終 黄昏の道で
霊感のある人に会ったら適当に誤魔化せばいいや、ということになり、紫苑はお面無し神様モードで学校について来ることになった。まるで背後霊だ、と言ったら、守護神ですと怒られた。
「おー、晃一ぃ、久々じゃーん」
学校祭振替休業日翌日、火曜日。教室に入るなり栄斗にどつかれた。
「学祭で熱出すとか馬鹿だよなー」
「五月蠅い黙れ」
教室の中は学祭の興奮未だ冷めずと言った雰囲気で、いつにも増してざわついていた。
「学校行事でテンション上がって倒れるとか、らしくねえよな」
「……そうか?」
席に着いて、俺は本を読み始める。しかし、読書の邪魔をする悪魔が二人。
「こーちゃんがあんなに学校行事で張り切るなんて珍しいよねー」
「おっ、美幸もそう思う? 晃一って言ったら、小学校の時から行事のやる気なかったもんな」
「勉強勉強のガリ勉君だったもんね、ずっと」
「ガリ勉じゃない」
勉強して来たから今の成績なんだ。常にはしゃいで成績不振なおまえ達とは違うんだ。
「おはよー、美幸ちゃん、小暮君、朝日君」
日和が教室に入って来た。妖に襲われた時のイケメンさは微塵も感じられないいつもの顔だ。
「朝日君、もう体調はいいのかな」
「まあ一応」
よかった、と言って日和はほっとした表情になる。
「何でか分からないんだけど、すごく朝日君が心配で……。学祭の日、なんか大変なことになってたよね?」
「何言ってんの東雲ちゃん、コイツ開始早々倒れてたじゃん。そりゃ大変だよ」
日和は首を振る。
「ううん、そうじゃないんだよね。二組のヨーヨープール破れたでしょ? よく思い出せないんだけど、その時かっこいい朝日君を見た気がするんだ」
「日和ちゃん、こーちゃんってその時もう早退してたはずだよ。気のせいじゃないの?」
「うーん、気のせいなのかなあ……」
俺の後ろに立っていた紫苑がくすくす笑う。
「記憶の書き換えには個人差があります。自分を助けようとしてくれた晃一さんの姿が、お姉様にはとても印象深かったのでしょうね。残ってしまったようです」
格好良かったって言われて、悪い気はしないな。
「あー、こーちゃん何にやにやしてるの。気持ち悪いわよー」
「オマエ、また東雲ちゃんに何かするつもりなのか」
そもそも今までも何もしてない。スカートは、不可抗力で掴んでしまっただけだ。全く、この腐れ縁コンビは……。
「いやー、本当に三人って仲良しだよねー」
そしておまえの感覚もずれてるぞ日和。
放課後、黄昏の道を二人で歩く。いや、一人と一柱だろうか。
「紫苑様、おじいさんの所とかには行かなくていいのか。ずっと俺の傍にいて、インコとかキツツキとかも心配するだろ」
「それは問題ありません。晃一さんの授業中、こっそり学校からいなくなっています」
「そうなのか、気付かなかった。でもおまえがいない間に俺に何かあったらどうするんだ」
紫苑はドヤ顔になる。
「神出鬼没という言葉をご存知ですか。本来の力を取り戻せたので、一定距離間なら瞬間移動できます。貴方の呼ぶ声が聞こえればすぐに駆け付けます」
さすが神様、なんてハイスペック。
前方を行く自分の影が、何かに重なった。誰かの足だ。袴に草履。俺は立ち止まって顔を上げる。夕日に煌めく銀の髪を揺らす美女が立っていた。この感じ……、この女は神か。
女は俺と紫苑を交互に見て、間違いないと呟いた。金色に光る瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「翡翠の覡様ですね。どうかわたくしをお導き下さい」
「えーと……」
俺は助言を求めて紫苑の方を向く。
漆黒の翼を持つカラスの神様は、困ったように微笑むだけだった。