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捌 黒い鳥

「紫苑様って、もしかしてカラスなのか」



 漆黒が見開かれ、闇の入り口が大きく口を開けたようにも見える。吸引力が増す。


「何故、そのようなことを?」

「昨日の朝も俺のこと見てたんだろ。だから妹はカラスを見たし、日和の家にはカラスが現れなかった」


 紫苑は少し考えるように低く唸った。遠くの方でカラスの鳴き声がした。夕暮れ、山へ帰るのだろうか。


 しばらく黙って下を見ていた紫苑が顔を上げた。深い闇が、真っ直ぐに俺を見つめる。夕日を反射するその瞳は星空のようでもあったし、全てを吸い込む深淵のようでもあった。黙って見ていると飲み込まれてしまいそうだ。


「貴方の言う通り、私はカラスです」

「夕立なのか……?」


 俺がそう聞くと、紫苑は「ふう」と息を吐いた。観念したような、諦めたような吐息だった。


「今の名は陽一郎さんにいただきました」


 神様になんて一体どこで目を付けられたのかと思ったが、日和の家に行った時のようだ。


「おまえの頼みは聞いてやると約束した。でも、それならもっとおまえのことを知らなければいけないと俺は思う。何も知らないまま協力なんて、やっぱりできない。何者なんだ、おまえは。教えてくれ」


 紫苑が柔らかく微笑んだ。


「私は齢千年を超える八咫烏です。今となっては、落ちぶれたしがないカラスですけどね」


 そう言って、カラスの神様は語りだした。





 曰く、紫苑はかつてとある神に仕えていたそうだ。神の使いである動物――神使というらしい――は、長生きをして力を得、ランクアップすると神格化する者もいるらしい。神使というと、伏見のキツネや春日のシカなどが有名だろうか。紫苑は主に尽力し、自身も神となった。神使としての働きぶりが認められ、鳥としてはやや高めの地位からのスタートだった。三本足のカラスは、漆黒の翼を生やす美しい男神へと姿を変えたのだ。


 しかし、紫苑への信仰は薄かった。一神使が神格化しただけでは、人間からの認知度は低い。人の信仰がないと、神は力を削がれるもの。神格化した神使の動物の多くはそこで挫折し、ただの神使に戻ってしまう者や消えてしまう者もいたという。紫苑もそんな動物たちの一柱ひとりで、病気になって伏せってしまった。それを好機と見た下級の鳥の神達は策謀し、紫苑を嵌めた。邪神と化した紫苑は嵐を起こして多くの田畑や村を流し、どんどん堕ちた。そして、陰陽師に祓い清められた末、不老不死の身にわずかに神通力を残す一羽のカラスになったそうだ。


 人の姿をとることはできた。けれど、自慢の翼は失われてしまった。堕ちた身への、当然の報いだと思った。平凡なカラスの振りをしながら、紫苑は色々な場所を転々としてきた。群れに紛れ込み、歳を取らないことに気付かれそうになると、名前を変えて別の群れに移った。





「今は陽一郎さんのお世話になっています。あの方は素晴らしい人の子です。私はここが好きです。ですが、ここに来て大分経ちます……」


 この漆黒の闇には、千年以上の月日が映って来たのだ。どうりで深いはずだ。


「俺にさ、翼を取り戻したいって言ってただろ。あれはどういう意味な訳」

「言葉の通りです。私は、この背に翼を取り戻したい。あの翼が、私の神としての力そのもの。一度堕ちた身、もう完全な神には戻れないかもしれません。けれど、せめて、翼が、翼だけでも、取り戻せるのなら」


 強い意志を感じた。こんな美形に詰め寄られたら、女子なら卒倒するだろう。


 失われた翼と、俺、一体何の関係があるのだろう。それに、


「そういえばさ、ひすいのげきって知ってる? 昨日土蜘蛛にそう言われたんだけど」


 すると、紫苑は顔を伏せた。姿がみるみる変わって、一羽のカラスになる。


「そうでしたか。やはり私の所為ですね。妖達が確信を持ってしまったようです」


 夕立は俺を見上げる。


「晃一さん、貴方に死なれては困ります。私が必ず守ります」

「答えになってない……」

「お気をつけて」


 羽撃いて、夕立が飛び立った。気を付けて、守る、って言ったくせに、その瞬間にいなくなるなよ。






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