episode.III 「龍太と音音」
「せ、千里眼⁉︎」
「そうじゃよ」
「遠くの場所を見通せる能力ですね。人の視力では行き届かない場所でも、障害物に閉鎖されていても、対象物を見ることが出来る。」
士郎さんは分かりやすく完結に説明してくれた。
「老眼で大分衰えたけどのぉ。今じゃ半径百キロ圏内しか見れぬわい。」
いや、充分過ぎるだろ。
「婆さん、俺が目の前にいても気付かないくらい、目がいっちゃってたじゃねぇかよ!」
「千里眼持ちの老眼は、近くのものが殆ど視えなくなるんじゃよ。磨りガラスを何重にも重ねたみたいにな。近視にならんかっただけ良かったわい。」
「近視になってたら、遠くが見えない千里眼。なんだそれ状態だな。」
「うむ。もはや使えぬわい」
ははは、と婆さんは汚い高笑いをした。
老眼鏡は手放せないらしい。
その割に、この前踏んづけて修理に出しているそうだ。
「まぁ、そんなことは良い!行け!今からわしが言う所に彼女はおる!連れて来るのじゃあぁぁぁぁ‼︎」
何時ものいきなりテンションだ。
言われるがままに、俺は五キロ以上も走った。ほうきに乗るスキルから教えてくれりゃ良いのに。
陸上部で良かったと、つくづく思った。
「音音っつってたな。士郎さん曰く、茶髪のショートボブに黒いローブみたいな格好か。」
全く、あっちが勝手にはぐれて、俺が向かいに行く羽目とは……。
これで、とんでないブサイクだったら、ぶん殴ってやろう。婆さんを。
女の子は殴れん。不細工でも。婆さんは、婆さんっていう性別だから。
高齢者虐待とか訴えられても知らん‼︎
あの石頭なら一発くらい平気だろうし。
走っていると、眼前には深い森が現れた。
木の葉っぱが互いを支え合うように、連なっている。大きな針葉樹達だ。
「薄気味悪い森だなぁ……。そういや、異世界だもんな。怪物とか普通に出そうだ。」
スライムくらいなら、なんら問題ないだろうが。
と、思ったが、今の俺は武器になるものなんて一つも持ってなかったので、スライムでも、ちょっと怪しい。言うてモンスターだから。
「キャァァァァァァァァア!!!!」
進行方向よりやや左の方から、女の子の悲鳴らしきものが聞こえた。
恐らく、音音って子だろう。こういうのはそうと相場が決まっている。
「……全く、助けに行きゃいいんだろ。」
俺は呆れながら、その声の方へと向かった。
「こ、来ないでぇ!」
女の子は、杖をゆらゆらと振りながら、木の影に身を丸くしていた。
振り払う杖の先にいたのは、スライムだった。
「スライムってそれだけで、弱そうなんだな。」
俺は、無言でスライムをサッカーボールのように思い切り蹴飛ばした。プヨンという感触に、一瞬脚がスライムの弾力に包まれたが、力に反発して、自分でも思ったよりも遠くの方へと飛んで行った。
「無装備でも、倒せるスライム。すげぇ(雑魚い)」
「す、すごい……!!」
俺の顔を見て、目をキラキラさせていた。
茶髪のショートボブに、黒いローブ。
間違いなさそうだ。
「お前が、音音か?」
自分の名を当てられ、さぞ驚いた表情へと変わった。
「ど、どうして私の名前を⁈ 」
「どうしてって、言われても、婆さんから——」
「もももももしかして、大魔王の手先で、スライムに襲われていた私を助けるフリをして、私を襲うつもりなのですか⁈
は!スライムを私に出くわさせたのも、仕組んだことで、それも含めて、正義の味方だと信じ込ませた上で、私を——」
なんだ、この子。
どうやら、やたら被害妄想の強い子らしい。
「そ、そんなんじゃねぇよ。あ、そうだ、日下士郎さん!知り合いだろ?その人にも頼まれて——」
「どどどどどうして、お爺ちゃんの名前を⁈
ま、まさか、そこまで、私の情報をリサーチ済みで、実は私のお知り合いなんです!みたいな感じで、親戚を装って、私に近づいて、気が緩んだ所を襲おうと⁈ そ、そんな手には乗りませんよ!!!!」
なに、この子。面倒くさい。
とりあえず、このままだと何を言っても俺は大魔王の手先の何かだと思われてしまうだろうから、ちゃんと話を最後まで聞いてくれるよう、丁寧に一から、音音を迎えに来るまでの経緯を説明した。
「ご、ごめんなさいっ!」
「い、いや〜急に謝られても。」
俺のことを信用したのはいいが、何故か若干涙を浮かべ、謝っていた。
(泣くなよ……。)
「な、なんでもしますからっ!」
「ん?今なんでもって?」
「あ、えぇと、あまり、変なお願いごとじゃなければ……」
テンプレ的返しをしてみたのだが、まぁ、音音は真面目で純粋な子であるが故に、伝わらず、余計に怯えてしまった。
「んー、よし」
すかさず、フォローするような意も込め、ついでなので、婆さんと士郎さんからの決定事項でもあったので、今のうちに伝えることにした。
「え、えぇっと?」
相変わらずに、音音は言う前から戸惑っているみたいだったが、そんなのしらねぇ!
「お前、俺の魔法使いになれ!」
風が一つ、俺と音音の間を横ぎった。
ポカンとする音音。俺はずっと彼女に差し伸べた手をどうしようものかと、考え始めていた。
「……」
「……」
段々恥ずかしなり、手をしまおうとした時、音音は、俺の手を掴んだ。
「勇者様の、魔法使い、ですか……?」
「あ、あぁ!」
どうやら、理解はしてくれたようだ。
「でも、私、杖で空を飛ぶことと、羊の毛を一瞬で刈り取る魔法しか使えません……」
羊の毛を刈り取る魔法って何?!
どこに需要があるんだよ。
「あ、安心しろ!俺なんかまだ、ほうきにすら乗れねぇから!」
「ほ、本当に勇者様なんですか?」
また、疑われてしまった。
「別に、成りたくて勇者になったわけじゃないし。とにかく、婆さんと士郎さんの顔を見れりゃ、全部信じるだろう?」
「それは、まぁ、はい」
疑いの目。いつまでそんな目を向けてるんだこの子は。
「その杖、二人乗り出来るのか?」
「い、一応出来ますけど……」
「なんだ、そんなに俺のこと信用してないのか?」
「い、いえ、そうじゃないんです……」
「じゃあ、いいだろ?もう、足クタクタなんだよ。乗せててってくれよ」
「は、はい。」
どうも、乗り気じゃない返事だった。
何処まで、この子は俺のことを信用していないのかと。
スライムから守ってやったということをすっかり忘れているのだろう。
俺は音音の後ろに手を置き、杖に跨った。
「んん。これ、なんかあれだな。痛くないのか?股。」
「い、痛くないですよ!飛んじゃえば、魔法の浮遊力で、体が軽くなるんです……!」
女の子に対して少々失礼な質問ではあったのだろうが、そういうことらしい。
「と、飛びますよ。しっかり捕まってて下さいね」
「おう!」
「へ、変な所触らないで下さいよ!!!!」
「ちゃんと掴まれて言ったから……」
「も、もうちょっと下です……!」
「あ、ごめんなさい。」
まな板だから仕方なかったとは言え、女の子の胸を触ってしまったからには、しっかりと謝ざるを得なかった。
まぁ、見た感じ俺より歳下だろうし、これからなんだろう。
十二歳くらいだろうか。
「全く、小学生の体を何だと思ってるんですか……!」
十二歳で正解らしい。さすが俺。
「悪かったって、不可抗力だ。」
「気を付けて下さいよ〜……」
俺は、今度はしっかりとお腹の方に手を回し、しがみついた。
お腹とかは言え、女の子にしがみつくというのは、なんか変な感じだ。
「手が滑った、とかなしですからね!」
「大丈夫だって、早く行こうぜ」
すると音音は、魔法か何かを込め始めた。
地面の草が揺れ始めた。ヘリコプターが飛ぶ時みたいな空気圧が草を揺らす。
段々と足が地面から離れていく。
「す、すげー」
俺はつい、感激の声を出していた。
「飛べ!!」
音音が、そう唱えた瞬間、その杖はまるでトンボのように勢いよく飛び立った。
と、思った。
「あ、あの〜音音さん?」
「だから、私は二人乗りなんてしたくなかったんですよっ……!」
「は〜ん。なるほどぉ。」
足先は地面から二メートルくらいの浮遊。
スピードは大人が歩くよりも遅い。
「一人でも、まだ上手く飛べないんですから当たり前なんです!」
「音音、歩こ。」
俺は一つ思った。多分、大魔王は倒せないだろうと。
——00III