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第9話・襲学旅攻




第9話・襲学旅攻




「がっつりターミナルまで爆睡してやがったなオイ…」

「ふわぁ…身体は痛いけど、おかげで頭はすっきりしてきたかも。」


高速の休憩所にて目を覚ました真は、外に出て思いっきり身体を伸ばす。

バス内部でもそれなりに騒がしかったにも関わらず、完全に我関せずの状態だった。

そんな真をずっと隣に置いていた守雄は呆れながらあくびを漏らす真を見ていた。


と、唐突にパトカーの音が近づいてきた。


それと共に、ものすごい速度で入ってきた車から飛び出してきた人が、車を乗り捨てて走る姿が見える。


「刃物持ってねぇ?」

「あ…」


刃物を持った男は、真達が乗ってきたバスの内の一つに向かって飛び込む。

生徒の殆どはバスを降りて買い物等に向かっている中、一人眠っている女子の顔が窓からみえるバスに飛び込んだのだろう。



稔のクラスのバスに。




「ば、馬鹿引き返せ!!!」




慌てて大声で叫ぶ真。

だが、そもそも暴走運転しながらこんな所に飛び込んできて刃物を持ち出すような奴が、子供の声などまともに聞くわけも無い。


窓の先、眠っている女の子を人質に使おうと思っていたのか、真っ先に彼女の席まで駆けて行き…



男の横顔が、バスの窓にぴったりとへばりついた。


「遅かったか…バスもあの人も大丈夫だといいけど…」

「バスの心配って何気にひでぇな…ま、自業自得って奴なんだろうけど。」


カーテンが閉められ、中の様子が見えなくなる。

がたがたとバスが軽く二、三回揺れてしばらくして、追いついたパトカーから飛び出してきた警官が姿を見せた。


「い、いかん!旅行バスに!」

「最悪発砲も」

「あー…多分もう出てくると思いますから、病院連れて行ってあげてください。」


慌てる警官の傍で疲れたように言う真。

いきなり何を言われたのか分からず一瞬真を見る警官二人。


直後、揺れていたバスから鼻血を流し、前歯の折れた男が無手で飛び出してきた。


「じ、自首します!自首するから助けて下さい!」

「え?あ?」

「忘れ物だ、持って帰れ。」


警官が戸惑う中、バスから顔だけ出して、まるでゴミでもポイ捨てするかのように男が持って入ったはずの刃物を放り投げる稔。

警官にすがりつく男の後ろに落ちた刃物がアスファルトに衝突して甲高い音を立てるのと同時に、警官にすがり付いていた男が震えだす。


「えーっと…ご愁傷様です。」

「あーあ、これ出発できるのか?最悪稔だけ遅れるだけにしといて欲しいが…」

「稔はどっちでもいいだろうけど、騒ぎにされるのだけは嫌がるだろうなぁ…守雄、稔のクラスの知り合いには下手に触れないように根回ししといてあげてね。」


何事も無かったかのように、むしろたまたま飛び込んでしまった犯人を気の毒に思うような会話をして去っていく中学生二人と泣きついてくる前歯の折れた男を前に、警官達はただ呆然と立ち尽くしていた。







「たかがスピード違反から逃れるカーチェイスの果てにお前の眠るバスを引き当てるとは散々だなその男も。」

「私の心配をしろとは言わないが、どいつもこいつも刃物まで持ってきた犯人に同情しすぎだろう…確かにスピード違反程度からパニック起こして人質取ろうとする小心者じゃ心配にもなるのかもしれないがな。」


修学旅行の邪魔まではしないという話だったものの、バス内部の写真と過剰防衛でない事を証明する為の実況見分をするために、数十分の時間を要した。

さしたる遅れではなかったが、『白兎稔がバス内部で逃亡犯を半殺しにした』と言う形で知れ渡った為バスが空くまでの外待機だと言うのに遠巻きに噂になっていた。


「しかし…アレだけボロボロで過剰防衛じゃないのか?」

「一手目は寝起きで刃物の男を見たから咄嗟に反応したせいだし、その後はまだ襲い掛かってきたからかわして腕を引っ張ったら顔から椅子の角に突っ込んだだけだ。後は腕を引いた時に取った刃物を見せて、死にたくなければとっとと自首しろと言っただけだ。大した事してないだろ。」


歯が折れていたので『何をしたのか』と騒がれたが、別にマウントで殴りまくったりしたわけではない。

稔は嘘を吐いていないし、それもバスの写真をとって突っ込んだ椅子の唾液、血液、歯型でもあればそれで十分だろう。今はそのための時間だった。


「…引いて転んだ先が椅子の角だったのは偶然なんだよな?」

「ただの中学生の女の子だからな。」

「悪魔かお前は。」


はぐらかした稔になんとなく察した穂波は頬を引きつらせる。


(きりなさそうだったから適当に何処かにぶつけて知らないフリしようとはしたんだよな、角に顔面からは出来すぎだったが。)


さすがに歯が折れてたのは惨かったと思いつつ、寝てる所に刃物持ち出す相手だから気にしなくてもいいとも思う稔。


「しかし…怖がりすぎ…か。」


呟いた稔は周囲を見渡す。

練想空間を…惑意を見る。

今はさすがに恐怖が尾を引いて少し散見しているが、それにしても多…


(っておい…)


無関係のバスの為さっさと乗り込んで眠った…もとい、練想空間に入った真が、一人せっせと雑魚惑意を散らしていた。

おかげであっさりと周囲の暗い空気は晴れていく。


稔が様子を見ている事に気づいたのか、パタパタと手を振る真。


「…全く、お人よしめ。」


おそらくは、今回の一件で惑意が沸いているだろうと速攻で感づいた為早々に片付け始めたのだろう真。

恐怖の一端を担っている身として思わず呟いたのだが、隣にいた穂波も当然聞いていた。


「真か?アイツ犯人の心配して必死で叫んだらしいしな。一緒に修行してる真から見てそんな反応じゃ噂も噂ですまないんじゃないか?」


ニヤニヤと告げる穂波の言葉を聞いて、稔の笑みが消えた。


稔の強さを尊敬している真が、たかが刃物を持っただけの男相手に稔の心配などするわけが無いのだが…

だからと言って犯人に気を使ったと言われ、少し感じていたいい気分に一瞬で水を差された稔は複雑な気分だった。













「多い。」


宿泊施設の休憩所、真を呼び出した稔は会うなり開口一番そう言った。


「へ?何が?」

「惑意だ。これを見てみろ。」


言いつつ真に新聞を差し出す稔。

新聞には、近所で起きた事件が綴られていた。


「詐欺…隠蔽…浮気…」

「ニュースやテレビなんてこんなもの…と言ってしまえばそれまでかもしれないが、全国からピックアップした結果埋め尽くされるならともかくこの近所の事件だけで埋まるのは少し多すぎる。こういうのに載る事件なら尚更だ。」


紙面に載る数なんて限りがあり、それが埋まっているだけなのだから事件の量は一見すると普通にも見えるが、全国から目立つものを集めなくても全部埋まっているのは、つまり近所で発生している事件量が多いという事になる。


「僕らが田舎からの旅行者だからじゃないの?」

「身も蓋も無い事を言うな。」


惑意が多い以前に真達が住んでいる地域よりはるかに人が多い観光地近辺。

そもそも人が多いのなら相対的に増えるものは増える。

自分の地域以外の新聞など基本的に知らない稔は、真の問いに成否の判定が出来なくなった。


「ま、理由は何でもいいよ。いつも通りやれるだけやろう。」

「また身も蓋も無い事を…確かに惑意は出来うる限り散らすだけなんだがな。」


何故この辺で惑意が多いのかとか理由を知ったところで、練想空間から知りえたことで直接人の人生を左右するようなことはしないと決めている。

であれば、理由の有無など初めから知った事ではない。


狂気苦悩暴走へ人を誘う惑意を晴らす事。そのものまで。

それ以上は、他人の手で無闇に受け持とうとするものではない。










就寝タイミング直後に練想空間に入った二人は、速攻で施設内の惑意を散らして外に飛び出した。


「数が多い…」


宿泊施設周辺には特に何かがいるわけではなかったが、雑魚惑意が乱立していた。

銃を持ったチンピラのような惑意もいて、雑魚で遠距離から撃って来るので稔は逐一警戒を切らせず手間だった。


一方で、魔法剣の開放を行えばモノによっては広域を一掃できる真も、何十発も連射できるものではないので、多数相手に使い易いシデンノタチを高速で振るっていた。


「まとまってくれてた方が楽なのかな?それともこれだけの量が一つになると蛟級になるのかな?」

「この際それくらいのほうが修行になっていいかも知れないな。延々と雑魚相手にするのも無駄に気が削がれる。」


施設内だけで何かゾンビゲームでもやってるかのようにわらわら沸いてくる数を片付ける羽目になった為むしろ飽きた稔は、天狗や四大精霊という強敵を思い出して、神経を削るならそっちのほうがましだと肩を落とす。


「…ひょっとして、近隣に練想空間に行ける人がいない場所って大体こんな感じなのかな?」

「考えたくないがな、逆に田舎で二人もいるのもおかしいんだろうな。スサノオ様達が無理に惑意を集めていたが、あまり文句も言えたものではなかったのかもしれないな。」


惑意が溜まれば、ホラースポットのようなものも出来、その結果恐怖等で気が狂わされる人も出やすくなる。それで一度穂波が錯乱したりもしたが、だからといってこんな状況が他の地の普通なのだとしたら、全てを見守る神様の対応としてそう苦情も言えたものではなかったのかも知れないと反省する稔。


「散るぞ。倒れる前に片付けて帰れよ。」

「了解。」


強敵相手ならいざ知らず、今更雑魚惑意相手に固まって戦う必要も無く、広域をカバーする為に互いに別方向に向かって駆け出した。






突撃から跳躍、空中で全身を回転させながら振るった剣の一振りで4、5体の惑意を纏めて斬り払う稔。ただでさえ練想空間では達人以上の身体能力をシデンノタチの加護で高速化させた連続斬撃で次から次へと惑意を散らしていく真。


そんな二人の様子を、遠巻きに伺う影があった。


「ケケケ、強い強い。」


余裕ぶって笑う影。しかし、殆ど虚勢でその頬は引きつっていた。


「まともに相手にしたら敵う訳ないなぁ、あんなの。」


背後からの射撃を回避した稔を見て、ぶんぶんと首を横に振る。

そのまま真に視線を移す影。

女子トイレへ流れていく惑意を追い、一瞬足を止めた後で頭を振って飛び込んでいく真。

その姿を見て、影は頬を吊り上げた。










「何で一番速攻で寝た癖にまた眠そうなんだ?」

「んー…」


真威を絞りつくす勢いで夜通し戦い倒した為、朝になってまたボーっと食事をしている真。

あまりにも予想外の姿に、二日連続で面倒見る羽目になりそうな守雄は少し怒り交じりに問いかけた。


「ちょっと頑張ったからねー…」


そんな事もまるで知らず、ぽわぽわとしたままで答えた真は、周囲を見回す。

惑意はほぼ無い。

旅行で皆が明るくなっている上で近隣の惑意を大体は片付けた。


(うん、皆楽しそうで何よりだ。)


惑意に侵食されて不安不満なんかが煽られれば、喧嘩が起きて発展してという可能性だってある。

けれど、氷の教師とすら呼ばれる川崎先生まで含めて教師ですら怒ったり困ったりしてる様子は無く、楽しく終わったのだろう事は明らかだった。

田舎の惑意と違って苦労はしたが、皆楽しげでよかったと素直に思った真。だが…


「頑張った?」


守雄はありえない台詞に首を傾げた。


班ごとに同じ部屋で纏められている寝室。

当然の様に夜の男子トークを繰り広げる為に邪魔になる真は、先生の目に近い場所を全員一致で押し付け、同じ班の守雄はさっさと眠る姿を確認している。


にも拘らず、頑張った。


『何を』と聞いて、話せないことなら意識が戻りかねない。

そう考えた守雄は、意識がぼやけている真相手に捻る事にした。


「誰と?」

「それは当然稔と。」


ぽやぽやと幸せそうな表情のまま上の空で守雄の問いに素直に答える真。


一人じゃなかった。


中2男子勢にとっては、この状況への追加情報はそれだけで十分だった。




「「「「はああぁぁぁぁっ!?!?」」」」

「ふわぁっ!?え!?何!?」




いきなり班員総出で詰め寄って叫んできた為、さすがの真も目を覚ます。


「どういうことだよ!お前俺らすら寝静まった後何してやがった!?」

「外には出られないんだ!まさかトレーニングとかほざくなよ!!」

「へ?え?」


状況が分からずきょろきょろとする真。


一方、少し離れた席でさしもの稔にも視線が集中していた。

当の稔は、苦い表情で手に取ったタバスコの栓を引っこ抜いて乱暴にスクランブルエッグに向かって振っていた。

昨日武器持ちの犯人の歯までへし折った事になっている稔が苛立っている様子に、一応同じ班になっている女子達も声をかけるにかけられず…


「あ、あの…白兎さん…」


しかし、好奇心のほうが上回った一人が恐る恐る声をかけた。

見れば我慢できずに殺す勢いで睨みそうだと思った稔は、あえて顔を上げずに目を閉じる。


「私がすぐに寝たのは知ってるだろう?身に覚えは無い。連日木刀で殴り合ってるから大方その夢でも見たんだろう。」


穂波相手の対応や鍛錬を邪魔した所に対する容赦の無さに恐ろしいイメージが校内で先行している稔。

だが、少なくとも当人には修行の邪魔をするでもなく、悪事を働くでも無い相手が話しかけてきたからと黙らせる為に暴力を振るうつもりは無かった。


「で、でも…幸せそうなんだけど…」

「夢で見て笑える位なら相当好きなんじゃ…」

「真の話は真に聞け。」


恐る恐るではあったが、一度質問に答えた稔に対して興味のほうが押した班の女子が声をかけ始める。


「じゃあ白兎さん的にはどうなの?」

「一緒にいるだけでタイプは違ったり?」

「そういう事は考えた事無いから分からない。面倒だからこんな話を振ってくるな。」

「あ、は、はい…」


盛り上がりが増してきた班員を一瞬だけ睨んで質問を突っぱねる稔。

それだけで射竦められた一同は身を震わせる。


(無闇にあれこれとうっとおしいか、心底怖がられるかの二択か。)


好評が欲しいと言うわけではなかったが、当たり障りない程度に放って置いて貰えれば危害を加えたりする気はないし、質問にも分からないと一応正直に答えたのにこの有様。


(修行の妨害や余計な騒ぎにならない程度なら答えてもいいのにな…)


ほぼ辛味しかしないほど赤に染まったスクランブルエッグを器用に箸で口に運んだ稔は、口を襲う刺激に苛立ちを紛れさせた上で真を見る。


何を口走ったのかようやく理解したらしい真は慌てて首を横に振っていた。


(…とりあえずあの馬鹿には人前ではおとなしくしておくように念を押しておこう。)


その辺の中学生としては盛り上がるのも興味があるのも理解は出来るし悪くも無いと思う稔。であれば、今回の原因は真としか言いようが無い。

近隣の人や同窓生の為に惑意の排除に全力を尽くした結果真が寝ぼけていたのだと知っている稔としては責め辛かったが、今回の騒ぎは抜けすぎとしか言いようが無く、稔は真の様子を背景に朝食を食べ進めた。













「あぁ…酷い目にあった…」


起きる前から疲れていたのに起きてすぐ自爆して質問攻めにあった真は精神的にくたくたの状態で五重塔の最上階から景色を眺めていた。


(稔ほどじゃないけど、こういう疲れ方は慣れないなぁ…まぁべつに慣れる必要も無いんだけど。)


周囲に騒がれる事になんて慣れる必要は無い。

格好いい…昔見たあこがれた形に自分がなる事と周囲が讃える事は別に考えている真は、稔ほどではないが評価欲しさの行動選択を行っていない。

そのため、周囲から騒がれるのに対応して疲れていたのだ。

挙句、人が引く位のタイミングで稔に視線だけで殺す勢いで短く注意されて、緩い笑みが特徴みたいな呑気の代表のような真にしては珍しく、ただぼーっと景色を眺めていた。


「真さん!」


呑気に高所からの景色を眺めている真の耳に、知った声が届く。

けれど、それはあまりに意外な声だった。


「え、あ?水葉?」


たまたまとは思えない、信じられない邂逅に驚きを示す真。

水葉は真の驚きを承知してか、微笑んで頷いた。


「昨夜強い真威を感じて、今日来てみたんです。修学旅行だったんですね。」

「あ、うん。って、一人で戦ってるの?」


真威を感じて、と言う水葉の言葉にあっさり頷いた後で、その意味に気づく。

いくら夜中に練想空間で戦ってたからって寝ていても気づけるほどの人間なんてあった事はない。

それで誰もいないとまでうぬぼれないが、水葉が稔以上に聡いとは真は思えなかった。

つまり、同じく練想空間にいたという事になる。


「はい。私一人じゃ微力も微力ですけど、やれるだけはと思って。」


元々、巫女として…神様への信仰を主として、祈りを捧げに来た人々の力になる為に、願いを叶える力となる為に練想空間へまで到った水葉。

人々を侵食する惑意を散らすのは、水葉自身巫女として願う所だった。


「書類偽装の事件が放送されて以来、なんだか惑意が増えてしまって…」

「そっか…誰が何するかわかんないって事であちこち信用できなくなって、しかも別の事件も重なって…それで惑意が多かったのか。」


全国レベルのニュースになっていた事件の為、真も知っていた偽装事件。

そこから不信の惑意が募った挙句、詐欺等が横行していったのだろう。


事態を察した真が苦い表情をする中、そんな真を見て水葉が笑みを浮かべる。


「でも…ふふっ、そうですか。二人で私一人よりずっと…なんだか本当に格好いいですね、何があっても助けてくれそうで。」


寂しげに言いながら、水葉は寺の手すりに腰をかける。

微笑みながら呑気にそんな事をしている彼女に、さすがに真も慌てる。


「ちょ、危ないよ。」

「大丈夫ですよ、冗談で」


柔らかい笑みのまま降りようとする水葉が言い終わる前に…



柵が折れた。



そのまま背後へ勢いよく傾く水葉の身体は、下の階の屋根を転がるようにして…宙へ投げ出された。


「あ、やあっ!」

「水葉!」


真は折れた柵を越えて駆け出し、水葉の後を追って宙に飛んだ。

塔の最上階の高さの空。

落ちればさすがにただでは済まないそこから、二人の身体は冗談のように地面へ加速を始めた。






バキバキと派手な音が響く光景を、練想空間から眺める影があった。

真達を眺めていた小さな影。

その影…子供は…


「…うっそぉ…マジ?アイツも人間やめてんの?」


怯え気味で引いていた。

空中で水葉を抱き寄せながら木に近づいた真。

手が枝の一つにぎりぎり届く程度で、そのままでは衝撃緩和など望めなかったはずなのだが、真はその枝を引いて、木に近づいたのだ。

折るならまだしも、枝を引き抜くのはそうそう出来ない。つまり、引く力には結構耐えられる。

耐えられるが…空中で身体を回転させながら枝の一つをぎりぎりで掴んでその身体を木に寄せた挙句、枝に自分の背中から落ちるように調整して見せたのは超人技に他ならなかった。


「あー…こりゃ駄目だ、この辺で逃げると」

「逃がすか。」


自身の存在に気づかれる前に逃げようと考えた子供は、いきなりかけられた声に身体を震わせて振り返る。


氷のように冷たい視線で、剣を硬く握って立っている稔の姿があった。


「へ、ケケケ!?こ、こりゃどうも。」

「煽りが得意そうだものな、天邪鬼…と言った所か。ああ、どうせ正直に答えたりしないんだろう?策謀と悪戯と邪魔と気紛れが貴様の売りだからな。答えはいい、水葉から離れた所は見ていた。」


大慌てでへりくだる子供…天邪鬼を前に、吐き捨てるように告げる稔。

会話にすらする気がない稔の様子に、天邪鬼は後ずさる。


「あ、あのー…」

「大方蛟を倒した一件から私達を狙いたくなった惑意と言った所か。修学旅行先かどうかなんて興奮気味の学生の意識の向く先から察せるだろうし、準備も容易い。」

「う…」


何も聞かずにただただ真相を当ててくる稔相手になにを返すことも出来ずに怯えて動けない天邪鬼。


「この辺りで事件が頻発してたのも、朝っぱらから深夜トークのようなものに巻き込まれたのも全部貴様が原因と言うわけか。」

「え!?い、いや最後のは違」

「答えはいい、どうせ嘘なんだろう?」

「はああぁぁぁ!?」


だが、突きつけられた中に混ざったハズレについての弁明すら許されず、とうとう思いっきり叫ぶ。

その後、はっとした天邪鬼は稔を指差して叫ぶ。


「お前っ!さては私怨も混ぜてストレス解消に」

「まさか。法で保護されてるわけでもないのに。お前が何をしてようがしてまいが惑意は散らすのに変わりない。」


天邪鬼が思い当たった事を言い切る間もなく告げられた、容赦の無い死刑宣告。

惑意の塊であったため好き勝手してきた天邪鬼。当然ながら、守ってくれる規則なんてものがあるわけが無い。


「そ、そのつもりなら頼むから一歩一歩近づいてくんなあぁぁぁっ!!!」

「元々お前と遊んでるつもりは無い。」


天邪鬼は逃げ出す間もなく、踏み込みから振るわれた稔の剣によって一撃で散らされた。









幾本もの枝をへし折って落ちた真は、さっさと水葉を抱きかかえて人目を外れた。


「ったぁ…色々刺さってはいるか、さすがに。でも予想通り芯まではダメージにならなかったみたいだ。」

「あ、あの…あの…私…」


ようやく何がどうなったのかを知覚した水葉が、自分を助けようとして傷だらけになった真を見て慌てふためく。

動揺しながら泣きそうになっている水葉を前に、真は服を脱いで水葉に背中を晒す。


「ごめん、ちょっと背中の枝葉とか抜いてもらっていいかな?自分じゃさすがに無理が…」

「あ、は、はい…」


慌てていた水葉だったが、自分を助けた結果の怪我について頼まれて何もしないでいられず、パニックを起こしたままで晒された真の背中に刺さっている木片に手を伸ばす。

ただでさえ赤い傷口から、蓋のような役割をしていた枝が抜かれて血が滴ってくる。


「痛がっても気にしなくていいから。全部抜いて洗わないと後が怖いしね。」


無理矢理堪えてはいるものの、木を引き抜く痛みに反射的にも力が入る。

無視して進めるように頼んだ真だったが、小さめの枝とは言え抜いたら穴が出来るような状態でそこまで躊躇いなく進められずに時間がかかる。


「惑意と戦う意味を知って…人の苦悩を見てしまって…太刀打ちできずに逃げて…」


気をそらす為か、自責の念か、水葉はぽつぽつとここへ来た理由を語る。

練想空間で惑意を晴らすために動いて、個人の惑意を見かけて、戦いが得意でもない水葉は個人の強い惑意を晴らしきれずに、尽力したものの結局練想空間を離脱する事になってしまった事。


「辛くって…近くで強い真威を感じて…縋りたくなっちゃって…でも、こんな事するはずじゃなかったのに…」


真にあって、気にかけて貰いたいとは思った水葉だったが、別に危ない真似なんてするつもりは無かったはずなのに、こんな事になってしまった事にひたすら戸惑っていた。


「水葉…優しいんだね。」


けれど、真はいつも通りの少し明るく棘のない口調で水葉を褒めた。


「稔は対処できる以上はしないってきっぱり割り切ってたし、僕は出来るだけ頑張ろうとは思ったけど、泣くほど辛いかって言われたらそうでもなかったから。」


惑意に関しては出来るだけやったら後はしょうがないと言う感じで済ませてきた稔と真。

稔ほどさばさばとは出来なかった真としては、傷ついている人の惑意に対処しきれずに逃げるしかなかった水葉の気持ちは理解できて、同時にそれで泣ける…人の傷に涙を流せる彼女を優しいと思ったのだ。


「そんな事…だって私こんな」

「利用されたんだ。」


けれど、その結果わけの分からない奇行に走った挙句、間一髪で救われた水葉はそんな真の言葉を素直に受け入れられず…

そこに、稔がやってきた。

振り返った二人を前に、濡らしたタオルと消毒液を水葉に渡す稔。


「稔?利用されたって…」

「惑意から生まれた天邪鬼がこの辺りで私と真を嵌める為に色々と細工してたんだ。防犯カメラに悪戯で柵に傷を入れていた奴も写っていた。日本嫌いで神社仏閣を狙う外国人もどきの仕業らしい。」

「そっか、道理であんな簡単に折れたわけだ。なんだ、そもそも僕ら狙いに水葉を巻き込んじゃったんだ。たはは…ごめん、怖い思いさせて。」


稔の説明を聞いた真が、逆に水葉に謝罪する。

稔は、謝るでも怒るでもなく淡々と続ける。


「ちなみに船祈、気づいていたかは知らないが、お前も完全に憑かれてたぞ。惑意への敗北でショックを受けた挙句、禊とかサボった…やる気になれなかったんじゃないのか?」

「え、ぁ…」


少しだけ話を聞いていた稔が予想から告げた指摘がまともに正解だったのか、水葉は自分がここへ縋るように顔を出した事を…普段していた事をろくにできていない事を思い出す。


本来、惑意は真威で掃う。

個人の悩みや恐怖に自身の意思の力で立ち向かい打ち勝つ事で、自身の真威を磨く。

練想空間に到ったほどの真威の使い手なら、余程異常なホラースポットなどでもなければ惑意に侵食されて空き放題される様な事にはならないはずなのだ。

だが、真威を使い切った挙句にショックを受けて絶望したまま、神事を行う気力も無かったせいか意思の力も働かず回復せず、あっさり天邪鬼に好きにされたのだ。


危険な真似をしたことそのものではなく、惑意に侵食された時点で気が抜けていたと言う指摘だと理解した水葉は、それまでの訳が分からない困惑ではなく、はっきりと重い、自分の弱さに拳を握って目を閉じる。


「責める気も大丈夫と言う気もない。大事なのはお前がそれでいいかどうかだけだ。」

「っ…」


言うだけ言うと、用事が済んだとばかりにその場を離れる稔。

何が何故悪いのかに完全に解が示されてしまって後悔している水葉を背に、真はあくまでなんでもないように口を開いた。


「まぁそう…なのかもね。僕は良かったし気にしてないから。後は、水葉が良かったらって事になるんじゃないかな。」

「そんな良かったらなんて…」

「でも、この辺一帯全部惑意を掃い切るなんて今の僕と稔でも無理だし。まさか水葉一人でそれを超えようとはさすがに思ってないよね?そんな事しなくても悪い訳ないし。」

「ぁ…」


惑意に負けて逃げ、近隣の人の苦悩を放っておいていいと思えるわけも、その後の弱さの結果真達を巻き込んでしまった事も、良い訳がない。

そう言おうとした水葉だったが、真の返答には口を閉ざすほか無かった。

今回の一件を起こさず完璧に対処する力が欲しいとはつまり、真と稔の二人をたった一人で上回りたいと口にしているのと同じになってしまうと言う事。


何も言えなくなってしまった水葉に向き直った真は、血みどろのタオルを手にしている彼女の両手を握って軽く持ち上げる。


「『せめてこれくらいは』って、やってくれたんでしょ?水葉が望むだけって、きっとそういうことだと思う。何もかも上手くいかなくたって悪い訳無い。」

「真さん…」

「それでも先を望むなら…望むだけ頑張ればいいよ。」


柔らかい笑顔で言いつつ水葉の頭を撫でると、集合時間もある真はタオルを受け取ってその場を去った。


やらない事が、出来ない事が悪いのではなく、望むだけ歩を進めようとすればいい。


それを、誰より強く望み誰より歩を進めている二人に告げられ、水葉は一人祈るように両手を合わせて強く握った。












一方、さらっとしか話を出来ていない真はできる限りを話しておくため稔と共に集団を外れていた。


「けど参ったなぁ…蛟の件で騒がれてあちこちで腰低く調子乗らないようにってそっちばっかり考えてたけど、まさか僕達を狙うのにあれこれ仕掛ける妖怪が出るなんて。えっと…天邪鬼だっけ?」


まともに姿も見れてない真の問いかけに、稔は頷く。


「あぁ。お前が水葉から聞いた書類偽装の事件から力をつけた惑意だったんだろう。素直からちょっと逸れた行動を取って人の気を引いたりする面も持ってるからな。」

「水葉があっさり侵食されたのもその前に惑意と戦い通したせいらしいし、眠いとか言ってられないねこれは。」


自分達を嵌める為だったことを改めて確認した真は一人固く拳を握る。

稔はそんな真の様子にこの後が想像ついて軽く溜息を吐いた。


「どうせそう言うだろうと思った。怪我したばかりの癖に。」

「真威に問題は無いよ、むしろ目が覚めた。水葉に望むだけ頑張れって言ったばっかりなんだ。」


一応は真威も怪我や病で削れる事は削れるのだが、必ずと言うわけでもない。

怪我の原因に如何によっては、かえって増す事もある。


惑意へ精一杯の抵抗を試みた挙句泣いていた水葉の姿を思い出した真は、もう意識の欠片もぼやけてなどいなかった。


「稔はどうする?」

「お前に負けるか。」

「そっか。」


全ての惑意を排除、なんて考えてないだろう稔は別に思うところもないのではと思った真は一応聞いてみるが、いかにも稔らしい形で付き合うと返って来た。


「天邪鬼ついてるの稔じゃないの?」

「何か言ったか?」

「ううん、別に。」


暗に『素直じゃない』と告げる真に対してワザと聞こえてないように返す稔。

どうせそれ以上つついても素直に水葉や真の為だなんて言う訳が無いのは知っているため、真はそれ以上は言わなかった。








その夜…練想空間は破壊音で満ちていた。


「ブレイズバースト!!!」


宙にいる真によって開放された炎の剣。

放たれた炎が軌道上にいる惑意を焼き払い、地上着弾と同時に周囲を埋め尽くす炎となって燃え広がり、付近にいた惑意を一掃する。


この夜だけで何度目かも分からない魔法剣の開放。

歯を食いしばり魔法陣を描く真。


「ライズ!フェザーブレード!!!」


羽根の如き風の剣を手にした真は、着地と同時に反対の惑意の群れに突っ込んで近場の惑意を次から次へと斬り散らす。

が、炎が収まってすぐに集まった惑意が反対側から即座に向かってきていた。


「フルールウインド!!!」


真は手にしていた風の剣も開放すると、纏めて惑意の群れを吹き飛ばす。

その先に、剣を構えて立つ稔の姿。


「八括魔!!!」


未だ完全では無いが、練想空間でならとうとう6連に到った稔の斬撃が、風によって迫ってきた惑意の群れを一瞬で斬り散らした。

が、振り切った所で稔は膝を折る。


「っ…ぅ…」

「く…ライズ!シデンノタチ!!」


真が雷の刀を創る。

その声を聞き届けた位で、稔も再び立ち上がった。


そんな二人を、少し離れた場所からミズハノメが眺めていた。


異常な速度で神社に集まる惑意。

これは、門を通しての移動が可能と言う神々の力で、惑意で伝説の類を再現してもらうときにはクシナダにやってもらっている作業。

水葉が来れる近所という事で、ミズハノメに頼んで惑意を集めてもらっていたのだ。


この周辺の惑意をとにかく次から次へと言う形で。


「お二人ともさすがに無茶が…」

「問答…無用!!」


明らかに疲弊している二人を見て心配そうにするミズハノメを他所に、稔は脇から迫ってきていた幽霊型の雑魚惑意を一振りで斬り捨てる。


「船祈にあれだけでかい口を叩いた以上、神域を目指す身で他人を巻き込んで平気な顔して帰るわけには行きませんから。」


他人に言うだけ言って何もせずには帰れない。

この後水葉がどうしようと、告げた言葉通りに自分がこれでいいと言えるまでは尽力する気の稔。

そんな稔に同調するように、シデンノタチを高速で振るいつつ駆け回る真。


「女の子に泣かれたままで帰るのも格好悪いしね。」

「半分はお前のせいだ、あれくらい無傷で凌げ。」

「無茶言わないでよ。」


たかが五階から落ちた女の子くらい無傷で助けろ。

そんな冗談交じりの台詞に、強がりを言い続けられずに真は肩を落とす。


軽口を叩き合える余裕を示した一瞬。しかし、とうに余裕などなく…


「がっ…く…」


稔はウイルスを模した棘球のような惑意の体当たりによって壁に押し付けられた。


「稔!ぁ…」


慌てて助けに入ろうと駆け出そうとした真の手から、シデンノタチが消える。

そんな真に詰め寄ったヤクザのような惑意がナイフを振り下ろしてくる。

咄嗟に避けた真は何とか蹴りで倒したものの、倒れただけで散るには到らずゆっくりと身を起こす。


「くそ…負ける…かっ!」

「も、もう一回…」


棘を掴んで惑意を引き剥がそうとするも力の入らない稔。

打撃だけでは無理があると魔法陣を描こうとする真。

どう見ても二人とも揃って限界だった。


だが…


「…雨?」

「これは…」


雨が降った。

消耗しきった二人の意思に活力を与える真威の雨。


揃って手近の惑意を片付けた真と稔は、この雨の発生源…祈りの先を見る。



「望む形に…望むだけ…っ!」



惑意と戦う二人から少し離れた場所で、ミズハノメと重なるようにして祈りを捧げている水葉がそこにいた。

元々それぞれが水葉よりはるかに強い上に、一人で二人を回復させきるなんて真似ができるわけもなく、それでも、その姿がぶれる位まで雨を乞い続ける水葉。

やがて、雨が収まると…


「…後、良いですか?」


泣き笑いのような表情で、それだけ言った水葉は、二人の返事を待つ事すらできずに練想空間から消えていった。


見違えるほど回復している自身の状態をそれぞれに確認した稔と真は…


「ごめん、助かったありがとう。」

「あぁ、任せろ。」


聞こえていない返事を返した上で、思い思いの剣を手にしてそれぞれ惑意へと向かっていった。











二人の修学旅行が終わったその日の新聞は、水葉の近所の新聞は他県の事件やありふれた話題で埋まっていた。





注)犯人、犯罪事実が判明している場合は自首とはなりません。

テンパってる無学な人(稔も博識じゃない)の表現なので、良い子の皆は気をつけ…って、文章読む人なら知ってるかな(苦笑)

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