1話『爺さん、アンドロイドを買う』
「どうも、私はアンドロイドのA-勅使河原と申します。
よろしくお願いいたします。
今回アンドロイドのご購入を検討されているお客様に
アンドロイドのご説明をさせていただきます。
まず、
アンドロイドには名前を付けることができます。
アンドロイドも生活をする上で様々な手続きが必要なため、
名前は必要不可欠となりました。
しかしアンドロイドは名前の付け方が特別です。
頭文字に「A」続きに「-」が並び、最後に名称が付きます。
例えば太郎だと「A-太郎」になります。
すでにモデルも選択済みのお客様には
早速お名前を付けていただきたいと思います。
もう名前は決まっていると存じております。
よろしかったら、こちらにアンドロイドに付けるお名前を
ご記入ください」
男がペンをとり、名前を書く。
『A-桜小町』
「素敵なお名前です。
最新型のアンドロイドですので、お手伝いをするのには何の不自由もないでしょう。
お客様は主にお手伝いをするアンドロイドを求めていらっしゃった。
登録いたしましたA-桜小町様はきっとお客様のお役に立てること間違いありません」
流暢に話すバイヤーも商品と同じくアンドロイドである。
アンドロイドがアンドロイドを販売している不思議な光景は、
今となっては当たり前だ。
A-桜小町を購入したのは佐藤重次郎。
佐藤重次郎は独り暮らしをしているが、年を取ってから家事をすることも困難になってきた。家事全般をこなしてほしいアンドロイドを購入してきた客だ。
「ありがとう。A-勅使河原さん。また困ったことがあったら連絡するよ。さぁ行こうかA-桜小町」
人間は共通して必ずと言っていいほどアンドロイドを呼ぶときは頭にAと呼称した。
(人間とアンドロイド)をはっきりと区別しないといけないという認識が人間にはあるのだ。
アンドロイド販売店を出て全自動バスに乗る。
極めて画期的な乗り物も当たり前のように存在する。
佐藤重次郎の後ろを黙って歩くA-桜小町。
勿論、アンドロイドは余計な会話も相手になってくれる。
しかし、佐藤重次郎にとってアンドロイドは機械にすぎない。
話し相手にはならない存在だった。
A-桜小町が話しかける。
「お名前を訊いてもよろしいでしょうか?」
「んー、名乗るのも性に合わないな。まぁ、良い。私は佐藤重次郎だ」
「どうして私の名前をA-桜小町にしたのですか?」
「お前さん、顔はべっぴんじゃ。だから桜小町にしたのじゃ。お洒落と思わんか?」
老いぼれた顔が笑ってくしゃりと変形する。
「へへへっ」
アンドロイドの苦笑いは完璧だった。
「ここから家は遠いのですか?」
無言の時間を無くすように余計な話をA-桜小町から投げかける。
といっても大事な質問でもある。
「どれくらいかの・・・。もうちょっとじゃろう」
それから1時間後に佐藤重次郎が立ち上がる。
ようやく全自動バスを降りた。
人間の言う「もうちょっと」という表現は曖昧で、
アンドロイドにとって理解が難しい。
曖昧な表現は理解が困難になってしまうのは、アンドロイドの欠点ともいえる。
しかし、1時間は長すぎる・・・。
桜小町は内蔵時計を確認し、数字を読み解くと
首をかしげる。
「もうちょっとは・・・1時間。記録」
「よーし、歩いてもうちょっとじゃ」
「もうちょっと・・・1時間」
家は目の前にあった。
「もうちょっと・・・1分。上書き保存完了」
A-桜小町はまた苦笑いをした。
「なんじゃ、その顔は。壊れたのか」
「いいえ、お気になさらずに」
大きな屋敷の玄関先までゆっくりと歩く。
古い建物だが、大きな家は立派だった。
壁は色あせているが、建設当初はかなりの豪邸だったといえる。
「佐藤重次郎様は、どのようなお仕事をされていたのですか?」
「今は年金生活じゃ。昔はプロ野球選手じゃった。しかし、アンドロイドがプロ野球界に入ってからわしは全く活躍できんかったのう」
アンドロイドはスポーツ界にも名乗りを上げるほどだった。
「一番手強かった相手は誰でしたか?」
野球をしていた当時を思い出す。
「A-剛球選手じゃの。さすがに200キロは打てぬ」
まるで野球ゲームに出てくるような高い能力が当たり前のアンドロイドは、
当然ながら最前線で戦っており、多くの人間の選手は蚊帳の外だった。
「なつかしいのう」
昔を思い出すと涙があふれる佐藤重次郎であった。
屋敷の中は広い空間で、物も少なくすっきりしていた。
まさに快適といえる。
さっそくA-桜小町は仕事モードに入った。
「家事は何をなさいましょう」
「コーヒーを淹れてくれ」
「かしこまりました」
大きなソファに座ってテレビをつけるとニュースが放送されている。
日常風景は昔と大して変わっていない。
大きな変貌はやはりアンドロイドの存在。
時代の変遷はアンドロイドがもたらした。
「うーん、丁度良い温度じゃの」
コーヒーを上品に飲む重次郎を
A-桜小町は優しい顔で見届けていた。