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第3話・神がかった縁




第3話・神がかった縁




神社に戻り巫女服に着替えた水葉は、今は使われていない櫓の前で息を調えていた。

ゆっくりと深呼吸して、水葉は神具である串を構える。

双馬の御串という水葉が継いだその串は、黒と白の馬が両側に付いており、祈雨の時は黒い馬を上に止雨の時は白い馬を上にして祈ると言う水葉の家に伝わる固有の神具である。


「…よし。」


静かに串を構え、水葉は雨乞いを始めた。




水葉がはじめて雨乞いに成功したのは、日照りによる不作が心配された年だった。

同年代としても変わった生活を送っていた水葉は、神様へ敬意以上のものを感じていた。

自分の声を届けられる、それどころか人々の声をこの状態で聞き届けてくれる、偉大と言う言葉では済ませられない存在。

人に優しく有りたいと願う巫女である自身ですら、黒い気持ちを感じないなんて不可能事なのに、半笑いのいい加減なお祭り騒ぎの人々すら、不作から救ってくれようとする神様には感謝などではすまないものを感じていた。


なのに、不作からの不自然なタイミングで成功した雨乞いに、無意味にそれを見たいと言う人々がぽつぽつと現れ始めた。

誰も救われない祈りなど真摯に行えるわけも無く断れば、ガセだなんだと悪態をつかれる始末。

挙句、神社に唾を吐き捨てて去るような柄の悪い者までいて、水葉は人々の為にと祈る気になれなくなった。

誰が自分が敬愛している者を、不良の見世物にしようなどと思うものか。

助けた時に困っていたからと、後に感謝を捧げに来るならともかく、助けた者に踏みにじられるのでは、二の足を踏む理由には十分だった。


『無理しないで、大事にしてあげて。』


笑顔でそう言って駆け出した真。


『お前にとっての神様は、この状況で子供を焼き殺すのが望みなのか?』


大事にする事の意味を問いかけてきた稔。

そして…


無関係と言われ自分の力で動き出した人々の後を追うこともしなかった自分。


(違う…そんなわけが無い。神事に軽い、罰当たりな人も混ざっているような所ですら助けてくれたんだ。自身の威信を守る為に人を不幸にするような事を望む訳が無い。)


水葉は祈る。

自身の全てを以って。


(だからお願いします、どうかこの火災の中に取り残された子を、火災を前に動いている人達を…)


かつて無いほどに強く祈る水葉。


(この町とすら関係ないはずなのにあんな場所に向かってしまった彼らの為に…雨を…雨をどうか…)

『貴女は本当に…独り心優しいのですね。』


祈りを捧ぐ水葉に声が届く。

それは、祈りに入った水葉がかつて聞いた優しい声で…


『私達ですら遠ざけられ寂しいと言うのに、貴女は神社に勤める為に級友からすら離れ、それでも巫女として努めてくれましたね。』


やがて、声は水葉の体に重なる。

自身の内から直接響くような優しい声にその身の全てを委ねるように祈り続ける水葉。


しばらくして、空が曇り…


雨が降り注ぎ始めた。


雨に打たれながらも一瞬もとどまらずに祈り続けた水葉は、やがて全てを終えて振るい続けていた双馬の御串を下ろして深く息を吐いた。


『さて…後は真さんと稔さんのお二人にお任せましょうか。』


体から何かが抜けるような感覚と共に、最後の声が水葉に届き…


「…え?」


何故今日初めて会った筈の二人の名があったのか分からず、首をかしげた。













小さな火は踏み消し飛び越え、進めそうにない炎は避けるか木刀の一撃で断ち斬り進む二人。

異常な鍛練により鍛えた心肺機能。

多少は無呼吸での活動もできるとはいえ、火災による高熱の中を木刀を取り回しながら駆けるとなると消耗も激しく、流石に限界が来ていた。


「居たよっ!!」


燃え盛る木々の中、炎を避けようとしたのか地面に横たわる少女の姿があった。

その姿に気付いた真が叫んで駆けよる。

遅れてその後を追う稔。




ちょうどその時、メキメキと音がし始めた。




根本を焼かれた木が、よりにもよって少女を抱えようとした真に向かって倒れ始めていた。

元々あちこちからバチバチと音がするなか、少女に意識が向いている真はそれに気づいていない。




「っ…八括魔あぁっ!!!」




割って入った稔が、無我夢中で奥義を放つ。咄嗟に放った四連続の斬撃は、倒れてきていた木をへし折ってその軌道を変えた。

地面に倒れた木々が派手な音を立て、炎と煙が舞う。


「稔!!」


ようやく一連の事態に反応できた真は、名を呼びながら小脇に少女を抱えて近付く。

炎の熱からは顔をかばうように片腕で顔を覆っていた稔。

そのお陰か焼けてはいなかったが…


「しま…った…」


大技を無我夢中で放った直後、我を忘れて呼吸を整えようとした稔はまともに煙を吸い込んでしまっていたのだ。

力なく、炎に向かって倒れそうになる稔を慌てて掴む真。

だが、血まみれになっても放さない木刀も手放してしまう稔を見て、完全に体が言うことを聞いていないのだと察する。


(く…っ!)


一度火を避けて少し距離をとった真は、土を吸い込みそうな位低い姿勢で息をしながら、稔を背負って少女を片腕で抱える。


(体や木刀を強くは出来ているんだ…無意味なんてことはないはずだ。)


空いた残りの手で魔法陣を描く真。


「ライズ!シデンノタチ!!!」


速度を上げる雷剣の名を叫んで空を握り込んだ真は、炎もなにもなくただひたすらに火災の外へ向かって駆け出した。









急に降り注いだ雨は、山の鎮火に一役買うほどで、完全に日も暮れた今は小雨程度に落ち着いていた。

真と稔が救出した少女は暑さに耐えかね倒れたものの、その分赤子と同じような地面近い空気を少し吸っていた程度だった為、衰弱のみで脳などへの損傷は見られなかった。


雨だけで鎮火することはなかったが、それで広がりが抑えられた所に来た消防車によって残りは鎮火へ導かれて収まっていった。

原因は現在調査中。



「…こんな感じです。」

「ありがとう。ごめんね色々無理言っちゃって。」


現状を水葉に教えてもらった真はお礼を告げる。

火災を抜けた真はその足で神社に来て、火災と雨でグシャグシャになった稔の身体を水葉に任せて社務所で軽く休んでいた。

着替え等が一通り済んだ後、人目に付きそうな場所に置いて来た少女が無事助かったかとかの話を知りたかったが、のこのこ姿を見せたら騒がれると思った真は水葉にそれを聞いて、無事助かって父親と病院にいる事を聞いてもらったのだ。


「あの…御二人は一体…」

「え?」


本当に火事から帰ってきた事はあちこち焼け溶けていた服や靴が証明していて、だからこそ水葉は恐る恐る口を開く。二人が一体何者なのかと。


真はどう答えればいいのか少し考えて…


「ちょっと強い中学生?」

「は、はぁ…」


あっさりと簡単に答えた。

普通の内容で異常な現象、余計に訳がわからなくなる水葉。

と言っても、特別な仕事をしてるわけでも何でもない真としては、練想空間の話を出さないと何も言えなかった。


「お前と…似たようなものだ…」

「稔、本当に大丈夫なの?」

「問題ない、真威を扱えていつまでも意識不明でいられるか。」


倒れたのが中毒症状なら病院にいかないと危険だとは思った真だったが、身体の意識はないまま真威を用いて『病院と旅館は心配かけるし無駄に金がかさむ』と言った稔に従って、近辺で唯一知り合いと言えた水葉を頼りに神社を選んだのだ。

そして稔は、真威を駆使して意識の働かない部位を無理矢理にでも動かそうと意識を通して、今身体を起こした所だった。


「似たような?」

「お前が雨乞いが出来るという異端なのと同じような理由で、私達は人並外れた力があるって事だ。」


肩を回し、手を握ったり開いたりして動きを確認しながら簡単な説明をする稔。

笑顔もなく、不良学生のそれとは違うものの、鋭く威圧感を与える稔の口調。

今日話した限りで水葉も悪い人とは思わなかったが…


「失礼かもしれませんが…その…信仰に篤そうには…」

「それは…だろうな。」


神職に関わる人間とは思えなかった。

信仰どころか師事こそしているとはいえ当面の目標がスサノオを倒すことである稔が水葉の指摘を否定できるはずがなく、大和に続いて神社絡みの相手を前にする引け目が重なり俯いた。

心中を察した真が、代わりに説明を続ける。


「似てるところは、強い意志…ってとこかな。信じてるものや願うことが違うからバラバラに見えるけど。」

「神降ろしが成せるとまで聞いて、それを見ることで参考にするつもりだったんだ。」


稔から神降ろしの単語が出て、水葉は先の事を思い出す。

祈りの最後の最後、自身の内から聞こえた声が呼んでいた二人の名前。

それは、雨乞いの為に祈っていた相手が…神様が二人を知っているということ。


「御二人は…神様と関係が?」

『えぇ、それはもう。スサノオ秘蔵の剣客さんですもの。』

「「…え?」」


水葉にしてみれば畏れ多い質問でもあったのだが、唐突に聞こえてきた声が水葉の質問に答え、真と水葉は揃って驚きを声で漏らしていた。


「真、練想空間だ。」

「あ、うん。」


稔に言われ、真は練想空間を見る。

そこには女性の姿があった。


水葉も、訳がわからないなりに二人が向いている障子の外を見る。

水葉なりに真剣に見ると、水葉にもうっすらとその姿が見える。


「え、あ…の…」

『初めまして姫野真さん、白兎稔さん。私はミズハノメと申します。』

「あ…ご丁寧にどうも。」

「初めまして。」


呆然とする水葉をよそに、近所の知り合いにあったように挨拶を交わす二人。


『そして…平時に言葉を交わすのは初めてですね水葉。』

「ぁ…は、はい…」

『いつも良く尽くしてくれていますね。感謝していますよ。』

「そ、そんなとんでもない!!」


大慌てで低姿勢になる水葉。

稔を着替えさせたさいに自身も普段着になっていた事もあって、無礼を重ねているように思った水葉は生きた心地がしていなかった。

そんなおっかなびっくりと言った様相の水葉を前に、ミズハノメは困ったように笑う。


『神職で私達に届く方は大概このような感じで。有難い事なのですが…』

「それはそうなるでしょう。」

「身も蓋もないよ稔…船祈さんと楽しく喋りたいって話でしょ?」


分不相応極まりない表現をされた水葉が真とミズハノメを交互に見てどうしたものかと困惑する。


『貴女と色々話せるようにとは思いますが、今はこれまででしょうか。このままで会話するのは中々消耗が酷いもので。』

「そうでしたか。あの…彼女には?」

『御二人と水葉にお任せします。』


微笑みを最後に、ミズハノメはその姿を消した。

ぱちぱちと瞬きをしながら目を擦る水葉。

そんな彼女を眺めて無言でいる稔に、真は首をかしげた。


「話すかどうか…って事だよね?ここまで来て悩むことかな?」

「私達の認識を植えつける事になる。」


真はよく分かっていないままだったが、稔は事の重さを理解していた。

認識…固定観念。

練想空間自体、元々現実にあった人の意志の力を論理で説明できないものは幻想だと一蹴して追いやった結果分かれただけなのだ。

それに、創世神や絶対神などの形で信仰している人々からしてみれば、意思の力の塊がそれらを名乗ることは冒涜にすらなりかねない。

現実にその身にミズハノメを呼び降ろして力を借りることが出来ている水葉にしてみれば、自分なりに教わった…信じている神々の形がある。それを変えるかどうかは、あくまで人が決めろと、そう言う事。


(だからこそあえて全てを言わずに去ったのだろうが…切ないな。)


実際に力を貸し、見て来たのは間違いなく、だからこそこの機に姿を見せたのだろうミズハノメの笑顔を思うと、偽者と扱われても享受する気でいると言うのは、信仰関係なく心苦しいものがあると思う稔。


「…お願いします。」


事情を感づいていないなりに稔の重さには気づいていた真ですら黙っていた中で、水葉が自分からそう告げた。


「いいのか?」

「はい。」


再確認する稔に対して迷い無く頷く水葉。

そして…



くうぅぅ…と、小さな音が響いた。



小さいが何があるわけでもない山奥で響いたその音はよく聞こえた。

さっきまでとは違う沈黙が流れ、水葉と稔は真を見る。


「あはは…お昼食べる所もそんなに見当たらなかったし、夜ご飯にも遅いのに全力で走ったから…」


実際問題稔と少女を持って山中を駆けた真は相応に空腹だった。

このタイミングまで何も言わずに黙って我慢していたのだが、体までは簡単に操作できるわけも無い。


「…食べながらでいいか?今回足手纏いになった身だからあまり色々言えなくてな。」

「あ、は、はい。私もお腹空いてましたから。」

「何かごめん二人とも…」


重さも強さも感じない真の姿に苦笑する稔と水葉。

今日初めて会った水葉ですら感じるほど、棘無く優しい真の空気に落ち着けた二人は、自然肩の力が抜けた。











ちゃんとした神主の家の生まれである水葉。

その家もすぐ傍にあり、旅館に戻ってはそのまま寝ることになるだろうと言う事で二人は水葉の家に招待された。

神社にいる事自体は休憩中に真が連絡を取っておいたため、問題なく伝わっている。

水葉が家の鍵を空けて先に入ると、ちょうど男性…水葉の父が姿を見せた。


「只今帰りました。」

「お帰り水葉。其方のお二人が旅館に来たという友人ですか?」

「あ、と、お邪魔…します?」


初日から人の家に呼ばれて付いていくことになった流れに今更に不安になった真が恐る恐るそう言うと、水葉の父は笑顔で頷く。


「町の人はお前が雨乞いをしたことに感謝してくれていてね、お前を動かした客人が今一緒にいると言うことを姫野さんのご両親から聞いた旅館の人がここまで二人の分の料理を届けてくれたよ。食器を返すのは此方に泊まっても、話が終わって帰るときでもいいということだそうだ。」

「うわ…何か悪いなぁ…別に僕たち何したわけでもないのに。」


子供を助けに火に突っ込んだとは言うものの、人知れず無かったことにしたつもりの真は、本気で何もしてないように申し訳なさそうで、その様子を見た水葉が改めて驚く。


「すみません、出会ったばかりの旅行者にわざわざ。」

「家業にかかりきりで友人もろくに作れていない水葉がわざわざ招く方です、何も無い家ですが出来うる限り歓迎しますよ。」

「お、お父さん…」


寂しい現状を父親に語られてとめようとする水葉。

だが、それ以上は何を言う間もなく早々と引っ込んでしまった。


代わりに姿を見せた母親に食卓に案内されると、旅館で出る予定だった料理に加えて水葉の母親が用意したのだろう山菜料理の小鉢が机に置かれていた。

古民家に相応しいと言うべきか、座布団が置かれた低い机。

正座は足に悪いとろくにしたこともない真はどうしたものか戸惑ったものの、剣道で縁のある稔が迷わず正座を選んだため、さすがに足を崩せず稔に倣って座る。

食べながら、とは言ったものの、家の人の前ではさすがに話すことも出来ず、三人はとりあえず食べることにした。


「いただきます。」

「「いただきます。」」


両手を合わせ、丁寧にお辞儀する水葉に倣い、不恰好なりに手をあわせて頭を下げる真と稔。それを見て、水葉の母親が微笑んだ。


「本当に二人ともいい子なのね。」

「へ?」

「無理をして水葉にあわせてくれているんでしょう?今は凄く丁寧な家でもないと普段から礼までしたりしないもの。」

「そう…ですね。」


水葉の母の指摘に稔と真はそれぞれ苦い顔をする。

起きて早々遅刻を避ける為につまみ食いの如くおにぎりだけ貰って食べながら登校することもある真と、両親と殆ど絶縁状態で誰もいない場所で冷めた食事を作業のように片付けて部屋に行ったり修行に移ったりしている稔。

『食事に感謝を示す』という丁寧な意味を行動で示すのが普通の事だと、言われて気づいた二人は逆にバツが悪かった。

そんな二人を前に、水葉の母は首を横に振る。


「習慣が無いとそうなってしまうもの。なのに、家や水葉に気を使って倣ってくれているんでしょう。椅子もないけれど、それでは足も痛むでしょう。崩してくれていいのよ?」


慣れない人にとっての正座の負担も分かっている水葉の母としては、さすがに水葉には言えないものの客人に足の痛みに耐えながら食事を取れと言う気になれなかったのだ。


「いえ、神道に縁はありませんが武芸者なので正座には慣れています。お気遣い無く。」

「僕もまぁ…多分大丈夫です。」

「そう?無理だけはしないでね。」


結局二人ともそのままでいる為、それ以上は言わずに水葉の母は台所へ向かった。


「すみません、気が回らなくて…」

「旅館のほうに集合と言う訳には元々行かなかったんだ、気にすることは無い。」

「って言うより、正座はともかくいただきますに慣れてないって言うほうが褒められた事じゃないし。」


折り目正しい水葉の方に謝られて困った二人は、時間が遅い事もあって箸を進める事にする。

小鉢の野菜に箸を伸ばし…


「ん…ぐっ…」


一口目に、真は箸を置いて口を押さえた。

水葉が一瞬不思議に思って真が食べた小鉢を見て…


「お母さん、青唐辛子は合わない人いるって!」

「あ、あらごめんなさい。すぐお水持ってくるわ。」


原因に気づいた水葉の声を聞いて、ぱたぱたと水葉の母が慌てて二人分の水を持ってくる。

置かれた水を勢いよく飲んだ真は、コップを置いて一息吐いた。


「お母さんが好きで作るんですけど、二人とも大丈夫ですか?」

「あーうん。おいしいけど、ここまで辛いとちょっと辛いかな…」


好き嫌いはさほど無いほうではある真だが、極端に刺激が強いものにまで耐性は無く、丁寧に作られていることこそわかったものの、辛さには耐えかねた。


「真…」

「ん?」

「無理そうなら交換してくれ、旅館の料理好きなの持って行っていいから。」


周りの騒ぎを他所に無言で箸を進めていた稔。その頬が少し緩んでいた。


「僕はいいけど…大丈夫?いくら好みでも胃とか舌とか」

「大丈夫だ。」

「それじゃ…はい。」


真が恐る恐る小鉢を渡すと、笑みを隠そうともせず受け取った稔は、置かれた水に手もつけずに嬉々としてその姿をそのままに調理された青唐辛子をパクパクと食べ始める。

母が好きで作るから、と言ったものの、食事は残さず感謝して、と言う教育から食べていただけで正直苦手だった水葉は呆然とその様子を眺めていた。


「あ、あの…白兎さんって…」

「辛いもの好きなんだって…これを平然と食べられる程とは思わなかったけど。」

「…凄いです。」


若干引き気味の空気を感じ取ったのか、一度手を止めた稔は拗ねたように水葉を見る。


「変な所で感心するな。凄いと言うならしっかり辛いのに味付け自体も丁寧な船祈の母君の料理のほうが凄い。」

「あらあら、そんなに褒めてくれるなら持って帰る?」


ピクリと肩を震わせて水葉の母を見た稔だったが、少しの間を置いて首を横に振った。


「い、いえ…ありがとうございます…」

「そう…」


言い辛そうに断る稔の言葉を聞いて洗い場に戻る水葉の母。

再び三人だけになった所で、水葉が小声で口を開く。


「あの…無理して下さってるなら私が引き受けますから…」

「あ、いや、そんな事は無い。」


食べられない真の分を残さない為に無理をして引き受けたのだと勘違いした水葉。

だが、歯切れこそ悪いものの無理をしていると言う点をきっぱりと否定する稔。

そんなやり取りを聞いて、真は息を漏らしながら笑う。


「稔は遠慮するほうだからね。前も町のイベントでお小遣い貰ってないから何も買わないって。一緒にいたのに僕だけあれこれ買って楽しい訳ないのにね。」

「今日初めて会った旅行者の身なんだぞ?土産まで貰うなんてずうずうしいにも程があるだろ…」


笑いながら言う真を横目で睨む稔。

稔としては常識と言うか普通の対応だと思って言っただけなのだが、初対面の町民を雑魚扱いする割にこの手の対応にはおとなしい姿に、真所か水葉まで笑ってしまう。


「白兎さんも凄くいい人なんですね。」

「変にいい人なんだ。怖い所とか厳しい所を最初に見ると想像つかなくなるんだけど。」

「いい人かはともかく、お前に変とは言われたくない。」


からかっているなら冷めた返しもする稔だったが、邪気も無い二人にいい人扱いされると切り返す気にもなれず、拗ねたように呟いて食事に戻るしか出来なかった。













食事を終えた所で水葉の部屋に案内された稔と真は、水葉に一連の話をする。

練想空間や真威や惑意、神様についてなど。


一通りの話を終えた所で、稔は水葉の顔色を伺う。


「船祈…大丈夫か?」


人々から向けられた真威…神威の集まりが先のミズハノメ。

だが、鶏が先か卵が先かと言うような話になりかねないそれは、神が大地と人を創ったという習いに沿うならば思いっきり冒涜だ。

神殿や神棚…地上の素材で作った道具に祈り祀る事で『宿る』と言う方向には沿っているものの、真摯に信仰してきた者が全員気分よく聞ける保証は無かった。


「…私は昔、干ばつによる不作を乗り切る為にミズハノメ様に雨を乞い、叶えて戴きました。私のような未熟な巫女の言の葉を聞き届けて下さって、とても感謝したんです。ですが、お二人も見た通り、神様や神社への扱いがあのような感じになってしまっていて…」


水葉の言葉に、二人は火災に突撃する前の周囲の人々の反応を思いだす。

雨乞いをしないことを怠け者のように言う人々。出来る事をしてあげない、と言う意味では確かにそれも間違いとは言えないが、相手が神様でそれを心の底から大事にしている人に頼むには彼らのそれはあまりにも軽くて雑な代物だった。

練想空間に到る真威を持つ二人は、水葉の気持ちがよく分かった。


だが、そこまでの重々しい空気を掃うように、水葉は二人に笑みを見せた。


「けれど、お二人の言葉で思い出したんです。普通の皆がそんな状態でも、恵みの雨を下さったことを。だから今回も祈る事が出来て…そして、また聞き届けてくださいました。それを今更否定したりしません。」

「そっか…よかった。」


真っ直ぐにそう告げた水葉に、笑顔で頷きを返す真。

信仰とは違うなりにスサノオ達と交流してきた真としては、全否定したり落ち込んだりされたら悲しいと思っていた。

本当に雨を降らせて見せた水葉と人々と外れた練想空間に押し込まれたのに力を貸したミズハノメが仲違いしなかったのが嬉しかったのだ。


「それで、お二人は何故スサノオ様と?それに、私の事をご存知だったのも…」

「あぁ、私が練想空間に辿り着いたときにこれらを教えてくれたのがスサノオ様でな、以来真威の扱いに関して師事して来たんだ。」

「スサノオ様…師事…」


神様に力を『借りている』水葉からしてみれば、師弟というレベルだけで想像も出来ない域の話だった。

文字通りに神懸かった話に呆然としている水葉。


「真、小銭を貸してくれ。」

「え、うん。」


真から財布を借りた稔は、5円と50円の穴あきの小銭をあるだけ取り出し、宙に放り投げた。

そして、右手に持つ楊枝を振るい、小銭の全てを落下前に楊枝に引っ掛けた。


(うわ…引っ掛けるのもそうだけど、なんでその状態で振って落とさないで次も拾えるんだろ…)


真ですら引く腕を振るった稔。

人並み外れた修行についていっている真ですら何がどうしたらそれが出来るのか理解できないのだ、水葉への証明としては十二分だった。


「部屋だからな、この程度で神域の力量とは証明にならないかもしれないが。」

「い、いえ…十分お見事です…」


緊張した様子で首を横に振る水葉。

彼女の知る限りテレビの大会等でも聞かない力量だ。涼しい顔で披露される代物ではなかった。


「僕はその後稔に色々教わったんだ。ま、まぁ今のはちょっと僕無理だけど…」

「コイツに到っては先日ダムの決壊の一因を担った惑意の妖魔、蛟を斬り殺した魔法剣士だ。不調のスサノオ様では苦戦を強いられたと言うのにな。」

「此方でもダムの決壊は放送されていました、雨雲が裂けた事も。」


突風による奇跡的な晴れかたと報道されていたそれに絡んでいると話されて、水葉は首だけ動かして真を見て固まる。


「姫野さんがあれを?」

「あはは…クシナダ姫とか色々力を借りての事だから、別に僕がやったって訳じゃないよ。」


驚く水葉の前でふわふわした空気を感じさせる笑みを返す真。

説明するまですらなくとんでもない偉業に違いないのだが、それを今更真に言っても仕方ないことをよく知っている稔は、溜息一つで流すことにする。


「それで、お前の事を知っていた理由だが…神様伝いにお前の噂を聞いたからだ。」

「私の?」


稔や真の話を聞いて、同じ次元に上げられると想像もしていなかった水葉は自分の噂を聞いて会いたいと思われたなどと聞いても訳が分からなかった。

戸惑う水葉を前に一度頷いた稔はそのまま話を続ける。


「蛟と戦った一件も含めて、私や真がそれらをまともに成せるのは練想空間での話でな。夢現同化…現実で真威の力をまともに発揮させる域をそう言うんだが、練想空間にこないまま、現実で真威の力を使って自然にまで働きかけることが出来る巫女がいる、と紹介されたんだ。」

「そう…だったんですか…」


納得すると同時に水葉は俯いた。


(決して軽い話じゃなかった。その上、私がご加護をお借りしている神様から紹介されたと言うのに断るなんて…不敬は私のほうだ…)


神々への信仰で真威を発揮している水葉。

だと言うのに、その神様に『ぜひ会ってみろ』と紹介された人達を前に、用も無い奴の為に祈れないと返したも同然だと思うと、水葉の心に暗い影が差す。


「落ち込むことは無い、天候を変えるなら本当に影響は無駄に広域に広がるんだ。私達のためだけに都合のいい事は出来ないさ。」

「神様から紹介された、なんて信じられないだろうしね。僕たちがそんな縁あると思えないだろうし。無理も無いよ。」

「すみません、そう言って貰えると助かります。」


事情を知った後なら納得できたとしても、全部知らない内に同じ選択が出来る保障なんか当然無い。

今回むしろ失礼だったのは自分達だと悟った二人は、水葉に文句を言う気など無かった。

一通り話すまでは出来たと思った真は時計を見る。

夕方に火災、それが片付いて一休みして夜も更けた後に水葉の家で食事と話。

日が変わるまでもう一時間も無くなっていた。


「そろそろいい時間かな?夜も遅くなってきたし、僕達は旅館に戻るよ。」

「そうだな…」


帰ろうと腰を上げる二人を見て、水葉は首を傾げた。


「そうですか?お父さんも泊まって行ってもと言ってましたけど…」


練想空間については聞いたが、入れず見た訳でもない為、もう少し二人に色々な話を聞きたかった水葉。

察しないわけではなかったが、苦笑いで頬を掻く真。


「旅館の代金僕達が出したわけでもないし、それで船祈さんの家に泊めて貰うのはさすがに…」

「二重に悪いからな、私に至っては真の家の旅行に同行している身だから余計にだ。」


真はまだしも、本気で苦い表情をしている稔。

ここまできて今更ずうずうしいとか思うまい、とは繰り返している稔だったが、事がかさむ度に思わずにはいられなかった。

そんな彼女を見て、これ以上残ってほしいとは水葉も言えなかった。

メモを取り出した水葉は、サラサラと綺麗に何かを書いて真に差し出す。


「それじゃあこれ…私のスマホの番号とアドレスです。簡単にはいかないかもしれませんが、よければまた話したり会ったり出来たら…」

「あ、うん。稔は携帯持ってないから僕の番号とアドレスを。」


言いつつ、真は簡易携帯電話を取り出して、貰ったアドレスへの空メールを打ち始める。

何を言っていいか分からないまま稔を見る水葉。


「えっ…と…」

「色々あるんだ。」

「あ、は、はい。」


静かに返されて触れないほうがいいと感じた水葉は、それ以上何も言わず真からのアドレスと番号を保存する方に意識を向けることにした。









「それではこれで失礼します、ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」


玄関でお礼を言って一礼する二人。

対して、向かい合った水葉も深々と頭を下げた。


「いえ、私のほうこそ色々とありがとうございました。大変かもしれませんが、もしまた機会があったら色々と教えてください。」

「うん、それじゃ。」


明るく挨拶を交わし、去ろうとする二人。

そのとき、家の中からパタパタとかけてくる足音が聞こえてきて、水葉の母が顔を出した。


「白兎さん、これ持っていって。」


水葉の母が笑顔で差し出したのは、両手で持ってちょうどいいくらいのサイズの大瓶一杯に詰まった茶交じりの緑色の細長い…


「青唐辛子…」

「醤油漬け。持っていって。」


無言。

誰もが何をどう言っていいやらわからないような空気になったが、満面の笑みで差し出されたものを拒む気にもなれず、受け取る稔。


「余程、嬉しかったんだなぁ母さん…」

「みたい…だね。」


水葉と真はおすそ分けって量には見えない大瓶と、何だかんだそれを大事そうに抱える稔を見比べながら微笑んだ。












翌朝。

来た時同様に真の父が運転する車の後部座席に並んで揺られる真と稔。

元々見たかった雨乞い自体は、その必要が無いタイミングでは頼めないと諦めたものの、二人はそれを後悔するようなことは無かった。


「実際に見られた訳じゃないが、収穫はあったな。」

「あはは…なんだか何処に行っても何かに巻き込まれるのが当たり前みたいになっちゃってるけど。」


出先でたまたま山火事に見舞われ、オマケに消防も間に合わないと生身でそんなものに突っ込んだ二人。

惑意を集め過ぎた結果、現実に影響が出ていた地元周辺での件はともかく、出先で山火事にまで遭遇する事には真も自分達が特別色々と巻き込まれやすいと思わざるを得なかった。

そんな真に対して肩をすくめて笑みを見せる稔。


「お前の場合、その巻き込まれ体質はありがたいんじゃないのか?格好いいから魔法剣士を目指しているんだろう?行く先々で事件に巻き込まれて首を突っ込めるなんて主役のようじゃないか。」

「そういうのはいいよ…解決したくないわけじゃないけど、それだとそもそも事件が起こるのを喜んでるみたいになるし。」


軽口で言ったつもりだった稔に対して、珍しく割と真剣な表情で答える真。

少しばかり驚いた稔は、考えるように腕を組む。


「どうかした?」

「いや…私は強くなることが目的だから、強者との相対を望むのは素直に出来るが、水葉の雨乞いといいお前といい、その前段階を望む事そのものがよく無い事だと大変だと思ってな。」


今回水葉に雨乞いを見せてもらいに来て、用もないのにそんな真似はできないと拒まれた稔は、自身の単純で願いやすいものと違って願う事も素直に出来ないと言うのは、別の意味で大変に感じた。


「ま、大丈夫だろ。何と言ってもカッコ可愛い美少女剣士が傍にいるんだ、目標が無くて困るって事はないさ。」

「び…か、からかわないでください。噂もそうですが、私をよく知る幼馴染にもお前は女子には見えないと散々言われているのに。」


と、運転席で軽やかにハンドルを切りながら二人の会話に割ってはいる真の父。

いきなり妙な方向に褒められた稔は、同年代男子なら切って捨てるように返すのだが、親しい真の父親で気負いも無く褒めてきたと言う事もあって冷めた返しもできず言葉に詰まる。

そんな稔を助手席からわざわざ振り返る真の母。


「謙遜しなくてもいいのよ。確かにアイドルの娘とかとは違うけど、ちゃんと可愛いから。」

「可愛いって言うからお花畑みたいで変なんだよ。稔は月明かりとかオーロラとか、そんな澄んだ綺麗な感じが似合うと思うけど。」

「嬉々としてお前までそんな事を言い出すなっ!」


真の両親相手に攻勢には出れず、挙句そんな中で当の真まで乗っかってきた為、照れを纏めて払拭する気で隣の真に怒る稔。


「あらあら分かってないのね真。こんなに可愛らしいのに。」

「そうだぞ?綺麗所も見るほうが気づかなきゃしょうがねぇんだから。」

「そう言われても…好きな食べ物で喜んだり褒められて照れたりしてる所は確かに可愛いって思うけど…」


怒気も邪気もまったくない三人掛かりの褒め言葉の応酬。

稔としては望んでもない方向で、耐性も全く無い上に反論するような事でもなく、結局何も言えずに窓の外に目を向けた。


(駄目だ…戦闘ならともかく、勝てないと言うか勝つ気にもなれない。)


よく真の事を子犬のようと称している稔は、そこからなんだかこの一家に罵声や攻勢を出す気が起きないのだろうと連想して、疲れたように息を吐いた。


(まぁ…安らかと言うか幸せと言うか、そんな気にさせてくれるからなんだろうな…)


優しい真と両親の作る温かい空気。

そう思った所で、自分の家での状態を思い出した稔は胸を刺すような痛みを覚え、振り切るように小さく頭を振った。












病院の一室で、少女は傍らに座る父親の姿を見つける。


「パパ?」

「あぁ…っ!よかった!よかった…っ!」


目を覚ました少女を抱き締める父親。


「…助けてくれたの。」

「え?」


動けなかった少女は、夢か現かもわからず眺めていた光景を思いだし、呟くように言葉にする。

いつの間にか火災の外で見つかった彼女。

慌ただしく触れる機会はなかったが、父親は水葉にすがりついた時の事を思い出す。

割って入った笑顔の少年と、彼に続いた凛然とした少女の姿を。


「…誰に…だい?」

「白い髪のお姉ちゃんと…」


半信半疑といった感じで聞く父親に、おぼろげな記憶を掘り返した少女は…


「光る剣を持ったお兄ちゃん!!」


満面の笑みでそう告げた。




いただきますが宗教色があると文句をつけた人がいるとか言う話を見かけました。…正気なんだろうか(汗)

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