第2話・祈らない巫女
第2話・祈らない巫女
学校の昼休み、真と稔は廊下で先日の話を振り返りながら頭を悩ませていた。
雨乞いによる真威の使い手の巫女、船祈水葉の名と、彼女の神社を聞いた真と稔。
しかし、軽く県を複数跨ぐ距離で、国外ほどではないとはいえ、いきなり思いつきで出られる場所ではなかった。
「車は無理だし、電車代なんて貰うわけにもいかないかな…さすがに。」
「私は完全に無理だな。お前の家の両親も優しいとは言え中学生のお子様に数万は気軽に出せないだろう。須佐の買ってる雑誌代に換算したら一体何か月分になるか…」
「だよね…甘いとかそういうレベルじゃすまないよね…」
移動不能となると、場所を聞いてもどうしようもない。
まして、親と半絶縁生活となっている稔には出かけたいなどと言う交渉をする事など出来るはずも無く、だからといって友人の旅費まで真の両親が持つ訳も無いと思っていた。
「給食からあまりのパンでも溜め込んで置ければまだよかったんだが…もう夏休みだしな。」
「え?…溜めてどうするの?」
「走る。今のお前と私なら2、3日もあれば現地でやることを済ませた上で往復もできるだろう。通りすがりに変人扱いされることさえ気にしなければだが。」
交通費はゼロで済む、日夜死に物狂いの鍛錬を繰り返している真威の使い手としては経済的な移動手段。
引きつった笑みを浮かべつつ、真は首を傾げる。
「それでいいなら、食事くらいはどうにか」
「水は公園で何とかなるだろうが、野草や動物は勝手に採ったら犯罪だ。コンビニで安物を買う事にしても6~9食確保するとなるとそれなりの額になる。」
「あー…走る気ならかなりおなか空くしね…」
動かなくても一週間もあれば死に掛けられると言うのに、全力で数県を跨いで碌な補給もなしでは予定など組めるはずも無い。
まして、神社について当日いきなり会えると保障されているわけではないのだ。
「何だ何だ?ホラースポットの次はサバイバルデートか?満喫してるなお前等。」
と、二人が話しているとその様子に気づいた真の古い友人である、須佐守雄が話しかけてきた。
からかうつもりでいた守雄。実際呆れた真がそんな仲じゃないと訂正にかかろうとして…
「独り身のお前と違ってな。」
「うぐ…」
先に切り返した稔の一言によって、守雄は何も言えなくなった。
「ちきしょうめぇ…何だってお前のほうが女子と仲良くできてんだよ。」
「そんな事怒られても…それに、稔を普通に女子で片付けるのもどうかと思うし。」
「否定はできないな。」
女の子扱いされていない状況を当たり前に受け入れている稔。
それを見て守雄は盛大に肩を落とした。
「確かにお前等をうらやましがるのは論外だろうが…でもなーんか納得いかねーって奴だ。」
「青春謳歌の為に女子と仲良くしたがっているお前のほうが何も上手くいかず、全く関係ない事をしている真が私といるって言う状況がだろう?判ってるから拗ねるな。」
「全部丁寧に暴いた上に拗ねるとか言うなっつの…」
からかい交じりにでも文句の一つも言わないとやってられない守雄の心境を丁寧に暴く稔。
責めも怒りもされない上に拗ねるなとまで言われ、守雄は逆にがっくりと気落ちする。
そんな様子を見て、真が苦笑しながら頭を下げた。
「あはは、僕が抜けてるから察した事を説明するのに慣れちゃったんだと思う。」
「お前等それ恋愛所か熟年夫婦レベルでツーカーじゃねーか…」
「私に至っては自分の家族より真の方が余程近いからな。」
「また笑えない話を躊躇いもなく…ところで、結局何の相談してたんだ?」
守雄は自身の割り込みによって逸れた話を本題に戻す。
「旅費ねぇ…確かにノリで行くには遠いよな。」
件の神社に行きたいという形で説明をすると、守雄は少し考えるように腕を組んだ。
「とりあえずその事を話してみたらどうだ?」
「まぁそうなんだけど…もしかしたら無理に行かせようとしてくれるかも知れないし…守雄の話聞いてる限り僕の家かなり甘いから、そういうのはちょっと気が引けるって言うか…稔も一緒じゃないと意味ないし。」
「成績上げようとかは全くないのに変なとこだけ家に気使うんだな。まぁそう言うとは思ったけどさ。」
一般的な子供とは明らかに外れた所で迷惑をかけている自覚のある真は守雄の指摘に俯いてしまう。
「だったら、『懸賞応募とかあったら教えて』程度でいいんじゃね?当たればタダだし、それでなくても夏休みだ。ついで程度でも要望伝えておけば、もし親御さん達だけで行きたい温泉旅館とか探してたら近場から探して貰えるじゃん。」
「お前…よくそんな所に知恵回るな…」
「家は化け物兄貴が色々優先だったからな、何か欲しかったらついでとかお下がりとか、悪知恵絞る必要があったんだよ。」
交渉術という意味ではろくに考えをめぐらせた事の無い稔と真は、この短時間であっさりと可能性を拾って見せた守雄に心底驚く。
当の守雄は、既に一人で家を出た万能の天才と称される自身の兄を思い出して苦い表情をする。
「ありがとう守雄、とりあえずはそうしてみるよ。」
「ん、あぁ気にすんな。別に何をした訳でもないしな。」
守雄が自身の兄に苦い思いを抱えていることを知っている真は、お礼を言う事で話を逸らす。
(頭抜けてるようでこういう所では気が回るんだよな。)
色々話さないと伝わらない真の頭と察しのいい所が繋がらずに、稔は苦笑いで眺めていた。
その日の夜、夕食を終えたあたりで真はすぐさま話を持ち出した。
「と言う訳で、雑誌とかテレビで懸賞あったら教えて欲しいんだ。」
稔の方は両親との関係すらほぼない状態なので、話せるのは真しかおらず、帰るなり早速伝えることになった。
一通りの話を聞いた父はテーブルに肘をついて呆れたように真を見た。
「はー…神社の見学なんて遊びに出かけるとは程遠いっつーのに、殊勝というかなんと言うか。」
「いや、ちょっとそう言うとは思ったけど…」
真の予想通り殆ど無条件で許しそうな父の反応に、望んでいるにも関わらず呆れる真。
「だったら旅行でも行く?」
「いいんじゃね?あの辺美味いもん色々あるしな。」
あっさり楽しそうに話し出す両親を前に、真は肩を落とす。
稔を同行させたいことは当に伝えている。にも拘らずこの軽さで即決する両親。
(やっぱり言うべきじゃなかったかな…いや、走っていくって言うのも無茶なんだけど。)
いたたまれない気分を味わいながら、同時に事前の無謀な計画も無いなと思う真。
「お前等部活って訳でもないんだろ?俺の仕事にあわせて予定組むから夏休みに変な予定入れんなよ?」
「怪我とかもしないようにね。」
「うん。…ありがとう、父さん母さん。」
深々と頭を下げる真を前に笑顔で頷いた二人は、予定している神社の近場の宿泊施設を漁り始める。
楽しげな二人に割り入らず、真は二階の自室に戻った。
真は魔法剣の記された本を机に置いて、集中する。
目を閉じて、宙に魔法陣を描く。ありったけの真威を込めて。
「ライズ…ブレイズリッパー!!!」
練想空間と同じように描いたはずの魔法陣。にも拘らず、握った手には何の型もなかった。
一連の流れを見ながらやって、魔法陣が像を結ばない様を見ない為に目を閉じて描く練習をしている事を自覚している真は、深く息を吐いた。
(稔じゃないけど、昔の退魔師の人達なら当たり前に出来たんだよね…父さん達にも無理言ってる訳だし、なんとか物にしないと。)
稔には焦るなと言う側の真だったが、さすがに自分達の為に人を巻き込んで無理させるとなれば思うところが無いわけがなかった。
旅行の許可が出た報告を受けた稔は、学校の廊下でそのことを穂波と話していた。
「全く、人が合宿だの大会だのと言うタイミングでお前は夫婦旅行か、うらやましい限りだな。」
「お前まで言うな。周りは面倒だから放置してるが、話す相手までそれではうっとおしくなる。」
別に隠れて計画しているわけでもない真と稔。
元々まともに用事があって話しかけてくる相手くらいしか応対しない稔相手に直接何かを言うものはいなかったが、男女外泊に何の反応もないなどという事も無く、遠巻きに話題にされていた。
それについて逐一訂正だなんだとするのは諦めた稔だったが、剣にて友人となった穂波にまでそんな形で話を振られるのは疲れるものがあった。
「判った判った。だが、話の流れからして両親公認みたいな状態じゃないか。むしろそういう話にならない方がおかしいさ。」
「私は迷惑でしかないはずなんだがな、人が善いにも程がある。」
自嘲気味に呟く稔。そんな彼女を、穂波は真っ直ぐに見る。
無言で自分を見る穂波の視線に、稔は少したじろいだ。
「な、何だ?」
「ご両親と話をしたらどうだ?私とすら和解できたのに身内に話が通じないなんて馬鹿なことは無いだろう。」
「今更…私が決めた道を断とうとしたからこんな冷戦状態になっているのに」
「本気でそう思っているのか?」
真っ直ぐ、暗に『そんな訳が無い』とでも言いたげに語りかけてくる友人を前に、すぐに言葉を返せない稔。
「お前のご両親が止めたかったのは無意味な暴力で、修行じゃない筈だ。だから木刀まで用意してもらえてる、違うか?」
「それは…ただ脅迫まがいの交渉の結果だ。」
「どうせ言い訳になりそうだと大した話もしないまま勝手にそう思ってるだけじゃないのか?」
「見てきたように言う…」
繰り返される穂波の問いにとうとう返す言葉の無くなった稔は降参とばかりに息を吐いて俯いた。
「毒を喰らわば皿まで、どうせお前迷惑な子供なんだから小遣いせびるくらい大した害じゃないだろ。」
「どうせとか言うな。」
自身の迷惑を承知の上で、それでも譲れない最低限に絞っているつもりの稔。
それを、我欲にかまけて一から十まで好き放題言いまくるのと一緒にされては素直に同意できなかった。
「分かってるが、だったら姫野の家のほうは諦めるんだな。お前が私に示したんだろう、選ぶ事を。」
「…返す言葉も無い。」
剣道を捨てて山篭りに走った稔。
その際、道を違えたと穂波を叩きのめしたのだ。両取りしていい顔など出来ないと。
そこまでした稔が今、穂波を前に何もかも何とかしたいなどと思っていいはずがなかった。
「まぁ折角の旅行だ、楽しんで来ればいいさ。」
言いつつ、穂波はそっと小さな包みを差し出す。
差し出された包みを見た稔は、無表情で顔を上げて穂波を真っ直ぐに見る。
「穂波。」
「なんだ?」
「校舎裏に出ろ、今日がお前の命日だ。」
「え…あ、いや、ほんの冗談…すみませんでした。」
「分かればいい、川崎先生への報告だけにしておこう。」
「ま、待て!悪かったから本当に待て!!」
顔色一つ変えずに動きだす稔にすがりつく穂波。
と、ちょうど自分の教室から出てきていた真が二人を眺めて小さく頷く。
(僕と一緒にいても男子の修行相手だし、ああいう砕けられる仲の人がいるっていいよね。よかった本当に仲直りできて。)
突っ込み所の多い守雄でも、振り返ればいてくれてよかったと思う真は、自分に重ねて二人の遠慮を感じないやり取りを眺めていた。
夏休みに入ってすぐ、待つ事も無いと旅行の日取りをその週の末に決めた真の両親。
その出発前日の金曜、いつも通り修行を兼ねて惑意を晴らしに練想空間に来た真は、一通りを終えた後神社でスサノオとクシナダに話を聞いていた。
「そう言えば、大層じゃない夢現同化ってアマテラス様は言ってましたけど、そんな事無いですよね?誰も彼も出来ないなら。」
「ん…まぁそうなるな。つかそこまで簡単なら俺だって紹介できるさ。」
「なら何でその…船祈…さん?は、練想空間来れないんでしょう。」
さすがに個人の話までここで軽々しくしかも神様相手に聞くわけには行かないが、それでも予習ということもあって件の船祈水葉について多少は理解しておこうと考えた真。
真も稔も練想空間について知っていて来ようと強く思ってきたわけじゃない。
にも拘らず、体外に作用する真威を扱えるような巫女が練想空間に来れていない理由は、彼女への理解に繋がると思ったのだ。
「お前等は少なくとも『現実離れ』した域ってのを本気で目指してんだろ?」
「まぁ…そうですね、実際に鍛えてた私もそういう思いはありました。」
スサノオの問いに改めて自身を振り返った稔は、少し考えて同意する。
魔法剣なんて浮世離れしたものを自力で作っている真の方は今更迷うまでも無く頷く。
「神降ろしの観点から祈るなら、神様を現実に、というイメージが近くなりますから、きっとその形で祈りを捧げているんでしょうね。」
「なるほど、信仰心が強くないと出来ない代物な訳ですね。」
「神降ろし…かぁ、そう言われると凄いことしてるように聞こえるなぁ。」
「確かに雨乞いというよりはな。」
雨乞い、と言う表現だといまいち壮大なイメージに繋がらなかった二人も、神降ろしと聞いてなんとなくそれっぽいと思う。
分かりやすさにつられる二人をみて素直に笑うスサノオ。
「やってること同じでも印象これだけ変わってくるんだ、名前をつけるってのもそれなりに大事なんだ…がなぁ…」
「どうかしたんですか?」
話しながら途中で言葉を濁すスサノオに首を傾げる真。
「はやや…最近命名事情が妙なことになってますから…」
「なるほど。」
スサノオが渋い表情をしている理由を苦笑交じりに答えるクシナダ。
言われてみれば奇妙な名前が流行っているなぁ、とニュース程度のことは知っていた二人もそれで納得したように頷いた。
「祈るように名前をつけて、現実に呼び出し降ろす…か。」
「やめておけ。」
命名から作成まで自分で行っている魔法剣を思い出しながら、手元を見つめて握って開いてと繰り返す真。
そんな彼に対して、稔は否定の言葉を投げかける。
「神代の国の存在だから降ろすんだ、参考にすると言ってもお前が魔法剣を『遠い場所』から呼ぶイメージなんか持たないほうがいい。」
「そりゃ確かに。お前のは創るんだろ?」
稔とスサノオの言葉に再び手元を見る真。
考え込む真を眺めていた稔は、腰から剣を抜き、正眼に構える。
「空っ!!」
遠当ての斬撃を放った稔。
少し離れた場所にあった岩に深々と傷を刻んだ斬撃の痕を見ながら剣を収めた稔は、目を閉じて頭を振った。
「どう捻っても現実で出来る気がしない…って顔だな。」
「稔さんならきっと出来る様になりますよ。」
「…まぁ、なるまで頑張る気ですけどね。」
夢現同化、という意味では真より遠い自覚のある稔は、当の真が頭を悩ませている代物を扱える気がどうしても沸いて来なかった。
そして、出発当日。
真の父が運転する車の後部座席に並んで乗り込んだ真と稔は旅行へ向かう子供とは思えないほどおとなしく…と言うか喋らなかった。
目的としているのが練想空間や神降ろしなどと言う話になる為、大人の車の後部座席でべらべらと喋るにはあまりに現実味の無い話で、それ以外の旅行目的が無い二人に普通に話せることが無かったのだ。
「しかし稔ちゃん、いつも悪いな。真の面倒見てもらって。」
「面倒って…」
運転しながらだと言うのに夫婦のほうが会話が多いような状況にたまりかねて、父が稔に声をかけた。
思いっきり置いていかれているような表現に、真が控えめに抗議の声を漏らす。
「あら、貴方いつも稔ちゃんにぜんぜん及ばないって言ってるじゃない。一緒に練習するって言っても世話して貰ってるんじゃないの?」
「うぐっ…」
だが、続けて放たれた母の言葉には何も言えなかった。
実際木刀で打ち合っていても並ぶ、競う、上回るなんて到底出てこない話で、どれだけ持ちこたえられるか、そもそも一撃入れられるのか?と言うような状態だ。
「真がいなかったら私は今程進めてないです。幼馴染に怪我をさせて以来私と打ち合うことが出来る人間なんてそもそもいなかったので。」
「へぇ…そんな強いなら俺もうコイツと喧嘩なんか出来ないんだよな…家にいっとそんな気ぜんぜんしねぇけど。」
解体業で現場にいる男性らしく、ごつごつとした筋肉と無精髭がみるからに『男』と言った感じをさせている真の父。
似つかない線の細さの真が、稔の言うほどの強さだとは感じられないのも無理は無かった。
「その…お二人は私と穂波の…幼馴染の噂については?」
さりげなく先に出して流された穂波の話。
そんな物騒な人間が傍にいる事について両親は何か思うところは無いのか。
完全に流されて逆に気になってしまった稔は、自白でもするかのように恐る恐る切り出した。
「噂程度にはな。ま、真が一緒にいて噂通りなんて訳はないだろうが。」
「私はそもそももっと楽しい趣味でも持ってのんびりして欲しいけれど。真は勿論だけど、貴女も可愛い女の子なんだから。」
あっさりと片付けられて、本当に気にされていないと悟った稔は、二人がつくづくお人よしだと思い、同時に真が今回の件を下手に話したがらなかった訳を察した。
(余程のことでなければ頼めばしてくれそうだな…そういう所を悪用する奴もいるんだろうが、真がそんな奴なわけが無いし、釣り合いが取れてるんだか何なんだか…)
無言で隣の真を見る稔。
と、真はそんな稔に微笑みを返す。
「今更そんな事気にしなくても大丈夫だよ。」
「傷害事件をそんな事で片付けるから気にせざるを得ないんだがな…」
稔も、責められたいと言うわけでもなかったが、こうも甘いと大丈夫なんだろうかと思わざるを得なかった。
目的の神社傍の旅館に泊まることになっているのだが、その近郊には遊べる所も見るところもそれほど無いと言うことで、真と稔を旅館で降ろしてその位置を確認した上で、二人はさっさと町に向かって出た。
予定通りというか都合よくというか、二人になれた真と稔は、早速件の神社に足を向ける。
「個人の事になるからって名前と神社以外は同年代って事位しか聞いてないけど、どんな人なのかな?」
「神降ろしを実際に行う程だ、ちゃんとした巫女なんだろう。」
「ちゃんと…あぁ、アルバイトの人とかもいるもんね。」
巫女の話をしながら歩く二人。
清く正しい少女、と言う程度にしか把握していない二人にしてみれば、ちゃんとした巫女と言っても想像でしか描けなかった。
「駄目だ、神様が欲しがる少女と考えるとクシナダ姫しか出てこない。偏見なんだろうが…」
「あ、あはは…別に巫女さんはお嫁さんって訳じゃないし、仮に見た目を重視されてても昔基準ならおかめっぽいんじゃない?」
「…お前もお前で酷いことを言うな。」
幼子を抱える大男の想像を振り払わせる為に真が出した例は、それはそれで稔を疲れさせた。
稔自身に偏見があるわけではないが、大人子供問わず人の特徴をあげつらって笑う傾向が多いのは惑意の排除で知っていた。
自分達と同年代でおかめの顔をした女の子がいたとしたら、きっとそれが原因で酷い目にあうだろう。
「見た目はともかく、氷野さんが信仰に篤い練想空間に辿り着いた方だからな、多少礼儀正しくする心積もりはしておいたほうがいいだろう。」
「そうだね。氷野さん年下の僕たちにずっと敬語だったくらいだしね。」
頼みごとをしに来た身としてそれなりに備えておかないといけないだろうと思い直す二人。
と、ちょうど神社の鳥居が目に映った。
そのまま近づいていくと、鳥居の下で竹箒を手に石畳を掃いている少女の姿が見えた。
「昼からこんな所で掃除とは…常駐しているとしたら大した熱心さだ。」
「遊ぶか勉強するかが普通だよね、そう考えると僕達と同じって言うのもわかる気がする。」
祭事でもなければそうそう参拝になど来ないのか、人もいない小さな神社。
そんな所で一人掃除をしている少女はとても普通の中学生には見えなかった。
二人もそれぞれに願うことの為に孤立し、それでもと過ごしてきた身のため、少し寂しげにそれでも真剣にその場にいることがなんとなく察せたのだ。
「あ…こんにちは。」
「こんにちは。」
静かに一礼してくる少女に対してお辞儀を返す真。
稔もそれに習う形で軽く頭を下げた後で、神社に来た目的を告げる事にする。
「この神社に雨乞いが出来る、船祈水葉さんという巫女がいると聞いて来たんだが…」
そこまで聞いた瞬間に、少女は表情を目に見えて曇らせた。
「それは…私のことです。」
どこか絶望間すら感じさせるような彼女の空気に、稔は眉を顰める。
「見せて貰いたい…んだが、その様子だと難しそうだな。真…彼の両親に手間をかけさせてしまって来たんだ、どうにか頼めないか?」
「…すみません、お引取り下さい。」
軽いノリでは無い事を伝える為に真の両親の話まで出した稔だったが、暗い表情のまま水葉は首を横に振った。
理由の一つも告げない水葉の対応に抗議しようとした稔。
それに気づいた真は、慌てたように間に割ってはいる。
「す、すみませんでした無理言って。それじゃ!」
「あ、おい…」
無理に割り入って稔の手を引いて神社を離れる真。
そんな真の反応が自分に気を使ったものだと感じた水葉は、去り行く背に深く頭を下げた。
神社から少し離れた所で、稔は静かに手を挙げた。
真に繋がれ、引かれている手を。
自分の手も持ち上がったため、そこでようやく自分が稔の手を引いていた事に気づいた真は、慌ててその手を離す。
「ご、ごめんつい…」
「今更手くらいいいけどな、そっちじゃない。」
動揺する真を前になんでもない風に離された手を下げた稔は、首だけ動かして神社のほうを見る。
「さっきも言ったが、何かありそうなのは感じた。だが、ご両親に無理をさせて旅行にまで出ているのに、少しくらい粘るべきだったんじゃないのか?」
「そ、そう言われるとそうだけど…無理強いして真威を使ってってどうかと思うし。それに、稔があの空気で少し粘るって、真威どころか惑意を生むことになっちゃうって。」
「む…ぅ…」
人の家の旅行に便乗している身である稔。挙句目的の成果が一つも上がらずで堂々としていられず焦ったことは真にも判っていた。
ただ、稔が本気で迫れば普通の人間ならそれだけで脅迫と同義だ。
真威を絡めて睨むと、それだけで気絶する人間までいる位の稔が怒り交じりに迫ってくるなんて光景を巫女をやっているだけの女子に見せる訳には行かないと思って咄嗟に割って入ったのだ。
「こう言ったら何だけど、父さん達はただ来たい神社があるって事しか知らないんだし、気にして人に無理言う訳にはいかないよ。」
「そう…だな、成果を急いで私が災厄になっては本末転倒か。」
苦い表情で呟く稔。
怒りっぽいとか優しくないと言う訳ではないが、軽い要素が無くて真剣で重い稔は、それが災いして何度も望まぬ問題となりかけている。
それらを振り返って先の巫女の少女の姿と重ねた稔は、無理やりにでも落ち着けようと頭を振った。
そんな彼女の様子を見て、懸命に頭を撫でることで温かみや安心感を伝えてくるクシナダの姿を思い出す。
一瞬そのまままねようとした真だったが、それは違うと思い直し、稔の手をとった。
「な、なんだ?」
「手くらいいいんでしょ?仕方ないけど折角だし色々回ろう。」
そう言うと、稔の手を引いて真は当ても無く歩き出した。
嫌な気分を晴らそうと、大丈夫と掌から真威を込めながら。
(やれやれ…格好いい…か。柔和でそんな感じにどうしてもならないが、本当に優しい奴なんだよな。)
少し戸惑う稔だったが、旅行先で修行も出来るわけでもなく、本題がどうしようもないなら仕方ないと引かれるままに歩き出した。
温泉旅館がある以外は古い家屋がいくつかある程度の田舎。
その付近で出来ることなどたかが知れていたが、どこかで遊ぶような持ち合わせも無い二人にしてみればいくつかある古びた名所を見て回る程度でちょうどよかった。
そうして二人、いくつかの地を巡り、旅館に集まる時間が近づいてきた頃…
真は稔の姿を見失った。
携帯電話すら持たない稔がそうそう簡単に離れるとは思えない。
逆に言えば、簡単な話じゃなければ…
「あー…」
少しの嫌な予感を覚えた真は、早足で水葉のいる神社に向かった。
稔は、真の予想通り再び神社に来ていた。
一通りの活動を終えて岐路に着こうと神社を出てきていた水葉と鉢合わせるように神社の前で会う。
「貴女は先程の…」
「白兎稔だ。」
改めて名乗った稔を前に、目を伏せる水葉。
「神事の強要こそ失礼かもしれないが、話した通り無理をさせてきている身でな。貴女の話も聞けないほど礼を失した覚えもないし、少しくらい話にならないかと思ってな。」
「それで…何のお話を?」
「雨乞いを断った理由、方法とか…だな。聞かせてもらえるか?」
頼まれたのが雨乞いそのものではない為か、無下に断ることも出来ずに稔と見つめあう水葉。
言葉を選ぶように少し考えた後で、水葉は口を開いた。
「雨を乞う理由も無いのに、神様を見世物のようには出来ません。」
「それもそう…か、なるほどな。」
真っ直ぐに告げた水葉の言葉に、失敗した、と思う稔。
そもそも、干ばつ等でもない限り心の底から雨を願い祈りを捧げるなどと言う事が必要な訳が無い。
元々天気の変わりやすい山の傍の田舎であるこのあたりでわざわざ雨を乞う必要などそうそう無いのだ。
真も稔も当の神様からの紹介で顔を出した為、そんな形では全く考えていなかった。
「頼んだ時点で失礼だった…と言う事か。成程、無理を言ったみたいですまない。」
丁寧に頭を下げる稔の姿に、水葉は少し驚いた。
手品を見に来た観客のような物珍しさへの興味としか思えない、雨乞いの依頼。
その頼みごとの軽い内容と、今の稔の真摯な態度が水葉の中で繋がらなかったのだ。
「貴女達は一体どうして」
「あぁやっぱり!」
疑問を口にしようとした水葉が言い切る前に、真の声が二人に届く。
背後からの声に振り返った稔に並ぶようにして走ってきた真は、水葉に軽く頭を下げた。
「ごめんねもういい時間なのに無理に捕まえて。」
「お前の私へのイメージがよく分かった。言っておくがちゃんと頼んで話を聞いてた所だ。」
「そりゃ稔に丁寧にちゃんと頼まれたら普通固まるって、男の守雄ですら大概そうじゃない。」
割って入った真の若干的外れな謝罪とどう言えば怖がらせていないと通じるか考えている稔を前に、途切れた疑問を口に出来ずに固まっている水葉。
と、そこで大きな警報が鳴り響く。
「これは…」
「何かあったのか?」
三人が揃って戸惑う中、近所の民家からも何事かと人が姿を見せる。
と、山の方が明るくなっていた。
「山の中が明るいって…あれ、まさか…」
「まさかも何も、山火事しかないだろうな。」
山中にある田舎。多少遠くに見えるとは言え、此方側に風が吹けばどうなるか分かったものじゃない。
「消防は…」
「見かけたが、二、三台で山の消化は無理だろう。」
明るい山を眺めながら、目を細める稔と真。
と、そんな中山のほうから息を切らせてかけてくる男の姿があった。
「た、助けてくれ!」
ばたばたとかけよってくる男性。
鬼気迫る様相の彼は他全てを無視して水葉に向かってくる。
「娘が…娘と森ではぐれたんだ!あんた雨を降らせられんだろ!?」
「それは…」
すがられて戸惑う水葉。
そんな中、近所の家から出てきた住民達が遠巻きに話し出した。
「馬鹿、口だけだ。」
「頼んだってやらない性悪だしな。」
「っ…」
周囲からの罵声に動き出そうとした足を止めた水葉は声の方を睨む。
そんな中、真は水葉とすがる男性の間に割って入った。
水葉の肩に手を置いた真。いきなりの事に驚きながら真を見た水葉は、何を言われるかと身構える。
「無理しないで、大事にしてあげて。」
「え?」
「やりたくないんでしょ雨乞い、まかせて。」
微笑みながら水葉を止める真。
責めないまでも子供を助けるためならやるように催促してくると思っていた水葉は、予想外の台詞に呆然と真を見る。
対して、真は男性を見て…
「僕が行きます。」
笑顔のままそれだけ言うと、山火事に向かって駆け出した。
「お、おい、まかせてって…」
「あの炎だぞ、死んじまうだろ…」
野次馬たちが引く中、水葉は呆然と真の背を眺める。
そんな水葉の視界で新たに動くものがあった。
「ここの雑魚の事はどうでもいい。だがお前はどうなんだ?」
「え?」
水葉に背を向けたままで静かに告げられた言葉。
「お前にとっての神様は、この状況で子供を焼き殺すのが望みなのか?」
「…そう言って、引きずり出す気ですか?」
「決めるのはお前だと言っているだけだ。真が言っただろ、大事にしろと。」
笑顔で炎に向かって駆け出した真の姿を思い出した水葉は言葉に詰まる。
何だかんだで言いくるめようとして来ると思っていた水葉にとって、真の言葉はあまりに予想外のものだったから。
「私はいく、理由は寝覚めが悪いからだ。お前はお前の好きにしろ。」
結局水葉が何を言う間もなく駆け出そうとする稔。
だが、野次馬の一人が稔の手をつかんだ。
「ま、待て!君みたいな女の子まで無茶」
「無関係の雑魚は引っ込んでろ!!!」
一喝。
傍目に見て無茶でしかない行為を止めようとしただけだった青年は、振りほどかれたわけでもないのに稔の手を離してへたりこむ。
怯えて動けなくなる周囲をよそに、稔は今度こそ火事に向かって駆け出した。
「無関係…って…なんだよ、俺らの町だぞ。」
「そ、そうだ…バケツリレーくらいなら近い家から…」
数人が躊躇いがちに動き出したのを皮切りに、周囲の人も動き始める。
そして…
水葉にすがりついた男がきびすを返し駆け出したのをきっかけに、あっという間に誰もいなくなった。
「うわ…近づいては見たものの…」
炎が眩しいくらいの距離まできた真は、風の熱さと眼前の炎に立ち尽くしていた。
「よくバケツの水かぶって突っ込めるなぁ…ああ言うの映画だけなのかな?でも、いかなきゃしょうがないか。」
「色々忘れすぎだ、まったく。」
炎に向かって駆け出そうとしたちょうどその時追いついた稔が、背後から声をかけた。
振り返った真は、ちょうど投げられた木刀を掴む。
「えっと…これどうす」
「轟っ!!!」
火災を前に持ってこられた木刀を眺めて扱いに困る真を前に、稔は炎に向かって真っ直ぐ自分の木刀を降り下ろした。
空気の層すら断ち切る一撃は、容易く炎を縦に裂いた。
「あー…」
「中毒になる、息は止めておけ。」
何でもない風に言うだけ言うと、躊躇なく燃え盛る山林に飛び込む稔。
生身の剣に稔ほど自信のない真は、それでも引くつもりだけはなかった為、不安混じりのまま稔の後を追った。
移動費用…交通費って結構なんですよね(汗)