拾 神を導く者
神を導くという驚愕ワードに俺が困惑していると、それは想定内だったのか紫苑が涼しい顔のまま頷いた。
さっきからそうだが、まるで昔話に出て来る、民衆の声に耳を傾ける高僧みたいな頷き方をするな。見かけは二十代前半といったところだが、所々に齢千年を超えた神の麗しさ、荘厳さが漂っている。ただ、紫苑曰く千歳なんてまだまだ若造で、二十代の見た目で丁度いいらしい。
わざとらしく咳払いをして、紫苑は続ける。
「幽霊に関わる霊力、妖に関わる妖力、西洋では魔力というものもあるそうですね。そのような力を持つ人の子は意外と数多くいるものです。翡翠の覡とは、神に関わる神力を持ち神通力を操る希少な人の子のことですね。その人が生きている限りその人一人しかいないのですから。貴方はその力を持っているのです。偶然」
偶然なのか。そこは運命とか言って欲しいけど。
紫苑は『高野聖』ぱらぱら捲っている。
「翡翠の瞳を持つ者は、神を導く神通力を持っている。人の子の思いは神にとって大切な支えです。元々神社の子であったから自覚があり、自分の神社の神を支え続けた者。無自覚のまま何もせずに一生を終えた者。友好関係にあった妖を神へと変えた者。悪しき神に力を狙われ死んだ者。様々な翡翠の覡がこれまでもいました」
導けてないやつとか殺されたやつがいるけど、俺は大丈夫なのか。そもそも、今目の前にいるこのカラスが悪い神で、俺を丸め込もうとしているという可能性も無きにしも非ずだ。邪神になったことがあると本神が言っていたでないか。
『高野聖』を本棚に戻した紫苑は、まだ何か気になるのか並んだ本をちらちら見ている。
「翡翠の覡の力があれば、きっと私も翼を取り戻すことができる。そう思って、ずっと探していたのです。けれど、いつも誰かに先を越されて……。当代の覡は、まだ誰も見付けていませんでした。そもそも高位の大神達ですら誰が翡翠の覡なのか分かっていないのです。ですから、覡が高齢になってから発見されるということもありました」
そこで、紫苑は大きく息を吸い込む。深呼吸をして、真っ直ぐ俺を見る。漆黒の瞳が吸引対象を俺にロックオンした。
「私は諦めかけていました。ですが、お姉様……日和さんが連れて来た貴方を見て、驚きました。やっと見付けたのです。私の手掛かりを。晃一さん、どうか、私に力を貸して下さい」
深い深い漆黒の闇に、吸い込まれそうになる。
神を導く。そんな不思議な力を持った存在。それが翡翠の覡。そして、俺はそれなのか。
だから紫苑は俺に頼んだ。翼が欲しいと。
……駄目だ。いろんなことがぐるぐるして、思考が追い付かない。
「どうすればいいんだ、俺は。どうすれば……」
「分かりません。私が使え使えと強要しても、何も起こりません。私も今まで見たことがないので詳しくは分からないのですが、貴方自身が強い意志を持ってこそ、力が発揮されるのです。そのようにできた力だそうです」
強い意志。
「よし……。おりゃあっ! 紫苑様の羽が元に戻りますように! とりゃあっ! うおおおおおぉぉぉ!」
俺は気合十分に叫ぶ。
しかし何も起こらない。
「そのようなものではないかと……」
「……うん、知ってる」
すごく恥ずかしい! 何やってるんだ俺は! 俺の馬鹿!
「翡翠の覡の力を直接取り込めば、妖や幽霊は神に、神は上級神になれます。なので、貴方の命を狙う者は沢山いるでしょう。私が接触した所為で、皆が確信してしまったからです。貴方こそが翡翠の覡だと。ですから、責任を取るというか……。私が、貴方を必ず守ります。翼を取り戻してくれた暁には、さらに、全力で」
「神様がボディーガードになってくれるなら安心だな」
「ふふ、期待してください」
自信満々にそう言ってから、「これ借りてもいいです?」と本棚の『高野聖』を少し申し訳なさそうに指差した。




