拾壱 学校祭へようこそ!
ボディーガードも、傍にいなければ意味がない。
「なん、で……何でこんな……」
走っていた。
「ちがっ、違う……おれ、俺の所為じゃない……!」
瓦礫を飛び越えようとして、躓く。盛大にすっ転んで、床をスライディングした。制服のズボンの膝が破れ、血が滲んだ。
起き上がれ。走れ。早く。
壁や天井、床の崩れた校舎の中を俺は彷徨っていた。
よろめきながら、俺は走り出す。左膝の痛みを堪えながら、走る。
逃げてどうにかなるものとは思えないが、逃げる以外の選択肢は俺にはない。
ズキンッ、と膝に痛みが走る。掠り傷だけではないらしい。俺はその場に崩れ落ちた。
悲鳴や叫び声が外から響く。
どうしてこんなことになったんだ……。
「みいつけた」
「……っ!」
体が強張る。背筋が凍る。体中が恐怖で満たされていく。
大量の何かが俺の背後で蠢いているのが分かった。振り向いて確認したかったが、心のどこかで見ることを拒絶していた。
「これなの?」「コイツをクエバイイノ?」「翡翠の覡」「見付けた」「フフフ」「こっちむいてよお」
嫌だ、何で、どうして、こんな――。
――一時間前。
星影高校学校祭当日。晴天に恵まれた土曜日。実に学祭日和だ。
夕立の姿で学校でも木の上からボディーガードを務めていた紫苑は、今日はいない。大勢の人が出入りする今日、きっとカラスは追い払われる。お面付きのお兄さんだと怪しすぎて校内に入れない。お面無しの神様モードだと、霊感のある人とかに出会すと厄介だ。だから、今日はインコやキツツキと一緒に日和の家かおじいさんの家の庭にいるはずだ。
紫苑は心配していたが、神様にだって休養は必要だろう。この機会に休んでくれ、俺は大丈夫だからと言い続けると、渋々頷いてくれた。『高野聖』を返す代わりに今度は『草迷宮』を借りて行ったが、一体どこで読んでいるのだろう。学校や家に現れるが、普段あのカラスはどこで何をしているのか。おじいさんの家に住んでいるわけではないだろうし。
「よおし! やるぞおお!」
栄斗の掛け声に、俺達二年五組は「おー」と答える。五組はジュースやアイスをアレンジして売る喫茶店だ。学祭委員が勝ち取った、二年生唯一の喫茶店クラス。
最初のシフトが当たっていた俺は、美幸と一緒にカウンターを模した机の前に立っていた。
「こーちゃん、頑張ろうね」
「ああ」
「こーちゃんのところは家族来るの? うちはみんなで来るって言ってたけど」
「いや、うちは旅行。この前母さんが商店街の福引で当ててさ、三人で出かけてる」
「えー、じゃあ明香里ちゃん来ないのかあ」
俺の妹なんて会おうと思えばいつでも会えるだろ。
教室内にシフトメンバーは十二人いて、それぞれ調理や接客を行っている。俺と美幸は調理担当だが、他の四人が張り切りすぎていて、俺達の仕事を奪って行ってしまう。
「わたし達も働かなきゃ駄目よね、これ。こーちゃん、ペットボトル取って」
美幸に言われ、俺は後ろに置いてあったクーラーボックスを開ける。
ガコンッ。
クーラーボックスからする音とは思えない大きな音がした。
「こーちゃん、今の音何……?」
怪訝そうに美幸が振り向く。
次の瞬間、学校が揺れた。
「えっ、地震?」
「違う……」
この気配……間違いない……。
廊下から悲鳴がした。
「な、何なのよお……」
教室の壁が破壊される。生徒も客も、叫び声を上げる。
「この建物の中にいるのは分かっているのだぞ」
数体の妖が教室に流れ込んできた。辺りを見回して、俺をその視界に捉えるとそろってにやりと笑う。土蜘蛛に見付けられた時とは桁外れの嫌な予感と悪寒を覚えた。
妖の見えない人には突然壁が崩れたように見えているのだろう。みんな状況が理解できずにおろおろしている。美幸も不安そうに俺を見ていた。
「美幸、みんなを先導して外に出ろ」
「え?」
「いいから早く」
さらに壁が崩れ、悲鳴が上がった。妖達が俺に迫って来る。このままでは美幸を巻き込んでしまう。こいつに何かあったら、栄斗と日和に殺される。
「学校が……壊れちゃう……」
「早く逃げろ!」
「こ、こーちゃんは?」
答えずに、俺は教室を走り出た。




