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拾肆 日陰の八咫烏

 身を寄せ合う妖達の目の前まで行って、紫苑は立ち止まった。


 漆黒の翼が一度羽撃く。青白い光と共に、雨粒のような水滴が散った。何をされるのかと、妖達はさらに身を寄せ合って震えていた。力のない神と侮っていたカラスが翼を取り戻した。緊急事態なのだろう、きっと。


 紫苑は深呼吸をしてから、妖達を見据える。ただ、俺は後ろから見ているからその表情は分からない。


「我が名は雨影あまかげせき咫々たた祠音しおん晴鴉はるあ希命けのみこと


 静かな声だった。けれど、名乗っただけにも関わらずとてつもない威圧感だった。強い風が吹いて、どこかで遠雷が鳴る。壊れた天井を見上げると、雨雲が垂れ込めていた。 


「豊穣をもたらす恵みの雨を司る、日陰の八咫烏である。この人の子に手を出すことは、我が許さぬ。神の怒りに触れたくなくば、早々に立ち去り、二度とこの者に近付くな」


 いつもの穏やかな声とは違う。静かなのに、凄みが利かされているというか、抽象的だけれど「ああ、神様なんだな」と思えるような。怖いんじゃない、やっぱりこいつは、恐ろしい。いや、畏れるべき相手なんだ。


 雷鳴が近くなる。空を見上げていた俺の顔に雨粒が数滴落ちてきた。


「去りなさい」


 妖達が顔を見合わせる。そして、口々に喚き声を上げながら一目散に逃げて行った。


 妖達が見えなくなってから、紫苑は「ふう」と息を吐いた。石や玉が消え、狩衣がロングジャケットへと戻っていく。


 けれど、背中に生える漆黒の翼はそのままだ。姿は一瞬しか戻らなかったけれど、確かに翼はある。失われた力は戻ったのだろう。


 紫苑が振り向く。ねだり続けたおもちゃを買って貰った子供のような、喜びと達成感に満ちた清々しい顔をしていた。雨雲が霧散して、日差しが差し込む。


「晃一さん、ありがとうございます。貴方の思い、届きました。やはり、人の子の思いは大切な力の源ですね。翼を取り戻すことができました。貴方のおかげです」


 漆黒の翼を軽く揺らして、紫苑は微笑む。


「本当にありがとう、晃一」


 よかった……。


 危機が去った。


 緊張が解けてほっとした瞬間、視界が揺らいだ。あ、これ、倒れる……。


「晃一さんっ」





 学校祭の翌日、日曜日の夜、俺は目を覚ました。家族が旅行から帰ってきたらしく、「お土産―!」と部屋に飛び込んできた妹の声によって俺は飛び起きることとなった。ずっと寝ていたのかと父に笑われ、母にはだらしないと呆れられてしまった。


 翡翠の覡としての力を使った反動で睡魔に襲われたのだと、枕元に立っていた紫苑に言われた。心配でずっと傍にいてくれたらしい。


 曰く、俺の力は俺の思いを増幅して紫苑に伝える形で発動したのだという。人間一人の思いでは神は力を発揮できない。しかし、それを可能なほどに増幅させたのが翡翠の力だそうだ。名の知れた神の居る神社に集う人々数百数千の思い、それに匹敵するほどの思いの力を出したのだから、疲弊して当然だと紫苑は笑った。何がおかしいのか俺には分からないが、紫苑は整った顔を軽く歪めてありがとうと繰り返すばかりだった。


 翡翠の覡第一発見者の権限で紫苑は高位の大神達に意思を伝え、時間と記憶の操作を申し出たそうだ。その結果、崩壊した校舎は元通りになって、妖襲撃ではなく縁日クラスのヨーヨープールの水漏れによる小さな騒ぎが起きたということになり、大きな事件もなく学祭は無事に終了した。俺は学祭開始直後に急な発熱で保健室に直行、即早退になった、ということになっているらしい。人間の知らないところで何者かの手によって時間や記憶が操作されることは実はよくあることらしく、案外俺達は神々の掌で弄ばれている存在なのかもしれない。


「晃一さん、これからも貴方の力、あるいは命を狙う者、そして貴方を頼る者は現れるでしょう。それは、翡翠の瞳を持って生まれた者の宿命です」


 俺は溜息をつく。


「宿命ねえ……」


 紫苑は窓の外を眺めている。差しこむ月光を受けて、翼が煌めく。青に緑に光る、烏羽色。


「私、もうしばらくこの町にいることにしました」


 開け放たれた窓から風が吹き込み、カーテンが舞い上がる。


「貴方が死ぬまで、傍にいます」

「えっ?」


 大きな翼を広げて、紫苑が振り向く。漆黒の瞳が、優しく笑う。


「大神達に、貴方のお目付け役を仰せ付かりました。長い付き合いになりそうですが、どうぞよろしくお願いします、晃一さん」


 こうして、俺と神様の長い長い平凡な非日常が始まった。







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