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第8話・背中合わせの一幕




第8話・背中合わせの一幕




まるで休まずに繰り返した鍛錬を終えて帰った真は、その後宣言通りに置きっぱなしの夏休みの宿題に手を出した。

特に頭が良い訳でもないのにがりがりと机に向かい続け、オマケに勘を鈍らせないようにと眠る時には練想空間に。

その睡眠にしたってまともに取れず、どうにかあらかたを片付けて登校日を迎えた真は…


「で、二学期登校初日からそんなボロボロなのか…」

「んー…」


守雄にその話をかいつまんでして生返事を返すのが一杯一杯の状態で、ふらふらと通学路を歩いていた。

そうまでして夏休みの宿題にかかるのに呆れつつも、担任の姿を想像して守雄は息を吐く。


「ま、あの川崎相手じゃそれが無難だろうな。ところで白兎の奴はどうしたんだ?」


一学期は殆どずっと朝わざわざ真の家に顔を出して、そこから一緒に登校するという形を取っていた稔。だが、今はその稔の姿が無かった。


「しばらく朝晩会わないよ。」

「なんかあったのか?」


夏休み明けに急に変わった状況。

ひと夏に何かがあったとなれば…と想像すると、面白い話じゃないかとニヤニヤしながら問いかける守雄。


「本気で戦う約束して、それまで別々に訓練しようって事にしたんだ。」


だが…真の回答に、守雄は凍りついた。


「本気でって…おい、お前マジかそれ?」

「うん。」


おののく守雄に対してあっさりと答える真。

真にしてみればそこまでの大事ではなかったが、稔は一度幼馴染との全力戦闘の結果その全身を破壊し尽くした挙句、トラウマになった事がある。

そんな稔との全力戦闘の約束。普通の人間にしてみればまともに聞いてられる話ではなかった。


「…どっちか死ぬんじゃねぇのかそれ?」

「あはは、それはないよ。」


本気で心配する守雄相手に安心させるように軽く返す真。

練想空間でという事を伏せている為、真の言葉に嘘は無かった。ただ…


(最悪植物状態にはなるかもしれないけど…)


意思の塊として動いている練想空間で消滅すれば、最悪意識の消滅と同義となる為、二度と目を覚まさない可能性はあった。


「しっかしそうなると、夏休み中動き回って今から更に死ぬほど鍛錬する予定なんだよな?」

「まぁ…そうなるね。」


稔と試合。

それを前にして準備不足などありえない。それくらいの事は守雄でも想像がついた。


「もう運動部でも入ったほうが早いんじゃねぇのか?」


いっそ機材とかが揃っている部活の日程ならましに進められるんじゃないかと口にした守雄。だが、そんな守雄の言葉に真はあくび交じりに笑う。


「普通の人と一緒に行動してもしょうがないよ。」

「…サラッとすげぇこと言うようになったな。」


運動部ならそれなりに密度の濃い練習を行っているだろうに、一緒にいても意味がない普通の人と言い切ってしまう真。

人を馬鹿にするような性格で無い事は重々承知している為、寝ぼけて出たただの真実なのだろう。

年度初めは普通の人間の一人だったはずの真の変わり様に、守雄は引いたものか讃えたものかと迷った。









数学の授業。

稔のクラスは完全に凍り付いていた。


夏休みの宿題を完全に放り出してきた稔に対して、放課後に片付けて帰るように指示を出した、氷の教師こと川崎世一。


「断る。」


一瞬の間もなく稔はそう返した。

元から授業時間以外を裂く気がないからと放り出したのに、放課後に残る訳も無い。

だが、その辺の教師ならいざ知らず恐怖の象徴のような扱いすらされている世一がそんなものを許すはずが無く、睨み合う二人。


「ふざけるな。」

「私がふざけた事があったと思いますか?」


怒気を見せる世一に対して、真っ直ぐ見返したままあえて丁寧に返す稔。

二人にしてみればそれぞれまったく別の理由で当然の対応をしているのだが…


「と、とめろよ…」

「どっちを?」

「知るかよ、先生の注意がまともだからってあの白兎に話が通る訳ねぇって…」


ひそひそと、小さな声で話すクラスメイト。

彼らにすれば、この二人の睨み合いなどたまったものではなかった。


分かり易いタイプの不良ではない稔は授業中さぼったり眠ったり等とする事は無かったが、最も優先している鍛錬の邪魔をしてくる奴には容赦は無かった。

係や部活への誘導の類で放課後に声でもかけて呼び止めても止まる訳も無く、掴んででも無理矢理に等とすれば逆にその手を投げ外される。

かつて真絡みで本気で怒らせた事のある世一もその辺の事は分かっていた。その上、授業中にこれ以上を言うのは他の生徒も巻き込むことになる。

対処に迷った世一だったが、無言で授業に戻る事にした。

一方で、明らかに問題行動をしておきながら、授業が始まれば素直なものでノートと教科書を並べ黒板に書き込まれる解説を真面目に書き取り始める稔。


(み、身がもたない…)


クラス全員がいつ何が壊れるか分からない恐ろしく冷たい空気の中、怯えながら机に向かっていた。





「お前本当に滅茶苦茶だな…」


昼休み、風の噂程度に入ってきた稔のクラスの地獄の授業風景を耳に挟んだ穂波は、稔の前の席を借りると顔を合わせて早々に呆れた呟きを漏らす。


「知るか。それに私は怒るなとも成績を下げるなとも言ってないんだ。授業中に騒いだ訳でも無し、空気が悪いなんて所までいちいち面倒見てられるか。」


切って捨てるかのように片付ける稔。

穂波は幼馴染だけあって予想していた反応だった為、特に驚く事も無く続ける。


「不良ほど悪かったり最低限まともなら困らないんだろうが、他の生徒に直接害は無いまま非常識とかある意味一番困るんじゃないか?」

「かも知れないな。とは言え私の知った事じゃないが。」


完全に四六時中悪ければ退学なりさせるだろうし、多少良くない程度なら放っても置くだろうが、きっちりスイッチを切り替えるように公私を変に叩ききっているだけで、悪事や怠慢の意図もなく、オマケに説教の全ては意にも介さないとなると扱いに困るのは目に見えていた。

幼馴染のよしみで突っ込んでは見たものの予想していた通り取り付く島も無い稔にそれ以上は言わず、本題に移ることにする。


「修行のほうはどうだったんだ?」


稔と道こそ違えたものの、剣道を熱心に続けている穂波。身近にいる最強格の稔が山篭りで修行してきたとなれば気になるのは当然だった。


「真とやるのが一番緊張感があるのは確かだが、武器違いや多人数となるとそれとは違ったものを得られるって意味では収穫だったな。」


予定に無かった天狗との遭遇が一番の経験だったのだが、触れられない話のためそれ以外に限定して振り返る稔。


「裂岩流についていってもアイツが一番緊張感があるのか…」

「裂岩流の人達の事知ってるのか?」


穂波にしてみれば真が尤も強敵だと宣言するような稔の台詞は完全に予想外で、柔い笑みが特徴の少年の顔を思い出して顔をしかめた。

だが、稔はそれよりも、縁のないはずの裂岩流の名を上げてそれより強いと驚いた穂波が、彼らについて知っている事に驚く。


「お前知らないまま一緒にいたのか?まぁ有名って程でもないが、棒術でルール無用の試合を格闘団体なんかに持ちかける少し物騒な集団だぞ?事前に交渉して承諾を貰ってとはいえ、武器使う上で当たったらじゃなく降参か倒すかみたいな試合だから危ないんだよな。」


非公式武術団体と言うだけあっておおっぴらに公言するには危険な行動。

当たったらになっていないのは、棒相手で触れたら負けだとどうしても長いほうが有利になってしまうから、突き以外は防いだり掴んだりで無理矢理接近できるように考えたのだろうと理由の察しはついた二人だったが、ルールがあっても倒れるまで打ち合ったら危険だと言うのに武器まで使ってそれでは到底一般に見せられる代物じゃないとも思う穂波。

だが、そこで気づく。考えるまでも無く稔と真の二人はそのルール無用で日夜打ち合っている事に。


「なるほどな、だからお前達が誘われたのか?」

「だろうな。一応私達が試合した時には当たったら退場にしたが。」


穂波の質問に安全性は考えたと言う意味で初戦のルールを告げた稔。

だが、問題があるのは安全性のほうではなかった。

先に挙げた通り、間合い等の関係でどうしたって長い上に何処が当たっても良い棒を扱っているほうが有利なのは間違いないのだ。


「おい、竹刀で棒相手にか?」

「あぁ、真と二人で会長以外の全員相手に勝ったぞ。」

「化け物かお前等…」

「かもしれないな。」


ただでさえ不利だと言うのに、それを多対二で年上相手にやったとさらりと告げる稔。

剣道で対なら並以上の年上も打ち倒せる自信のある穂波ですら、引く以外の反応が出来なかった。

とは言え、それは彼女が人の範疇で考えている話だからで、文字通りに化け物以上を目指している稔にしてみればただの褒め言葉だった。


「しかし、お前が言うと説得力もあるんだが…どうしてもあの子犬にしか見えない姫野がそんなのだって想像できないんだよな…」


恐ろしい戦闘記録とただの中学生よりも幼く可愛らしい姫野真の姿がどうしても重ならず、先も考えた事を愚痴るように口にする穂波。だが…


「それを言うなら裂岩流の会長だって神社の人だぞ?戦闘時以外異常なほど物腰丁寧で優しいし。」

「そんな馬鹿な…」


大和の話を持ち出されて本気で驚く穂波。

つまらない嘘など付くわけが無い事を知っているが、だからと言って危険とすら言われる武術団体の長が丁寧で優しい神職者等と想像できるわけも無かった。


「お前も事あるごとにキレてないで大和撫子でも目指したらどうだ?案外そのほうが試合中だけ強くなるかもしれないし。」


稔は在り方の厳しさから怒る事が多いが、基本的には我慢ならずに怒鳴り散らしていると言う訳ではない。むしろその傾向は穂波のほうが強い事を良く知っている稔は、精神修行も兼ねてそういってみたのだが…


「それは大丈夫だろう、女子力所か人間力皆無のお前が最強なんだから。」

「…否定できないな。」


教室中を恐怖のどん底に落とした原因に人間性を注意されて頷くはずもなく、稔は返された酷評を何一つ否定できなかった。











長めの棒の中心を手に、真は森の中を駆け回る。

途中見かけた木に肩からぶつかり、散ってくる葉を相手にそのまま棒を振るう。

だが、それまで振っていた短刀や剣と明らかに違うタイプの持ち方で、それも的確に捉えなければ風圧でヒラリとかわされる葉を打ち据える事などできず、振るった棒は虚しく空を切る。


「っ…駄目だ、この精度じゃ…」


歯噛みした真が思い出すのは、稔が今回の合宿でモノにして見せた旋月。

空中で扱う斬撃にも関わらず、既に木の葉を捉えつつある代物になっていた。


(ガイアクレイモアみたいな大剣ならぶん回すって表現がぴったりの扱いでも多少はいいかもしれないけど、稔の間合いに触れる気ならある程度精度がないと回避と攻撃を同時にされる。)


手打ちなら軽い、と言っても武器で直撃ならあまり関係なく大ダメージだ。

かわされて隙間を縫うように剣を振るわれれば、たとえ轟のような強力な一撃じゃなくても危険なのは目に見えている。


(動きながらでも対象物を捕らえられるようにしておかないと、乱みたいな高速連撃の一つでも拾い損ねたらそれで終わるし。)


真は再度木に衝突し、棒を振るう。

今度は、初撃の一枚だけは捉える事が出来た。


(千変万化が僕の魔法剣…何よりカッコいいしね。)


自分で思い返しながら拙い理由に笑う真。

けれど、それに迷いも後悔も無かった。


(剣道始めた子供の頃の稔だって単に『負けたくない』って程度だったはずだ。ううん、複雑怪奇な理由なんてきっと今だって無い。ただ…それが強い望みで大切だってだけで。)


キラキラと輝く宝物、目を輝かせて見ていた宝物。

その光を、自らの手で汚し曇らせてきた皆。

それはきっと楽なんだろうけれど、現実の枷をはめられた人の器では正しいのかもしれないけれど…



女神を見た。



ただ一人で、剣一つで、全てと戦い打ち破ると、それが出来るようにと鍛えてきた、戦女神を。

そして彼女は、姫野真の魔法剣を神前で相対するものに選んでくれた。


(本気で凄いと思った、今だって凄いと思いっぱなしだ、だけどだからこそ…)


大和の来訪から合宿までの、凄い人『達』と誰もが言う評を思い返し、棒を強く握る。

対のように、双璧のように、一組のように…同じ高さのように。


(だから…負けられない。負けない凄いものじゃなきゃ嫌なんだ、何があっても!)


稔を心底讃える真だからこそ、並べられ、真自身も共に進んできたつもりでいる為、負ける訳には行かないと強く思った。












「ふ…ぅっ…」


クシナダの力を借りて、集めた惑意で象って貰ったウンディーネを細断した稔は、膝をついて座り込んだ。

と言うのも…


「…各一対一、集めた惑意で無理矢理だから自然に来たほどじゃないとは言え…日に四大精霊全部剣で倒すか?」


呆れたようにスサノオが言った通り、この一晩だけで惑意で形成された四大精霊を全て掃ったのだ。

2学期が始まって二週間程経過したが、その間夜の度に、稔はずっとわざわざ四大精霊を形成してもらって戦っていた。

当初は当然日に四連戦なんて無理がある話だったが、今日とうとうその全てを倒しきったのだ。


「…これで…4本だって言うなら…まだ足りませんね。」


完全に消耗した状態で、しかしはっきりと言い切る稔。

自制の為に…どころか、まるで喜んだ様子の無い稔に、スサノオは肩をすくめた。

4本。

それは、1本ごとに自然さながらの力を発揮する真の魔法剣の種類に換算して、精霊4種を倒した事を4本破ったと例えたもの。

一戦中に何本出してくるかはともかく、知っているだけでも倍以上の種類のある真の剣に対応するのに、4種の精霊を倒した程度では安心仕切るのは早計だった。


「途中経過扱いかよ、ったく。あのお子様相手に異常に備えるなぁおい。」

「それ、本気で言ってますか?」


軽口を叩いたスサノオだったが、稔の問いかけには何も返せなかった。


「剣で負ける事は無いでしょうが、それにしたって凌ぐだけならかなり粘ってくる。その上で…」

「千変万化の魔法剣。絶不調の時だったら俺でも危ねぇかもしれねぇからな、ありゃぁ。」


面倒を見るつもりで撃たせて凍らされた事のある手を見るスサノオ。

当然そのときはすぐに砕いたが、ここ最近の使いようは凄まじいものがあるとはスサノオですら感じていた。


「お前は中距離以上でやるなら空以外使いよう無いからな。」

「十分です。あくまで剣士ですから。」


宣言通り、遠距離攻撃が空だけなのは十分だと思っている稔。

元々は剣だけで立ち回る心積もりだったのだ。中距離をつめられる詰め手があると言うだけで大分便利なのは間違いなかった。


「今日の所は戻っておきます。監督役ありがとうございました。」

「素直だな、いつもそうならい…って、言ってる間に無視して帰るか。ったく…」


スサノオが話してる間に練想空間から去ってしまった稔。

可愛い所なんてものが欠片も見えない彼女の対応に頭をかく。


「ま、あれだけやれば消耗すんのも無理ねぇけどな。」


四大精霊全部を相手に勝利する。

1体相手でもおそらくは早々勝利できる者などいないだろう精霊相手に日に四連勝。

練想空間にたどり着いたほかの人間にいないのもそうだが、稔とてウンディーネとの発対面では斬って倒す事が叶わずに敗北しているのだ。


「スサノオ様!」

「お、噂の片割れが来たな。」


と、稔が練想空間からいなくなったのを感じ取った真がちょうど駆け寄って来た。

鍛錬を一緒にしないといっても魔法剣を試すなら練想空間で振るうほか無い。

ひょっこりと顔を出した真は嬉々としてスサノオに駆け寄る。


「数合打ち合って貰ってもいいですか?ちょっと試したいものがあって。」

「へぇ…数合保つと思ってんのか?」

「あはは…お手柔らかに…」


真の提案に不敵な笑みを浮かべて剣を抜くスサノオ。

自分から言い出した手前引きづらい真は少し引きつつも、試したい剣を展開して…






衝撃音が響いた。






「…は?」


最初に素っ頓狂な声を上げたのはスサノオだった。

剣を握ってこそいたものの、気づけば尻餅をついて…つかされていたのだ。


対して、真は展開していた剣を消すと拳を握る。


「ふぅ…っ、よし。これなら使える。」


はしゃぐでもない静かな喜びを見せる真に、慌てて立ち上がるスサノオ。


「おま…今の…つか、これで『使える』って何だそりゃ。」


あっさり打ち負けた異常な剣に、そんなものを展開してはしゃぐでもない真。

スサノオでも驚く事が多すぎて軽い動揺で済んでいなかった。

対して、真はいつもの緩い笑みを見せて答える。


「打ち合ってくれたから押し返せましたけど、スサノオ様だってこうなる剣だって分かってたら『逸らす』のは簡単でしょう?多分…稔も。」

「まぁ…そりゃ、そうだろうがな。」


剣を試すのに『打ち合って』と言われたから素直に真正面から剣を振るったスサノオだったが、真の言う通り分かっていて馬鹿正直に打ち合う必要はない。

そして、真威こそ神域に到っていない稔だが、針の穴に糸を通すような精度で剣を振るえる稔なら、直撃を避ける為に剣を振るい続ける事くらいは出来るだろう。


「でもそうなると型が限られて来るはず。これなら僕でも剣で稔と勝負になるかもしれない。」

「はー…かもしれないねぇ…」


仮にもスサノオを押し返した一品を以って、勝負になる『かもしれない』と稔を評する真。


(こいつら本当にどうなる事やら…まだ練想空間での話だが、生身にしたってかなり常人の域を外れてきてる。)


カラスを破った事といい、今見た二人の力といい、かつての退魔師と戦える位にはなりつつあると感じるスサノオ。


(現世の神…か、本気で到達するかも知れねぇなこりゃ。)













「しっかし…大変だなぁお前も。修学旅行の準備関連丸投げしてんのにまるで楽そうに見えねぇし。」


いつも通りとなりつつある登校中、眠たげに目を擦りながら歩く真に若干の非難を混ぜて心配する守雄。

対して、緩い笑みを浮かべた真は眠たげなままで返事を返す。


「あはは…まぁ楽がしたくて関わってない訳じゃないからね。」


若干のサボりのような状態への申し訳なさと、残りを埋め尽くすそれどころではないと言う気分を纏めて返す真。

笑顔から疲れが見えて、やぶへびだったと思った守雄は、話の方向性を変える事にした。


「所で…白兎の奴修学旅行参加するのか?」


話を変える、と言う意識で話題を探した守雄は、丁度気になる所を聞く事にした。

部活に所属せず、役の全てを止めたら殺す勢いで断っている稔が修学旅行なんか参加するのか。

ここ最近真の前に姿を見せなくなった結果、会う機会も極端に減った為、守雄も気になったのだ。


「あーどうだろ?聞いてないけど出られる状態なのかな?両親と仲悪くて、私服も変な安物の長袖を適当にワゴンから調達してもらってる位なのに。」


だが、守雄の気にするレベルとは全く違う所で真は疑念を返した。

常時運動着で山中での戦闘使用頻度が高いと割と高価な運動着が連日ボロボロになる事になる。

虫、枝葉による擦り傷なんかを避ける為に木刀以外に、丈夫そうな長い上下を適当に買っておくようにと頼んでいるのだ。

全面カエルの絵が入ったようなのもあって水葉が戸惑っていたのを思い出した真は小さく笑う。


「出られる状態か…って、それ、積み立て払ってないかもって事か?」

「仮に行けなくても気にもしないだろうし…って言うか、下手すると行きたくないかもしれないし。」

「何絡んでもとんでもねぇなお前等…」


真一人微笑ましい光景を思い返していたが、守雄は思いっきり苦い表情を見せていた。

修学旅行に行かせないと決めて積み立て金を出さず、娘もそのほうがいいという一家。普通の中学生である守雄にしてみればとてもじゃないが微笑ましく思い返す代物とは思えなかった。


「まだ確定じゃないんだから、今日にでも聞いてみるよ。」

「お前等倦怠期じゃなかったっけ?」

「だからそー言うのじゃ…はぁ…女の子からツッコミ受けないとそう言うフリし続けるんだね。」


普通に話していたはずなのに唐突に下世話なボケ方に入る守雄に怒るのも面倒になった真は適当に流す。


「女の子に突っ込むのは俺の方だけどな!!」

「…修学旅行から少年院行きにならないようにね。」

「あの…真さん?ツッコミに容赦なさすぎませんかね?」


眠たさと旧知の安心感もあってか容赦ない真の返しに、守雄は引きながら下手に出た。













別に『話さない』とまで決めている訳ではないので、朝の話を確認する為に廊下で稔に声をかける真。

真は自身の懸念を含めて修学旅行に行けるのかを聞いてみた。すると…


「払ってたらしいな。」

(うっわぁ…凄い嫌そう…)


溜息を吐き、俯いて、呪詛のように呟く稔。

旅行についてきた時の対応といい、脅迫じみた事を宣言しておきながら用意された服や食事に何一つ注文もつけていない稔が、積み立てのきちんとされた修学旅行まで勝手にサボるとは考えていなかった真だが、それと嬉々としてとは全く別物なんだなと感じた。


「家は裕福かはともかく、別に貧困窮すると言う訳じゃないからな。学校には行くと約束してるし、今回はさすがに仕方ない。」


一応は学校行事に該当する修学旅行。

夏休みの宿題すら放り出した稔だったが、偽ったり騙したりと言う類をすることはない。

不承不承と言った感じではあるが行く気らしい稔を見て、真は笑みを見せた。


「あはは…ま、でもちょっと安心かな。この上僕だけ修行期間空いちゃったらと思うとちょっとやだったし。」


真にしてみれば、稔は綺麗で強い戦女神様。

同じ中学生に負けないようにと思う反面、そんな凄い人相手にハンデなんて真としては負いたくなかった。


(変に条件に差が出るくらいなら後腐れないほうがいい…か。真が修学旅行に出るならちょうどよかったのかもしれないな。)


一緒に勝負の約束をしているのだから、個別の修行時間に差が出来るのはフェアじゃない。

今回の所は条件を一緒にするために良かったと、稔は前向きに考える事にした。


「体育祭ならともかく、修学旅行前の学生の会話と思えないなお前等。廊下で喋ってたらテンション下がるだろうが。」


廊下で喋っていた為通りすがりに二人の会話を耳にした穂波が苦い表情で混ざってくる。


「クラス内で話すよりいいだろう。大体今更私と真が異常なのを気にする奴のほうがおかしいんだ。」

「自慢げに言い切るなよ…幼馴染ながらとんでもない奴だな毎回。」


異常なのを気にするな。

何のためらいも無くさっぱりと言い切る幼馴染を前に、それ以上何も言えなくなる穂波。

一まとめにされた真だったが、自分でもまともでは無い事は分かっていたため流した。


「そう言えば、体育祭で思い出したが、お前等絶対本気でやらなかっただろ?」


既に終わった体育祭。

普段から動き回っているだけあって運動部に負けず劣らずの成果を出していた二人。

だが、当然全力ではなかった。

当人も常人最上位近い剣道家であるため、なんとなくでもそれを察した穂波。

一応は誰の耳にも入らないよう小声にしたものの、穂波自身としては気になっていたのだ。


「それも今更聞くな。騒がれるのは変人狂人扱い程度で十分なんだ。」

「僕が言うとアレだけど…本気出すの自体がルール違反みたいな所あるから。」


二人にとってはそれも今更な問いだった。

木を叩き折る稔、ダッシュから水葉を抱えて木に『横』に着地する真、どちらも明らかに普通の人間に出来る所業じゃない。運動部と張り合う程度で済む身体能力な訳がないのだが、異常に目立てば余計な事に巻き込まれる率が増える為、人並みには抑えておいたのだ。

そんな二人の返しを聞いた穂波は、真をいぶかしむ様に見る。


「…本当にお前が言うとアレなんだよな、稔なら納得行くんだが。」

「えっと…持田さんにもひょっとして子犬扱いされてる?僕…」

「お前を獣やけだもの扱いする奴なんてそうそういないと思うが。」


格好いい魔法剣士。

こう表現するとどうしても幼く見えるのは仕方ないと思う真だったが、稔に度々子犬扱いされているのはどうしても方向性が違いすぎて納得行かない真。

だが、あっさりと『可愛いもの』に絞られ、真は肩を落とす。


と、そんな集まりを見かけた守雄が、落ち込む真の肩に手を置いて自慢げに語りだす。


「やっぱ格好良い男になるなら容姿教養トレンドなんかも」

「「お前はけだものな。」」

「そんな所だけ揃うんじゃねぇよ暴力女共!!」


言い切る前に稔と穂波に揃ってけだもの扱いされた守雄は、硬直した後ぴったりと息を揃えた二人に悲鳴じみた叫びをあげる。


「けだもの扱いされてショックなのは分かるけど、暴力女じゃなくて武力女だよ二人は。その辺で暴れる不良じゃないんだから。」


ばっさりけだもので片付けられた守雄を柔らかくフォローしながらも、奇妙な形で守雄の言葉を訂正する真。


戦女神白兎稔と、その旧友持田穂波。

真にとってこの二人の認識はこんな形になっている為、これでも好評なのだが…


それにしたって武芸者とか強い女性とか丁寧な訂正方もあるだろうに、語彙力不足か何かいまいちまともな評になっていなかった。


「素直にフォローしてくれたつもりなんだろうが、否定も出来ないしやりづらい事この上ないなコイツ…」

「こういう奴なんだ、私はもう諦めた。」


悪気が全く無い上に方向性とか含めて間違っている気がする真の表現に、二人は喜べず怒れず真を見るが、理由が分からず首を傾げた。


「ふん、いいさ。武闘派集団の評価なんか。俺は今回で必ず誰か落としてみせるぜ!!」


拳を握り、決意を示すような笑みを残して去っていく守雄。

その背を見送りつつ、真は腕を組む。


「うーん…僕はよく分かんないんだけど、あんな感じで女の子としては大丈夫なのかな?」

「さあな、一応剣以外は普通らしい女の子がいるが?」


真の疑問に対して異常者を堂々と名乗っている稔は完全に回答を穂波に丸投げする。

稔を散々おかしいと言って来た手前、女の子として回答してみろとばかりに二人に見られては何も言わずにはいられない穂波。


「何だかんだ求められて悪い気はしないだろうが、アイツの場合誰かとか言ってるから軽そうで…まぁいい奴ではあるが…ええい!大体なんで揃って分からない癖に私を追い詰めるように見てくるんんだ!!」


じっと見られながら喋っていた穂波だったが、言葉に困って叫んだ。

トラウマの払拭からつい最近ようやく竹刀を手にとれるようになって部活に精を出している穂波。

いくら稔より普通と言っても、普通の女の子としてはどう思うものなのかを答えろ等と言われて解説者のように話せるほどの情報は無かった。


「ごめんごめん。ただ、出来るなら守雄にもいい方向に行って欲しいかなって思って、聞いておきたかっただけで別に無理には…」

「私は無理にでも喋れと言いたいが?普通の女の子。」

「お前等それぞれに重ねてくるな!!」


無理を言ってごめんと謝ってくる真とストレートに責めてくる稔。

真逆ではあるがどちらにしても悪い気がしてくる状況に、穂波は半ばやけに近い感じで叫んだ。











当に引き払われ人一人いなくなった、山中の道場。

そこに、一つの鞄が置かれていた。

そして…



「しかし主もよく続く。車両で来る距離だろう?」

「どうせ走り込みは必須ですから。」


丁度練想空間に入った稔を見て、カラスが声をかけた。


合宿を引き払って以来、金曜放課後に学校給食の余りのパンを貰っておいて、それと衣類を荷物に人目を避けて一人合宿場まで駆けてきていたのだ。


「負けそうで恐いんだー!」

「蛟もカラス様も倒したのまほーけんしだもんねー!」


コノハとグヒンの煽りに対して、普段のからかいなら無言で剣を一閃したりして怒りを示す稔。

だが、今は何もしなかった。


「肯定か?」

「アイツは強い、それを私は良く知ってます。それこそ…神域に踏み込むほどに。」


神域を語る稔の言葉を、カラスは否定しなかった。

それはつまり、カラスから見てさえ易々と否定できる代物ではないと言うこと。

改めて実感した上で、稔は手にした剣を見る。


「それがわかった上でこれ一つでアイツの魔法剣を破ろうとしているんです、それがただ事じゃないこと位わかってます。死力を尽くすのは当然です。」


称え尽くした上で、しかし剣を握る稔に迷いはなかった。

水葉に語ったのは、何も身の上話を明かすと言う意味だけではない。


いずれはやらなきゃならない。


これを、自身の胸にも改めて刻み込む為にあえて言葉にした意味もあったのだ。


「無粋な事を言ったようだな。四大精霊ほど為にはならぬだろうが、先のからかいの詫びも兼ねてこの二人を練習台に存分に使うが良い。」

「「ええぇぇぇ!?」」

「ありがとうございます。」


稔はカラスにだけ礼を告げると、すぐさまグヒンに斬りかかった。


(少なくとも現代では間違いなく最強格の二人がこんな少年少女とはな。だが…)


退魔師含め、神に接するものが壊滅近い中でこの二人がそうなっている理由を、二人の周囲の神々同様に察していた。


窮鼠猫を噛む。


追い詰められればネズミですら猫に牙を剥くと言う諺。そしてそれは、我が子を守ろうとする親のネズミが描かれることが多い。

命が大事な上で、死の恐怖を知った上で、それより大事なものがあれば、自身の守護以上の力を発揮するのだ。

戦地にて、君主を友を部下をと、数々の者がこの力を発揮してきた。





自身の宝物の為に。





ならばこれは必然。

宝物が本当に神域にあって、本気でそれを目指していて、届かない事が死よりも辛い程大切なら…

常に途方もない力を発揮し続ける事ができる。


親族すら『面倒』と言う我欲より酷い理由で打ち捨てる人間が多発する、命の保証が当然で災厄に立ち向かう所か誰かを贄に責め立てる程意思の力無き、人の及ばぬ力の全てを存在しないと驕る、そんな者が転がるこんな現代で…

湧き溜まる惑意を相手に修行になると戦い続けているのはその力あってのものだ。


(なればこそ辛いがな…)


避けて通れないだろう代物とは言え、世の大体の習わしを知る神の身として、二人が戦いどちらかが敗北する事に寂しさを感じていた。








修学旅行当日。

早朝とは言え中学生にとってはかなりの一大イベントの為、揃った皆は思い思いに友人とグループを組んで和気藹々と語り合っている。


「…こんな空気の中でお前等どうしたんだそれ?」


そんな中、当然のごとく半分死人のように立っている真と稔の姿を見て、守雄が呆れ混じりに尋ねた。

特に、真をわざわざ加える変わり者などそうそうおらず、知り合いと言う事で面倒を見るように引き受けた守雄にしてみれば、班員が一人幽霊状態で突っ立っている光景には、疑問を投げかけざるを得なかったのだ。


「…修行の出先から早朝に帰ってきた。」

「どーえバスで寝ゆはらって夜中まで鍛錬しへは…」

「お前等絶対馬鹿だろ!?なぁ馬鹿だろ!?っつか真は喋れてすらいねぇし…」


オーバーワークと言う単語が辞書に存在しないかのような二人に馬鹿を繰り返す守雄。

目を隈で真っ黒にしながら形相を浮かべつつも意識を維持している稔は額を抑えて守雄を見る。

半死人の様相にも拘らず、怖さで一歩後ずさりする守雄。


「数日何も出来ないからな、痛めつけるくらいに消耗しておけば帰る頃に丁度良くなるだろう。」

「あー…稔もそー思ったんら…ひぐー…くぅ…」

「奇遇も言えてねぇし!まだ寝るなまだ!さすがにバスまで運ばねーからな!!」


散々に叫んだものの、稔はまだしもこの状態の真が出発前の先生の長話に耐えうる訳も無く、肩を借りてバスまで運ばれる事になった。




何気に軽いはずの守雄が苦労してる気がします(苦笑)

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