表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

壱 旧鼠と卵焼き

 その日、俺はこの十七年の人生において初めて女子のスカートを掴んでしまった。誤解しないでほしい、まだ捲っていない。


 事の発端は一匹のネズミだった。


 昼休み、俺が弁当の蓋を開けた瞬間、颯爽と現れたネズミが卵焼きを掻っ攫って行った。もちろん俺はそれを追った。廊下を走り、ネズミが布の陰に消える。よし、捉えた。俺は青いチェック柄の布を掴んだ。


 動物というのはどこにでもいる訳で、火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雲の中、至る所にいる。だからあの子のスカートの中にいたっておかしくない。


 ……いや、おかしい。


「……朝日(あさひ)君……?」


 不機嫌そのものの声が俺に投げかけられる。俺は咄嗟に手を離し、ぎこちない笑みを顔面に貼り付ける。


「えっ、あ、ごめん。ゴミが付いてて……」

「……ふうん?」


 ちらりと床に目を遣ると、卵焼きを抱えたネズミがしたり顔で俺を見ていた。くそう、おまえの所為だぞ。


「あ、あはは、びっくりさせてごめん」


 そう言って、俺は教室に逃げた。なんてことだ、朝日晃一(こういち)、一生の不覚。いや、そこまでではないかな。


 席に戻ると、幼馴染みで腐れ縁の小暮栄斗(こぐれはると)がにやにやしながら待っていた。何だ、何なんだその顔は。


「晃一も隅に置けないよなあ」

「どういう意味だよ」


 卵焼きが消えた弁当をつつきながら、俺は栄斗を睨む。栄斗はメロンパン片手に廊下の方を見ながら、


「クラスのマドンナ東雲(しののめ)ちゃんのスカート鷲掴み」

「変な言い方するなよ。あれは不可効力だ」


 俺は冷凍食品のカップ入りグラタンを掻き込む。


「だってネズミが……」


 しまった。栄斗が怪訝そうに俺を見る。


「ネズミ? 何訳の分からないこと言ってんだよオマエ。弁当箱開けて、いきなり走り出したんだろ。そのうえ東雲ちゃんのスカートを掴むとは……」


 そうだ、栄斗にはそう見えていてもおかしくない。なぜなら、彼には卵焼きを抱えたネズミが見えないからだ。あのネズミはおそらく旧鼠(きゅうそ)の類だろう。分かりやすく言えばネズミの妖、つまり妖怪だ。


 俺の目には人ならざる者達の姿が映る。


 最初は五歳の時だった。家の庭で尻尾が二股になっている猫を見付けたが、一緒にいた母には見えていなくて、後でそれが猫又という妖怪だと知った。人ならざる、とは言えないかもしれないが、どうやら幽霊も見えるということが、小一の時に曽祖父の葬式で分かった。見えることには困ってはいないが、今日のようにいたずらをされると非常に困る。


「なあ晃一ぃ、オマエ進路って決めた? 進路希望調査の提出次のホームルームじゃん。まだ二年なのにさ」


 もしかしてまだ書いてないのか。


「あっ、一応書いたんだぜ? 親父にここにしろって言われて、適当に。ほんとは北海道から出たくないけど、仕方ないし」

「ふうん」


 俺は空になった弁当箱に蓋をする。


「俺は札幌にでも行こうかと……」

「へえ、まさかあの大学を受けるつもりではなかろうな晃一くーん」

「そのつもりだ」

「さすが学年主席ですなあー」


 そういう嫌味たらしい言い方はやめてくれ。好きで学年主席なんじゃない。テストの度に注目されて、正直参ってるんだからな。期待とプレッシャーがめちゃめちゃ怖いんだぞ。万年赤点ギリのおまえには分からないだろうがな。本当にもう真面目に勉強しろよ、おまえの家神社だろ? このままで神職の資格なんか取れるのか。せめて平均点は越えような。


 俺の心の中での忠告はもちろん栄斗には届かない。届いたら逆に怖い。


 昼休み終了のチャイムが鳴った。思い思いの席に着いていた生徒達が自分の席に戻って行く。俺はもともとこの席だから、このまま座っていよう。後ろの栄斗もそうだ。えーと、確か次のロングホームルームは調査書の提出後、学校祭の話し合いだったな。


 五時間目の本鈴が鳴り、担任の時田(ときた)が教室に入って来た。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ