大の字で見た夕焼け空は、地球が丸いって教えてくれた。
瞬くと、かつて韋駄天で鳴らしていた両ひざが抑えきれないほど大笑いしていた。
すでに息は切れぎれで、必死で膝を手で押さえ、肩を上下させていた。
振り絞って顔を上げると、自分と幾分も年が違わないはずの同僚が、爽やかな風をまとってボールを追いかけていた。
【くそ。こんなはずでは】
握る手に力を込めるが、思った以上に靴底は地面を踏みしめられない。
そういえば、土を蹴ったことなんて、ここ何年もなかった。
いつだって朝六時に起きて、固いアスファルトを革靴で踏み鳴らして片道1時間半の通勤をしているくらいのものだった。
都会には木が増えたが、だからってそこで憩いを摂るような人間でもない。
いつからかそれが当たり前になっていた。
学生の頃は今より十キロくらい痩せていて、広いグラウンドを攻撃的なサイドバックとして上下に絶え間なく走り回っていたというのに。
昨日の会社帰り、同僚の肩から下げているものがサッカーボールとわかって、話が一花咲いて、どういうわけか一緒にやらないかと誘われた時、俺はさすがに断った。
興味はあったが、自分もそこまでバカじゃない。
自分の感覚と現実がこの15年のうちにかけ離れてることは容易に想像できたのだから。
でも、しつこく食い下がられると興味がないわけじゃないから、ちょっとその気になってしまうものじゃないか。
俺は着るものがないと断った。
でも、同僚は着るものなどジャージで構わないと言った。
ソックスも脛当てもどこに仕舞ったか。
それなら、見つかったら来なよ、とそいつが言うものだから、見つかったらなって簡単に返事をしてしまったのだった。
それで家に帰って、俺は夢中でソックスと脛当てを探し出して、探し出したあとでソファに座り込んで、缶ビールのプルタブを起こして、一息飲んで、なんだかニヤニヤしてしまったのだ。
【まあ、よく考えたらそうだよな】
俺は上がらない足を引きずり、最低限、ディフェンスラインの邪魔にならないようにポジションを上げる。
「へい!」
すると、同僚がこちらに何気ないパスを出してきた。
俺は無心でトラップして、相手の位置など気にする余裕もなく、同僚にコロコロパスを返す。
ただそれだけで、異様にテンションが上がった。
なんの変哲もないトラップアンドパスで、だ。
俺は苦しいのも忘れて、無我夢中でボールを追った。
トラップも、パスも、スローイングでさえひどい出来栄えだった。
でも、体の奥底から、楽しい気持ちがとめどなく湧き上がってくるのを感じていた。
※※※
「おつかれさま」
終了のホイッスルが鳴り暫くすると、涼しい顔をした同僚がスポーツタオルを片手にドリンクを傍らに置いてくれた。
俺はそれまでずっと、グラウンドに大の字だった。
目を閉じ、一向に整わない呼吸に意識を集中させていた。
疲れすぎて、このままだったら眠ってしまえそうなくらい体がだるかったのに、意識はなおも高ぶっていた。
同僚は、不敵な笑みを浮かべ、味方のいるベンチへと退いた。
俺はその背中を見て、微かな敗北感と、どこか憧れにも似た感情を抱いた。
大きく息を吸う。
そして、空を見る。
目の前には、一面の夕焼け空が広がっていた。
視界一杯に広がる空は、地球が丸いって教えてくれた。
下を向いて、ビルとビルの合間を歩いていては一生辿りつけない景色。
なんだか無性に笑えてきた。
涙が溢れる。
気持ちのいい涙が。
俺は一頻り、笑いながら泣いた。
大の字になって見た空は、高く、そして丸かった。