして好都合ともとれるが、A-桜小町は今後、鈴音の外出にも同行できそうだ。
「わしは老いぼれじゃ・・・。用心棒なんてしたら、瞬殺されてしまう。A-桜小町ちゃん、大くんを守ってあげてくれ」
A-桜小町はゆっくりとお辞儀をした。
「さぁ、久しぶりに学校へ行ってくるよ」
そう言って鈴音はリュックサックを持った。
「何!?今日退院したばかりじゃろ!?身体は大丈夫なのか!?」
目が飛び出したように驚き、腰を押さえる。
「心配いらないよ。もう動けるし、病院でも散歩していたくらいだから・・・早く講義に出ないと単位を落としてしまうから」
平然な顔で話し、ドアノブに手を添えた。
そのまま扉をゆっくりと開く。
「待ちなさい!」
罵声が飛んだ。鈴音の耳元まで響くほどに・・・。
「すまぬ・・・。どうも心配でのぅ・・・。A-桜小町ちゃん、鈴音とずっと一緒にいてあげてくれんか・・・」
とっさに力が抜けたように腰を曲げる。
A-桜小町の背中を押して、外に向かわせた。
「ご安心ください!私が終始見守ります。無事に帰宅してきますから」
陽気な傍ら、安心を求める言葉だった。
扉がゆっくりとしまって、屋内には重次郎だけとなった。
(まさか孫が事件に巻き込まれるとは・・・)
椅子に座ってマグカップに入ったコーヒーを啜った。
「あの子が作るブラックは深みがあって美味しいわい」
ボーっとする重次郎は深くため息をついた。
「盆栽でも見に行くか」
一人で盆栽を見に行くことにした重次郎、
一方で鈴音とA-桜小町は大学のメンバーと合流していた。
「おい!久しぶりだな!生きていたのか!?連絡もよこさないから心配したんだぞ」
菅原の第一声は心配を投げかけた。
(実は死にかけたのだけど・・・)
「大丈夫!心配しないで!!しばらく休養をもらいました」
すると目の前に立っていたのは田邊だった。
「よう、元気だったか?いったい何していた?大学にも来ないで」
全て知っているはずの田邊がとぼけたように話し出す。
「あぁ、心配かけてごめんよ。田邊、後で話がある」
「話???」
二人のやり取りを見て
菅原がA-権蔵とA-真子姫にアイコンタクトを取った。
何かあったのか?と疑問をぶつけるかのように
首をかしげて目で訴えるが、
2体のアンドロイドはぽかんとした表情だった。
誰もいない階段の踊り場まで鈴音が田邊を連れ出す。
「お前、どういうつもりだよ。マリオネットの頭が普通に大学に通うのかよ」
「ダメか?大学にいたら・・・」
苛立ちを押さえながら、両手の拳を握り締めた。
「俺はお前らに殺されかけたんだぞ!どうして平然といられる!!」
「お前は俺がマリオネットのボスだという証拠を見つけたのか?」
「はっ!?」
おもむろに話す田邊に、両手で胸倉をつかむ。
「冗談言ってんじゃねーぞ」
「お前は俺がボスだという確証を見つけていない。だから俺は平然といられる。それに・・・俺がこの前、お前に言ったこと・・・嘘だったら?」
何も言い返せない鈴音は呼吸が荒々しいまま、手を震わせた。
「お前がマリオネットだったら・・・ただじゃ済まねーからな」
そう言って胸倉を掴んでいた両手を離した。
田邊と胸襟を開いて話したい気持ちだったのが、怒りをあらわにしてしまった自分に後悔する。下を向いて荒れた呼吸を必死に整えようとしていた。
「どうして・・・どうしてアンドロイドを?」
「は?」
絞りだしてきた言葉は少なくも、田邊に問いかける。
ため息をついて田邊が答える。
「絶対に言わねーから」
裏切られた気分だった。
友達にこんな仕打ちに合うなんて後悔しか出てこなかった。
(田邊・・・どうしてしまったんだよ・・・)
束の間のやり取りは、二人を引き裂くように分かれていった。
同じ時間、同じ場所にいる奴が悪の組織の根幹だなんて、
知りたくない現実が鈴音に襲い掛かる。
(できれば嘘であってほしい・・・)
少しの希望でも願う鈴音は、ゆっくりと皆の元へ戻るのであった。
皆のもとには背中越しの田邊がいる。
皆に笑顔を見せているが、鈴音には見えた。
背中が全く笑っていないということを・・・。
「ただいま!みんな!」
何事もなかったように振舞う2人は、
どちらも誰も知らない闇を抱えていたのであった。




