参 邂逅
しばらく画用紙を切ったり貼ったりしていると、ばさばさという羽音がした。インコにしては大きな音だ。俺は窓辺を見遣る。ユキというらしいインコと並んで、窓枠にカラスが留まっていた。
一瞬、その黒に見惚れた。まさに烏羽色というような、美しい黒だった。真っ黒なはずなのに、青に緑に煌めいている。そして、目が合った。深い深い漆黒の瞳だった。じっと見ていると、吸い込まれそうになる。
「オハヨー」
インコの奇声で俺は我に返る。
「おい日和、おまえのインコがカラスに狙われてるぞ」
「えっ? あー、平気平気。夕立はユキの友達だもん」
何を言ってるんだこいつは。
「お隣のおじいちゃん、雨夜陽一郎さんっていうんだけど、このブナ林のボスなの。おじいちゃんの家にある餌台って、いろんな動物が来るんだけど、常連さんはみんなおじいちゃんに懐いてて、いい子たちなんだ。中でも、夕立はスーパー真面目紳士だからね」
そう言われても、真面目なカラスというのは想像しにくい。ゴミを漁ったり人にいたずらしたりする姿ならすぐに思い出せるんだけどな。
頭を抱える俺を余所に、栄斗と美幸は何やら盛り上がっている。作業を放り出して、カラスに詰め寄り囃し立てている。おい、働け。
「すっげー、真面目なカラスかー」
「どの辺が真面目なのかなー」
初対面の人間二人に迫られ、夕立というらしいカラスは居心地が悪そうに身震いした。ユキが間に入って「ヤメテー」と奇声を上げている。
「日和、馬鹿二人は放っておいて作業を進めよう」
画用紙にカッターを滑らせる俺を見て、日和は真面目な顔で言う。
「朝日君、馬鹿かそうじゃないかを自分の学力と比べて決めちゃ駄目だよ」
「比べるまでもなく昔からあいつらはお馬鹿さんだよ」
俺がそう言うと、日和は「朝日君が突っ込みのトリオ漫才だもんね」と言ってくすくす笑った。失礼なやつだな。
今日のノルマが終わり、月曜日学校に持って行く分を分担して、俺達は帰路に着いた。バスに揺られ、美幸と別れ、栄斗と別れ、俺は一人黄昏を行く。
栄斗と美幸にいじり倒された夕立は「かあ」と一声鳴いて飛び立ってしまい、見るからにしょんぼりするユキが窓枠に取り残された。興味の対象がなくなった二人も作業に戻り、事は順調に進んだ。このまま行けば余裕で準備が終わりそうだ。他の班の手伝いをする余裕もある。
前方を行く自分の影が、黒い何かに重なった。誰かの足だ。黒いズボンに黒い革靴。俺は立ち止まって、顔を上げる。そして、目を疑った。なんだこの人は。
すらりとした長身に、ワイシャツ、薄紫のネクタイ、おしゃれな黒いジャケット、そして黒いズボンに黒い革靴。ネクタイに光る、羽を模したピンが格好いい。しかし、そんなおしゃれさんのイメージを打ち砕く物が顔面にくっ付いていた。これは何だろう。まるで……、そう、まるで烏天狗。兜巾を被ったカラスのお面が顔を覆い隠している。
「朝日晃一さんですね」
お面の人物が言った。少しくぐもっていたけれど、耳に心地いい低すぎない低音だった。