選択肢ゼロの英雄
「質問が、貴方が元の世界に戻れるかと言う事で有れば・・・答えはクエスチョンです。なにしろこの世界に来た人間が日本に帰ったと言う前例が今の所有りませんので。」
絶望的な回答をさらりと告げられた。
しかし、上には上がある。
いや下には下がある、が正解か?
「それでも戻れる可能性はゼロでは無い。問題なのは仮に戻れたとして、その時、どんな形、どんな立場で戻れるのか・・・です。何しろ元の世界、日本にはすでに貴方自身が・・・今鹿風谷が存在しているのですから。」
そう。
そうなのだ。
俺が話を聞いていて1番恐怖を感じたのはその事だ。
今現在も日本には俺が普通に暮らしていて、異世界転移した事に誰一人として気が付いていない。
つまりあちらの世界では何の問題も無く俺の日常が俺によって続いているのだ。
では・・・今ここに居る俺は一体何者なんだろうか?
何者として自己のアイデンティティを確立すれば良いのだろうか?
不安や絶望があからさまに顔に出ていたのだろう。
気が付いて老紳士が言葉を続けた。
「貴方が今味わって居る絶望感は・・・私も理解しています。この事実をこの世界の英雄召喚士から聴かされた時は、私も正直どうして良いのか解らなくなりましたからね。」
そう言えばそうだった。
この人も・・・俄かには信じがたいけれど転移させられた俺自身なんだっけ。いや、本当にまだ全然信じられないけど。
「英雄召喚士?」
聞き慣れない単語が有ったので思わず聞き返す。
「英雄召喚士とは、この世界に危機が訪れた時、異世界から英雄の才能を持った人間を召喚する特殊な魔術士の事です。
通常の魔術士とは違い滅多にお目にかかれません。」
「じゃあその英雄召喚士って奴がこの問題の原因ですか?許せない!どこに居るんですか!?」
「知ってどうするおつもりで?」
「文句の一つも言ってぶっ飛ばしてやるんですよ!俺の人生をメチャクチャにされたんですから!!」
老紳士が眉を顰める。
何故そんな否定的な表情をするんだ?
この人だって被害者だろうに。
「気持ちは解りますが、彼等もなんの覚悟も無く英雄召喚を行なっているわけでは有りませんよ。召喚された人間がどうなるのかを理解した上で、恨まれるのも覚悟の上で、それでも譲れない正義の為、愛する家族の為、英雄召喚を行うのです。」
まるで美しい低音楽器の音色のような老紳士の声に怒りが削がれてしまう。
うぅ、言葉が出ない。
「今この世界は、異世界の英雄に頼らなくてはならない程切迫しているのです。私が転移した30年前の危機は【魔王を名乗る魔物の軍勢が次々と村や町を襲っている】と言う、まるで絵に描いたようなテンプレートな内容でした。エスブリッジ全体の五分の一程度が滅びた辺りで、苦肉の策として当時の英雄召喚士によって私が召喚されたのです。」
ん?
俺はずっと喉に引っかかっていた小骨が有ったことに気が付いた。
「いやちょっと待って下さい、魔王を討伐する為に貴方は転移召喚されたんですよね?だったら何でまだこの世界は危機的状況を打破出来ていないんですか?その時、英雄として魔王を倒したんじゃないんですか?」
老紳士は苦虫を潰したような表情をすると、首を左右に振って否定のジェスチャーをした。
「残念ながら、私は魔王を倒すことが出来なかったのですよ。」
「え??ど、どうしてですか??貴方は英雄として召喚されたんですよね??」
「英雄召喚・・・と言えば聞こえは良いのですがね。この世界の異世界召喚術、物凄い欠点が有りまして・・・。」
急にトーンとテンションをガタ落ちさせないで欲しい。
不吉な予感しかしない。
「け・・・欠点ですか?」
「ええ実はですね、この世界の召喚術で召喚できるのって貴方だけなんですよ。」
「へ?」
またしても訳がわからない。
さっきから混乱しかしていない。
俺はいつの間にか薬でもキメてしまっているんじゃなかろうか?
キメた事無いから解らんけど。
薬、ダメ絶対!
「ですからこの世界、エスブリッジの英雄召喚で異世界から転移させる事の出来る対象の人物は、地球の日本人、今鹿風谷だけなのですよ。他の人物を転移召喚する事は何故か出来ないのです。」
「はあっ!?ええ〜!?何ですかその片寄った召喚は!?」
「ですので英雄召喚と言っても【英雄】足り得る才能のある人物を転移させているわけではなく、今鹿風谷しか・・・正確には今鹿風谷の魂の切り抜きしか転移召喚させる事が出来ないので仕方なく貴方や私は召喚されたのです。」
ひでぇ。
ひでぇ設定だよ。
元の世界に帰れない上に英雄でも勇者でも無い一般人状態で異世界を生きて行かなければならないなんて無理ゲー通り越して糞ゲーだろ。
「ただ一つ、転移者たる我々がこの世界で優れている点、有利な点、それが・・・転移神にも言われたと思いますが、【想いの力】。理想の自分の姿と能力でこちらに来られる事だったのですが・・・」
「だったら貴方も【世界最強】の力と肉体を持った状態で魔王に挑んだんでしょ?それでも勝てなかったなら・・・俺が何をしても無駄なんじゃ」
こちらの問いかけに、食い気味で自称50年後の俺が切り返してくる。
「私は持ってなかったんですよ。【世界最強】の力はね。」




