12話『心安らぐところに僕は』
「大ちゃん?どうかしましたか?」
A-桜小町はふと不思議そうに鈴音に問いかける。
「いやぁ講義の課題が難しくってさ。わからないんだよ」
「今日はお勉強熱心なのですね。フフフッ」
複数の参考書を開けて、ノートパソコンと睨めっこをしている鈴音の目に
ブルーライトが照り付ける。
「あまり、パソコンの画面を見すぎると目に良くないですよ」
「心配ありがとう。それじゃ、目を休めるとするよ」
手で目頭を押さえて瞼を閉じた。
真っ暗な視界の中、A-桜小町の声だけが聞こえてきた。
「大ちゃん、たまには気晴らしに遊びませんか?」
そのような質問は初めてだった。
アンドロイドが遊びを求めるなんて摩訶不思議だろう。
持ち主の重次郎に、遊ぶように言われているから実行に移しているだけか。
そう思えるのが関の山。
しかし、もしかしたら本当に心があって気持ちを伝えているのではないのだろうか。
もしかしたら、もしかすると・・・存在するのではないだろうか・・・
アンドロイドにも、心というものが・・・。
アンドロイドは人間に近くて、
人間に見合っている。
心・・・人間があると思えば、それは心なのか。
アンドロイドも生きている・・・。
「ねぇ、お散歩しましょうよ」
「お?お散歩!?」
「外の空気を吸わないと身体に悪いです!ずっと今日は家にいるつもりですか?」
腕組みをして頬を膨らませる・・・人間らしいその表現は
ふっと一息ついてしまうほど、落ち着くような癒しとなった。
「いいよ、外を歩こうか。良い天気だろうし」
扉を開けると晴天の空。
大きく息を吸うと、外の空気は美味しかった。
「どこまで歩く?」
「駅近くの公園まで歩きましょう。いいですか?」
「いいよ」
A-桜小町と鈴音は隣り合って歩く。周りから見たらカップルのようにも思えた。
いや、姉弟?親子ではないだろう。
周りの視線も少し気になってしまうのはおそらく人間である僕だけだ。
A-桜小町がいきなり鈴音の髪の毛を撫でた。
「えっ!?いきなり何するんだよ!?」
超絶的に驚く。
とっさの行動に後ずさりしてしまった。
「髪の毛、ずっと跳ねてましたよ。寝ぐせのまま外に出歩くのは可笑しいです」
淡々と冷静に寝ぐせの指摘を受けて、鈴音は目が点になった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
気まずい雰囲気を作ってしまったのは自分だと後悔しつつ、
歩き続けた。
ようやく公園に着くとベンチに腰掛けた。
「本当にいい天気ですね」
ニコニコと微笑みながら話すところ、鈴音はボーっとしていた。
未だに頭を触られたことを思い返している。
「鈴音さん?一人の方がよかった?」
心配そうに、そして残念そうに、悲観な目をしていた。
「いや!大丈夫!一緒に公園まで歩けて気持ちもリフレッシュできているよ!ちょっとボーっとしちゃったけど気にしないで」
慌てふためくほど、気持ちが上の空だった。
「これ、家で作ってきたの。一緒に食べよ」
A-桜小町が小包を持ち、広げると弁当箱が出てきた。
そしてふたを開けるとサンドイッチがあらわれた。
サンドイッチは卵が黄色くふわっとしていて、
キャベツは噛むとシャキシャキしそうでみずみずしい。
美味しそうなサンドイッチを手に取ってラップを剥ぎ取る。
「どうぞ、お食べください」
「ここまでしてくれて本当にうれしいよ。僕とA-桜小町さんはどういった関係になるのかな?」
ふとした疑問を投げかけるように、またA-桜小町が何と答えるのか気になった。そして、少しの期待をも寄せていた。
「私と大ちゃんですか・・・」
少し考える時間があった。少し困った様子でもあった。
「仲良し・・・じゃダメですか?」
鈴音はサンドイッチを口に含んだまま
「仲良しだよね」
そう答えた。
不思議な関係であるのは申し分ない。
それはお互いがわかっていること。
人間とアンドロイドだからこそ、余計に変な感覚に陥ってしまう。
それでも一つ、鈴音には確かだと思えたことがあった。
(僕のことを、本当に大切に思えてくれている・・・)
感情を寄せてしまうほど、優しくて麗しい。
そして、もう一つ心に抱いてしまったことがある。
(A-桜小町さんが人間だったらいいのに・・・)
思わぬ願望、それは果たして自分だけが抱いているのか。
必ず同じような気持ちになった人間が他にもいるはずだ。
肯定してしまいたい自分の感情を・・・。
サンドイッチを食べ終えた鈴音は弁当箱のふたを閉めた。
「さぁ、帰ろうか」
鈴音が手を差し伸べた。
「はい」
ゆっくりと手を添えて立ち上がる。
その手は冷たくも、綺麗で華奢で繊細だった。
「帰っても少し休んでください。課題は焦らずに身体を大事にしてくださいね」
身も心も心配してくれている。
あまりにも優しすぎると頭を抱えたくなるほどだ。
「わかった・・・A-桜小町さんも、あまり尽くしすぎると僕がダメ人間になるからほどほどにしてくれよ」
「ほどほど・・・わかりました」
家に向かって歩き始めた。
近所の散歩も悪くないと思えた時間だった。




