本爪十里Ⅰ
彼ら彼女らが居場所の無かった僕に居てもいいと思える所をくれたのはいつだったのだろうか。
中学二年の夏休み明けに僕、本爪十里の家族は別々に暮らすこととなった。突然というわけではなかった。いわば必然といってもよかった。随分と前から両親の仲は悪く家の中で顔を合わせればいつも口論になっていた。僕の家では母親が毎朝四人分の朝食を作ってくれるのだがいつからか父親の分の朝食は用意されなくなり、僕と姉の桃花と母の三人分だけが用意されるだけになった。
日曜日は一日中家族が揃って居られる日だった。だからといって特別どこかへ出掛けたりはなかったけれど夕方になり四人で近くの大型スーパーに買い出しに行くのは僕の密かな楽しみだった。しかしそんな習慣も僕が中学生になったころには無くなり、父は日曜日は朝からどこかへ出掛けて帰宅したときには服からたばこの匂いを漂わせていた。父は元来タバコを吸う人ではなかったのだが家族といることがストレスになってきたのかもしれない。母は家のことをした後は一人で買い物に出掛けるようになった。姉は学校の友達とどこかに遊びに行ったりしているようで、僕だけが仲間外れになったような、置いて行かれたような孤独感に襲われ始めた。ちょうどこの頃からだった一人でいること好むようになったのわ。
母か父、どちらと一緒に暮らすか決断を迫られたとき僕は父親を選んだ。母は泣いていたが姉の桃花だけは「お父さんをよろしく頼んだよ」と言ってくれた。
父と暮らし始めて生活面でお金に困ることはそれほどなかったが姉のほうは相当に大変な思いをしていると思う。母も父ももともとは働いていたが父の収入だけで暮らしていけるようになってから離婚する直前まで母は気分転換程度で週に三日パートタイマーをしていただけだったから母の収入はそれほど多くはない。以前聞いたときには月五万円くらいだと言っていた。貯金があったとしてもやはり二人で暮らすには全然足りないように思う。離婚してからは母と姉に連絡を取っていないので残念ながらその後の状況をこの時の僕は知ることができなかった。
離婚したのが随分と前に思えるようになった頃、僕は県内にある私立の傍嶋大学に推薦で合格した。
大学の学費は奨学金制度というものを利用してなんとか支払っている。これ以上父親に負担をかけたくはなかった僕は高校卒業と同時に就職しようとしていたのだが、しかし父はそれを許してはくれなかった。




