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第7話・終わりの約束




第7話・終わりの約束





大和が振るう棒を、同じ棒で捌き続ける真。

扱っているものこそ同じだが、大和は違和感を覚えていた。


(頑なに棒の中央部のみを持って…あれではまるで長さが活かせない。)


おかしいと言うだけなら誰にでもできる真の振るい方。

だから、大和の感じていた違和感はそれだけではなかった。


「はぁっ!!」

「っ…」


踏み込みと共に横薙ぎに振るわれた一撃を受けて後退する大和。


左右も前後もくるくる代わり、踏み込みや後退に合わせて回転させながら棒を振るう真。

細い棒で行うにはそれは重さを感じる動きだった。つまり…


(槍を用意するわけにはいかずに棒を振るっている私と同じで、『別の武器』を想定しているんですね。)


察した大和は、警戒心を強めた。

武器に詳しいわけでもない為、該当するものが想像出来なかったのだ。


(うん、馴染んできた。稔相手に試す気にはまだなれないけど…)


対して、短刀か木刀しか使ってこなかったため取り回しに苦労していた真も、稔よりは丁度いい相手との打ち合いに、少しは扱いに馴染みつつあった。


「…行きます!!」


宣言すると同時に、自身の頭上で棒を回し始める真。

屋内だというのにヘリコプターでもいるかのような風切り音がなり始め…


踏み込みと共に振り下ろされた。


遠心力を乗せた踏み込みの一撃。

逸らすには強力なそれを大和はどうにか止めて…


直後、くの字に曲がった。


(支点を中心に力点に力が加わると、作用点へ働く…まともにガードさせれば上手くいけば反対側で同程度の強打を連打出来る訳か。)


稔の見た通り、大和の脇腹をとらえた真の棒は、それで折れていた。

逆に言えば、練武用の棒が折れる一撃であったと言うこと。


(強打の連撃なんて代物、真威を使った八括魔位の非現実だと思っていたが、中々…武芸者のような真似をするな。)


蹲る大和にぺこぺこと頭を下げる『らしい』真の姿を眺めながら、単なる想いの強い子供で収まらなくなっている事を感じて喜んでいた。


と、丁度その時、ガサガサと外から人が走ってくる音が稔の耳に届いた。

外を見ると、一人走ってくる水葉の姿。

玄関まで来たところで、彼女は靴を脱ぐことすらせず玄関の石畳に足をおいたまま、入口の段差に腰かけて背中から廊下に倒れた。


「元々運動に慣れていた訳じゃないのに、随分早く慣れたな。」


誉めるつもりで話しかけた稔だったが、水葉は返事をしなかった。

それどころか、汗だくの割に呼吸は荒れるどころか浅く…


そこまで見て、稔は彼女の体を起こして、背中を叩く。

平手打ちのような軽くて音が響く感じではなく、スイッチを押し込むような感じの鈍い音と共に衝撃が水葉の体に響き、目を覚ました水葉は大きく荒い呼吸をしだした。


「…器の自分の体がついていかないほど神降ろしの効果が出るのは凄いが、大丈夫か?」

「はーっ…はぁっ…だ…いじょ…」

「悪い、返事はいい。とりあえず落ち着いたら汗流して身体の回復でもしておけ。」


聞いたものの、蘇生がいる状態で大丈夫なわけが無いと思い直した稔は、喋らせるのも酷だと落ち着くまで放っておくことにした。


「真、船祈が帰ってきたからもうじき他の一同も来るだろう、氷野さんに任せて外に行くぞ。」

「あ、うん!それじゃ行ってきます!!」


返事もそこそこに外に出る真と稔。

わき腹を抑えつつそれを見送った大和は、小さく溜息を吐く。


「やれやれ…本当についていく所か離されてる気さえしますね。まぁ、それも仕方ないのかもしれませんが。」


夏休みが進むにつれ広がっているように感じる差。

神を追う者と仕える者。

二人ががただの大言を語っているだけでないのは月初めのカラスとの一戦で既に目の当たりにしている。誘っておきながら情けない事は言うまいと気張った大和だったが、それでも追いつくどころか差が埋まってきているようにすら感じなかった。


思いっきり消耗している…否、いつの間にか韋駄天の神降ろしを伴って消耗する程度で済んでいる水葉の姿に、心底感心したように微笑む大和。


(感心してばかりもいられませんね、私も進まなければ。)


大和が意を決すると、水葉の後を追って走ってきた裂岩流の一般勢がようやく到着する。


「では皆さん!準備が整ったら多人数掛けをお願いします!」

「はい!!!」


会の長である大和だが、あくまでも頼み込むような姿勢を崩さない。

疲れるだけ走った後だった一同だが、そんな大和の姿には協力したくなる。

汗を拭きながら棒を手に取り大和を囲む一同。


少しして、声も掛けずに実戦さながらにかかってくる皆と大和の打ち合いが始まった。













静かな空気の中で、木刀を数度振るう稔。

振るわれる度に捕らえた木の葉が弾けるのを当然の様に眺める稔。


「合宿も半分を過ぎた位だが…対の打ち合いだけじゃ分からない事も分かっていいな。」


言いつつじっと眺めていた木の葉を前に、宙返りしつつ木刀を振るう稔。


旋月。


空を舞うカラス相手に威力のある斬撃を跳躍から即座に叩き込めないかとやってみた宙返り斬撃。

だが、振るった一閃は木の葉を捕らえる事はなかった。


「あはは…さすがに、無理のある体勢や動きを混ぜたら稔でも狙った的を捕らえるのは難しいみたいだね。」

「あぁ、そもそも斬撃から跳躍のタイミングがずれるとかえって威力が出ない。合宿中にモノにしたい所だ。」

「屈んでかわされた所からすら強攻撃に繋がれるとたまったものじゃないんだけどね…」


ついさっき防ぎきれずに腹部に旋月の一撃を貰った真は、服の破けたお腹を押さえたまま苦笑する。


低姿勢の場合、剣を振るうに当たって腰を使う真似がし辛いため足元の回避さえ出来ればよかったのだが、屈んだ状態から後転跳躍に合わせて振るわれる一閃は自然に強打になる。

ただでさえ今までの立ったままでの斬りあいですら付いていくのがぎりぎりだった真にしてみれば、強力な攻撃のパターンを増やされるのはたまったものじゃなかった。


一方、稔は無言で真を見る。


(それを言うなら魔法剣士を前に剣だけで付いて回る身にもなって欲しいものだがな、全く。)


相手が何であろうと対応する気の稔は口にこそ出さないが、あくまでも生身で神域に到る事が目的である稔にしてみれば、変幻自在の力を持つ剣を作って振るう真に普通に剣で付いていくほうが余程大変な事だと思わざるを得なかった。


が、自分が凄いとは思っても見ない真はそんな稔の気分など知るよしもなく、言うだけ無駄だと溜息をついて流す事にした。


「そう言えば、この間水の剣を作っていたな。」

「え、あ、うん。」

「水…というか、氷はフローズンダガーだっただろ?」


代わりに、思い出した気になっていた事を聞いてみる稔。

死闘から水葉の世話を頼まれたりと落ち着く間が無く、今まで忘れていた疑問。

自作の六芒魔法の話を真面目にして、聞いてくる人なんてものがそういないため、真は嬉々として話を始めた。


「火、雷、風が『動』の力を、水、地、木が『静』の力を持つんだけど、反対の力でも作って使えるんだ。」

「水が静?…あぁ、日光の力が無ければ基本氷点下で動かない氷の状態が正常なのか。」

「あ、気づくの早いね。さすが稔。ちなみに成長の動に該当するからリビングエッジも反属性剣なんだよ。」


嬉々として語る真の言葉を聞きながら、稔は額を押さえた。


(全部に反対があるって事は、単純に手管が倍に増えるのか…全く、本当に自信の一つも見せればいいものを…)


消極的とか、僕なんかと言った物言いこそしないものの、稔には及ばないと言う体でいる真。

生身ですらよく凌ぐと感心している位なのに、これだけ色々と出来ても強気と言う感じにならない彼の様子に、稔は何度思ったか分からない感想を胸に呆れていた。














夕食時、『戦闘』は違うから体力的な鍛錬と真威を扱う以外は皆の補助に回ると言う事で家事の多くを引き受けている水葉の料理を堪能した一同は…


「ご馳走様あぁっす!!!」

「ど、どうも…」


揃って張る声をあげつつ水葉に頭を下げた。

恒例のようになってしまった成人男性一同から頭を下げられる現状に萎縮する水葉。


一人は彼女もちもいるのだが、『強くなるために非公式棒術団体』に入るような男性陣が女性に縁などそうそうあるわけも無く、巫女さんの手料理と言うだけで舞い上がっていた。

水葉のためにも咎めたい大和だったが、同時に同年代男子の気持ちが分からないわけではないので、お礼が大げさな位はと苦笑いで眺めていた。


「切って調味料で調整してるくらいですから…そんな大したものじゃないんですけど…」

「基本的なことを知ってれば言える台詞だ、十分凄いさ。言っておくが私はレンジとカップ麺が限界だ。」

「稔は普通の女の子に該当する生活送ってないんだからしょうがないよ。」


恐縮する水葉を褒める稔だったが、直後真にばっさりと一蹴され横目で睨むも、否定できる要素が無かった為黙り込む。


「確かに巫女さんやりながら学校行って料理まで出来てる水葉は凄いけど。おいしいしね。」

「あ、ありがとうございます。」


続けて、巫女としての日常の背景まで察した上で水葉を褒める真。

手放しとかじゃない丁寧な褒め言葉を聞いて照れる水葉。


「お二人は他に趣味とか特技は無いんですか?」

「無いな。」

「んー…無い、ですね。勉強もさっぱりですし。」


話が広がったついでに稔と真にもと聞いてみた大和だったが、完全に何の面白みもな回答をされて話が終わってしまう。

車での移動の数時間、テレビや映画などの世間話レベルの話すら上がらなかった二人の浮世離れは尋常ではなかった。


(ま、まぁそこまで全部を割り振ってようやくこんな力量に近づいたのでしょうね、お二人は。)

(きっぱり躊躇いも屈託もなく言えるあたり凄いですね。)


普通に話せて、戦う以外は普通の中学生のように見える二人の異端な姿に、神職の二人はもう何度目か分からない納得と戸惑いを覚えた。













その夜、四人は練想空間で惑意掃いも兼ねた天狗達との修行を行っていた。


「ほらほらほら!どうしたの!?」

「く…っ!!」


木々を蹴りながら次から次へと飛び掛るグヒンの速さに翻弄される大和。

真は簡単そうに突進から一つを選んでカウンターを放り込んでいたが…


(この速さで横移動も速い上、間合いに入っても低姿勢か通り過ぎるか選択肢はそれなりに多い。一瞬で見極めたうえで効果のあるカウンターを入れるなんてつくづく神業めいていますね。)


到底真似できそうにない真の所業に稔と打ち合って持ちこたえているのはそれだけで並ではないのだと察する大和。


元々小さなグヒン。

その上横移動まで素早く低姿勢で来るか通り過ぎざまに肩口や顔面を狙ってくるか分からない爪撃。

槍の長さを利用して間合いの外を狙おうとするも、置いておくように先に出しても槍の先端を払いのけられる。

既に全身を軽く裂かれている大和。この一戦中に付いていくのは無理がありそうだった。


「根の針!!」


だから、札を使った。

自身の足元に放った札から、木の針山をグヒンの突進に合わせて作る大和。

だが…


「わ!っとと…」


グヒンは伸びた針の一本に乗った。

驚異的な反応による回避。

とは言え、不自然な体勢になった為、一応追撃を見てから避けようと大和を見るグヒン。

だが、大和はまだ槍を構えていなかった。


「爆!」

「へ?だわぎゃあぁっ!!!」


二つ目の札によって展開された木の根による針が燃える。

針山の中心でその一本に突っ立っていたグヒンがそこから逃れられるわけも無く炎に巻かれ、ようやく出た所でのたうちまわった後動かなくなる。


「…ぁ、も、申し訳ありません!」


惑意晴らしを兼ねた修行と言う事にはなっていたものの、神様相手にやる事かと今更になって思った大和は大慌てで片膝を付いて頭を下げる。


「よい、飛び跳ねるだけでいいと思っているこやつにはいい薬よ。」


眺めていたカラスが相も変わらず飛び跳ねるだけで人間一人に敗北したグヒンに呆れつつ大和をねぎらう。

その後に続いて、ふらふらと調子の悪そうな稔が真に支えられながら姿を見せた。


「く…さすがに…対ではどうにもならないか…」

「まぁ、いくら稔でも無茶だよね。」


カラスと対での試合を挑んだ結果打ち負かされた稔。対して、真はコノハとの試合を早々に終えて見学に入り、こうして消耗した稔を連れてきたのだ。

一撃もまともに届かず錫杖で打たれ続けた末に空にいたコノハを速攻で制した真につれられている稔は、拗ねたように視線を誰からも外す。


「いや、主らはさすがに一線を画している。グヒンを破ったと言うだけで大和も相当なものだが、錫杖だけでは一切の油断がならん主の剣は最早完全に人の域を外れている。」

「それはどうも。」


惑意も晴れ、賞賛を送るカラスだったが、元より神様を目標にしている稔としてはあまり慰めにならなかった。

苛立ちを隠さずに適当に言葉を返す稔の姿に年相応の態度を感じたカラスは小さく笑う。


と、ちょうどそんな折、雨が降り始めた。

真威に満ちた、加護の雨。


カラスとの初戦の時は傷ついた三人だけを癒したその雨は、今度はカラス達も含めて心地よさが包んでいく。

が、その雨はすぐに止んだ。


「ふ…うっ…」

「見事ですが、さすがにこの皆様を完全回復させるのは無理がありますね。」


ミズハノメへの祈りを以って癒しの雨を降らせた水葉。

真威を扱い易い練想空間だからこそ出来る真似ではあるが、出来たからと言って使い切れる訳ではない。

後先考えずに降り注がせた初めはそのまま練想空間にい続けることが出来なくなった水葉だったが、加減を覚えてすぐに切る事が出来た為今回は意識が鈍る程度ですむ。

戦闘に絡まない真威の扱いの練習となった結果、真っ先に思いついた方法だった。


「すみません度々…」

「あらあら、大丈夫ですよ?韋駄天さんも言っていたと思いますが、小さなものまで含めれば色々と加護は授けていますし、何と言っても他ならぬ水葉の頼みですから。」


他の皆は縁のあるスサノオやアマテラスを呼んでいないのに、自身だけ神降ろしによる降雨の祈りを捧げている為、一人こき使っているような気分になる水葉。

しかし、当のミズハノメは俯く水葉に笑顔で近づくと、まるで子供にするように彼女をそっと抱きしめた。


「私は…戦い向きじゃないので、こんな形で位はと…」

「それでも頑張って走ってるじゃないですか。健康的でいいですよ。」


やわらかい笑顔で褒めてくるミズハノメ。

水葉は喜びつつも、韋駄天の加護を借りつつ死に物狂いで走って本当に呼吸も浅くなるほど消耗している現状を健康的と表現するのか悩む。


「いや、船祈はこれでも十分だな。もう一戦お願いします。」

「稔張り切るなぁ…でも今度は僕が。」


回復を確かめて早々水葉に一礼して揃ってカラスに試合を乞う稔と真。

それを見て、同じく回復した大和は肩をすくめた。


「これでも私も手は抜いていないつもりなのですが…さすがにカラス様に挑む気には到底…」

「だいじょーぶ!槍のはあたしがやるー!!」

「あ、ありがとうございます。それではよろしくお願いします!」


元気なコノハ相手に深々と頭を下げた大和は、そうして札を取り出して構える。


(退魔師…か。札なら使えるかな?)


武術的な武器以外で大和が扱う札。身体で斬りあう、殴りあう想像がつかない水葉だったが、札のほうなら扱えるんじゃないかと思うと、少し退魔師について気になった。











「退魔師についてですか?」

「はい。」


翌朝、大和に退魔師についての話を聞く事にした。

水葉だけでなく、練想空間での衣装の参考にした程度にしか知らない稔も、当然知らない真も興味があった。

さすがに戦法まで修得しているだけあって多少なり把握している大和は、知る限りを話し始めた。


「金木水火土の五行思想に乗っ取った力を持つ札を行使する他、かつては刀を使用していたそうです。」

「五行思想…」

「五行思想自体は真君が編み上げたものと違って古来からあるものですから、詳しくは調べればすぐにでも出ますよ。」


設定の把握と言うような事柄が真の魔法剣から既に大変だと感じている稔にしてみれば、『またか』といった気分だった。

さりとて、戦闘に絡んだ話となっては覚えないと言う選択肢もなく、小声で五行思想と繰り返す稔。

そんな彼女を横目に苦笑いを浮かべた水葉は、改めて大和を見る。


「他に退魔師の方々についてご存知ですか?何をされてたとかどういう方々だったかとか。」


戦闘以外にも、神々から名が上がるような先人達と言う点で気になった水葉。

当然上がるだろうと思っていた質問に、大和は申し訳なさそうに首を横に振った。


「元来退魔師の方々は外部との交流が薄かったようなのです。勿論、惑意を掃っていたのは間違いないので、人々の手助けをしていたのは間違いないのですが…」

「練想空間での活動だった…って事ですか?」

「いえ、そもそも空間自体分かれていない頃から、実際に闊歩する妖怪や怪現象を直接相対していたので、人助けに惑意と戦っていたのなら目撃している筈なのですが、それでも外にはあまり話が出回っていないようなのです。」


練想空間とは、さまざまなものを現実に無いと否定した結果『分けられた』空間。

その前は伝承の妖怪や、今もあるホラースポットのようなものと実際に戦って掃っていたのだ。

にも拘らず、まともに退魔師の話は残っていない。


「通常の巫女や神主などが代行、兼業していたりしたんじゃないですか?確か練想空間での稔さんの服装も大和さんの装備も退魔師の方のを参考にしているんですよね?」

「なるほど…」


水葉の指摘に頷く大和。

予想には過ぎないが、それなら退魔師と言う名前での活動が残っていなくても不思議ではなさそうだった。


「一応、僧侶や忍びのような妖魔に絡む方々は符術含めて簡単なもので助力を得たりされていたようなので、いたと言う話は残って居るのですが…それなら退魔師と言う集団では残らないよう隠せるかもしれませんね。」

「鎖国みたいだったんですね。」

「閉鎖的…ですね、それだと国になります。」


真面目な話をする中で、覚えたての単語を使ってみたいだけのような盛大な失敗をかます真。

大和に丁寧に訂正された真は、少し慌てて話を戻す。


「でも、僧侶さんが関わってるのはお祓いとかで解るんですけど…忍者ってことは分身とかに使ってたんですか?」

「ま、真さん?忍者の方の仕事は相手城の情報収集とかやっても暗殺で、分身って…」

「え!!?いやだって退魔師の人実際に居たわけで!!」


だが、まともな話にしようとついで振った話も思いっきり的外れな代物だった。

笑うどころかむしろ心配そうに聞いてくる水葉の言葉にいっそう慌てる真。

ひきつった頬を戻すために一呼吸した大和は話を続ける。


「医療含めた科学が今ほど発達していなかった当時の暗躍ですから、原因不明の死は呪いや妖怪のせいにされていましたし、そういった意味もあって関わりがあったようです。」


惑意を掃う事はそのまま、『病は気から』に該当する呪いのような原因不明の不調を掃うことに繋がる。逆に真威を使った瞑想で体を癒したりもしている四人にとっては、今となっては当たり前に近い話だった。

一通りの説明を終えた大和はそのまま真を見る。


「神道仏教の話はともかくとして、忍者が分身できると言うのはさすがに…勉強の方は大丈夫ですか?」

「え…っと…暗記系は放り出して物語とか伝承調べたのにちょっと国語だけ良い感じ…です。」


大学生にして保護者から預かってきている集団の長としての大和の心配。

叱責と言うよりは気遣いに近いそれに、初めて怒られた子供のように小さくなる真。

そんな真の様子に何か思いついたように水葉も恐る恐る口を開く。


「真さん…ひょっとして夏休みの宿題…」

「え…あ、い、家に置きっぱなしだ。」

「真君…」


苦笑いの水葉と笑みすらない大和に見られて固まる真。


「全く…何馬鹿な事を…」

「え!?」


と、それまで黙っていた稔まで呆れたように肩を落として呆れる。

予想外の所から勉強に関して責められたのに真ですら驚いて…


「あんなもの暇なやつだけやれば良いんだ、成績表に興味がなければ放っておけ。」


堂々と言い切った稔のとんでもな台詞に全員がずっこけた。


「み、稔さん…それはさすがに乱暴じゃ…」

「馬鹿言え、学校の時間が決まった授業時間だ。社員だって持ち帰ってやれと残業代出さなかったらブラック企業だろう。付き合う義理があるか。」

「そ、そう言われても…」

「しかも、成績表を気にしないならとも言ったぞ?ゴマ刷りたければやれば良い。私は誰が何を言ってもいいから関係ないな。」


あまりにもキッパリと言い切る稔に対して、それ以上水葉はなにも言えなかった。

誰しもが呆然と稔を眺めるなか、真が口を開く。


「ま、まぁ稔や僕の場合普通じゃないから。良い子は真似しないでね…ってことで。」

「さりげなく一緒くたにして乗りきろうとしている所悪いが、川崎先生が相手なのはお前だけだぞ?」


苦笑混じりに喋っていた真の表情が稔の冷たい一言で凍りつく。


川崎世一。

氷の教師と称される程冷酷に見える対応で知られる、真の担任。


稔は先に宣言した通り、本当に誰が相手でどんな状況だろうが邪魔なら振り払う。

が、子犬のような所作が特徴の真に、悪気もない真面目な先生と喧嘩するような度胸はない。


「…帰ったらやる。」

「賢明かもな。」


落ち込む真の肩を叩く稔。

明らかにおかしいのだが、それを言える命知らずはこの場にいなかった。













そして、終わりを意識してから更に日は流れ…帰宅の前日。


「轟っ!!!」

「っ…ぐっ…」


慣れてきたと棒の中心を握って戦うスタイルで稔と試合っていた真は、持ち替えの間を強斬撃で狙われ、棒を弾き落とされた上に身体を打たれた。

咄嗟に引いたもののまともな回避にもならず崩れ落ちる真。


「氷野さん相手には立ち回っていたが、やはり慣れの差はあるな。何なら今度から打ち合いにその棒も入れてみるか?」

「ぅ…っつぅ…さすがに試合の度に轟を受けてたら本気で病院送りになるって…」


かろうじて直撃にこそしなかった真だったが、連撃の乱ならまだしも強斬撃の轟を左腕に受けて、痙攣を起こしていた。


「と言うか…お二人とも本当に強いですよね…」


氷水とタオルを持ってきた水葉は真にそれを差し出しながら周りを見る。

大和まで含めて、裂岩流の全員が二人に倒された後だった。


「お二人についていく事で鍛える気だったのですが、中々みっともない姿を晒してしまいましたね…」

「いや、そんな事ないですよ。大和さんに誘われて色々ためになりました。」

「そう言って頂けると幸いです。」


呼んでは見たものの最後まで足を引っ張ったのではないかとすら思った大和だったが、真は勿論稔も今回の一件はいいものになったと感じていた為、真に同意する形で頷く。


「水葉にも物騒な事なのに付き合って貰ってありがとね。」

「いえそんな…私も色々と為になりました。」


戦闘訓練と言う意味ではあまり関係なかったかもしれないと改めて頭を下げる真。

練想空間について知りたかった水葉は、それだけでも今回の合宿は嬉しいものだったので、真に礼を返した。


「ふぅ…大分ましになってきたかな、ありがとう。」

「いえ。所で、お二人は練想空間だとどっちが強いんですか?」


水葉からふと投げかけられた疑問。

特に悩む所でもないはずだったのだが、稔も真も揃って何か考えるように俯いた。

訳が分からない反応をされて二人を交互に見る水葉。


「え?え?」

「あまり触れてはいけない話題だったんでしょうか?」


戸惑う水葉のフォローを兼ねた形で問いかける大和。

と、そこで考え込んでしまっている事に気づいた真は慌てた様子でそれに答えた。


「え、あ、いや…稔だよ、うん。」

「待て、聞きずてならない。」


躊躇いがちにとは言え、自身のほうが強いと言われたにも拘らず、稔はそこで抗議する。

稔が強くなる為…神々まで含めて誰も彼もより強くなる為に鍛えていることを知っている二人は、ここで稔が抗議する理由が分からず余計に戸惑う。


「え?ど、どういう…」

「真と私が戦ったのはコイツが練想空間に来てすぐの頃に一回だけだ。そんなハンデ戦みたいな結果を比較に出来るか。」


稔の様子と考えこむ真の戸惑いの理由をようやく察する二人。

参考記録が古すぎて、今それを例に答えるのに考え込んだのだ。


(迷わず稔さんを立てるのも真君らしいですが、稔さんも稔さんで強くありたいと言う割に勝者と言われたのを公正じゃないと断るとは、こういう所では真面目なんですよね。)


二人らしいと思い微笑ましくなる大和。

だが、そこでなんとなく嫌な感覚を覚えた。


「それから一回も戦ってないんですか?」

「惑意相手に戦う必要があったし、僕らで戦っても互いに消耗するだけで惑意を減らせるわけじゃないから。」

「水葉さん。」

「え、あ…」


全く気づかず尚も話を掘り下げた水葉をそっと止める大和。

そこまでされて水葉も気づいた。


呑気に話す真と、そんな中で黙りこくる稔。


二人を戦わせると言う事は、少なくともその場でどちらが強いかを決めさせると言う事。

まるで半身かと思うほど息のあった連携を見せる、最早パートナーと言っても差し支えない二人に、戦ってその結果を出させる。


いつまでも避けてはいられない話かもしれないが、だからと言って進んで触れたくは無い話だとは付き合いの浅い二人でも察する事はできた。


真も、稔が考え込んでいる事に気づいていた為、軽い話題ではない事は察し…


「あ、そうだ!」


思いついたように強く手を叩いた。


「なんだ?」

「神前武闘でやろうよ、稔。何かここまでやってないと特別感あるから今更その辺でいきなり試合って言う気にもならないし、どうせ参加するなら勝ち上がれば当たるんだから。」


簡単に済む話ではないのなら、特別にすればいい。

すさまじく単純な真の発想と持ち出した約束に、思い空気を感じていた三人は揃って力を抜いて笑った。


「…やれやれ、随分気軽だな。参加者そこにいるんだが。」


呆れ混じりの笑みで大和を指差す稔。

その意味に…『道中で当たっても片付ける』とあっさり言ってしまったという意味に、大和を見てようやく気づく真。


「え、あっ!いや、その…」

「はは…私のほうはお気になさらず。勿論、ただ負けるつもりはありませんが。」


慌てる真に少しばかり強気に返した大和だったが、二人の重い空気が晴れてよかったと安心していた。

同時に、自身が負ける必要があるのに、何処かこの約束が果たされる事を望んでしまっている事を自覚する大和。


「いいだろう、神前武闘決勝でやろう、全力で。」

「…うん、約束。」


真の誘いに応える様に手を差し出す稔。

自分から持ちかけただけに自信の無い事を今更言うわけもなく、覚悟を決めた真は差し出された手を握り返した。












「よく、あの稔さんとの勝負の約束が出来ましたね。」


夕食後、感心と興味から真にそう問いかける大和。

単に強い、と言うだけではない。

真の緩い感じと異なり、向かい合うだけで全てを断ち切りそうな、まさに剣士…下手をすると剣豪とすら呼べそうな威圧感。


アレと真正面から戦う約束を自分から持ちかける。


(失礼は承知の上ですが…正直地上のどの獣と向かい合っても彼女ほどの寒気は感じないでしょうね…)


失礼と思いながらその感想が拭えない大和としては、あっさり勝負の約束を取り付けた真に驚いたのだ。

尤も、これまでの合宿で真も尋常で無い事は理解していたので驚きの程度は軽かったが。


だから、大和にはあっさり取り付けたように見えたのだが…


「正直、覚悟入りますけどね。」

「そうだったんですか?とても緊張しているようには見えなかったのですが…」


何かに思い耽るように目を閉じて、覚悟がいると言う真。

意外だった大和は素直にそれを尋ねる。


「あ、えっと…稔との立会いが怖いって訳じゃないんですけど…勝負って…勝つつもりで戦うなら、本当に凄い強いのは良く知ってるから。」

「なるほど…」


確かに、勝負を申し込む人間なら勝利を考えるのは正しい反応ではある。

だが、緩い感じの真にしては、勝つつもりときっぱり言い切った所に、大和は納得しつつも少し驚いていた。


「カッコいいからって理由で魔法剣士を目指すようになったから…稔に…同い年の女の子に負けないようにって。あの訓練ついて回ってるくらいだから…立ち会うだけなら怖くないけど、あっさり負けてはいられない。」


きっぱりと、強く宣言する真。

一瞬だけその姿に凛々しさを感じた大和は…


直後速攻で肩を落とした真の姿に呆けてしまった。


「あっさり負けられない…って言っても、稔とんでもない強さですから。鍛えても色々作っても手も足も出なかったらとか、どうしても頭から全部は消えなくて…だから結構覚悟が…」

「あー…確かに無理も無いですね。」


練想空間でも強いが、特に生身だとそれは顕著だった。

今回の合宿にしたって、一度真と大和の二人掛りで稔に挑んだ事すらあったのに、それでも敗れる程だった。

それらを思い返すと、胸を張っての勝利宣言は確かに簡単ではないと思う大和。


「…ですが、そう言ってもいられませんね。元々私への贔屓もあるようなものなのですから。」

「きっと大丈夫ですよ、大和さんもコノハやグヒンと…神様の一角と渡り合ってたじゃないですか。稔相手とかじゃなきゃ…」


前提が必要な励ましを受けた大和は軽く笑い返し、目を閉じた。


(出来うる限り…では足りないでしょうが、それでもやれる限りは力をつけておきましょう。)


神様の力になるつもりなら、神職者として引いてはいられない。

柔らかい笑みと牙無き優しさばかりが見える真ですら覚悟を決めている様子に、大和も改めて心身を磨く事を心に決めた。

















明日には出発すると言う事もあって、荷物の整理を終えた所で布団に入る稔と水葉。

足だけ伸ばして座った所で、稔は小さく頭を下げた。


「悪かったな船祈、妙な空気にしてしまって。」

「そんな、私の方こそすみません。不躾な質問だったみたいで…」


謝る稔に対して慌てる水葉。

知らなかったとは言え踏み込んではいけない部分に踏み込んだ質問を興味本位でしてしまったのだと彼女なりに申し訳なく思っていたのだ。


「…私は、上を目指して挑んで倒して来た。幼馴染と剣道をやっていた頃から、神様を知った今尚。それこそ、普通の人間に納まらないお前や氷野さんが引く位にがむしゃらにな。」


自嘲気味に笑って言う稔だったが、放り出しているに近い勉強やとうてい身体のついていかないペースでの修練に加えて防具や緩衝材もなしに振るう武器の直撃等の数々の異常を振り返ると、水葉は笑顔を返せなかった。


「挑んで負けた事は多々ある。だが、追いすがられたのはアイツ位なんだ。皆は当然の様に私と真を見ていたみたいだが、まだ一年も経ってないのにああなんだ、真の奴。」

「凄い…ですね。」

「そうなるのにこの数ヶ月、何を日常にしてきたかはカラスとの試合で見ただろ?」

「っ…」


真への賞賛になんとなくで同意した水葉が、カラスとの試合を持ち出され、それを日常と称されて気づく。

元から馬鹿みたいな訓練をしてきた稔と、負けると言ってもそれと数ヶ月で打ち合っている真。

そうなるまで何をしてきたのか、左腕の消し飛んだ状態を日常と言い切ってしまう稔の言葉に、嫌でも想像出来てしまった。


「進んでいる内は良いんだが、真と修行するようになってから、何処か怯えている自分がいるんだ。弱かったあいつにあっさり追いつかれ、置いていかれたらと。私は自分の上を最上を目指して歩を進めているはずなのに、永遠に届かなくなるんじゃないかって…それを恐れて、しばらくアイツを素直に認められなかった。」

「名前で呼べなかった理由…ですね。」


強者に挑んで負けたとしても、歩を進めている以上死ななければいつかに可能性がある。

けれど、もし真に抜かれてしまったのなら、抜かれる形で敗北したのなら…何処まで歩を進めてもたどり着かなくなってしまうんじゃないか…と。

苦行にも、試合の結末そのものも受け入れられる。死ぬかもしれない状況でも戦えた。

そんな稔でも耐えられない、隣人に抜かれ、置いていかれ、進んでも進んでも永遠にたどり着けなくなる…暗中模索に陥るかのような恐怖。


「…だからきっと、惑意の排除を理由に心のどこかで避けてたんだ。放っておけば毎日でも惑意の相手はしなきゃならないから、考えない理由には十分だったしな。」

「それを…掘り返してしまったんですね…」

「結果的にはそうなるんだが、悪く思わなくて良い。神前武闘が無くても、いずれはやらなきゃならない事だったんだからな。」


改めて悪い事をしたと言うように表情に影を落とした水葉に対して、稔は首を横に振った。


「ありがたくてこんなみっともない話を晒したんだ。自分からは嬉々として言い出せなかっただろうから。だから、あまり心配するな。」


触れなければならない、触れなかった事。

その機会を作ってくれた水葉へのお礼と、気にしないようにと告げておく為に話した心中。

そこまで言われていつまでも悪いとは思っていられず、水葉は笑顔で頷いた。


「私は傍目から見て強いようでも、自分の進む道以外では弱いのかもしれないな。」

「きっと、皆そうですよ。特に、人なら尚更。」


横から百円均一の金槌で叩かれた名刀があっさり折れる様を自分に重ねて想像して肩をすくめた稔に対して、神降ろしが出来る巫女と称されてつれられたにも拘らず同じ神職の大和に悩みを話した自分を思い出した水葉は否定することもせずに頷く。

そこまで話して、明かりを切った二人は横になった。


『人なら尚更。』


自分で告げた言葉を思い返しながら、水葉はふと思う。

普通に人の輪の中で馴れ合いの為に宝物を捨てた人たちはそれなりの日常の中にいる。

スポーツや芸術、大会や賞なんかに上がる人たちはそれらの為に傾けた非日常を過ごしている。

練想空間に到った自分や大和のような者は、信じたもの、神々の力になる為と言う理由だけで過度な鍛錬に身を委ねるほど傾倒しきっている。


なら…神様だろうと勝利する位にと強くなろうとしている白兎稔と、その宝物が神域の代物だろうと手を伸ばす事をやめないと決めている姫野真は…


(『普通』と呼ばれる人が持っているものを、一体どれだけ…)


考えて、隣に首を傾け、闇の中で目を閉じるただの少女にしか見えない稔の寝顔を目にした水葉は、それ以上を考えるのをやめて目を閉じた。






主役格二人は残念超人(苦笑)実際は出来る人は関連応用色々できる事多いようですが。

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