旧友、親友
――実は羨ましいと思っていた。
彼は子供の時から他の子どもと比べて優秀だった。
言われたことは直ぐにできるようになり、期待の目を向けられるようになっていた。
それで自分に自信を持たない子供はいないだろう。
彼は子供ながらにして、自分は優秀だと、他の子供に負けるわけがないと、そう考えた。
自分は優秀でなくてはならない。他の誰よりも優秀でなくてはならない。そんな思いが積もりに積もり、彼は自身の才能を育てた。
そんな時だ。村に変化が訪れたのは。
ある日、村に子供がやって来た。自分と同い年の子供だ。
彼は捨てられていたという。なんと可哀想なのかと大人達は口を揃えて言っていたが、誰も彼に手を差し伸べようとはしなかった。
彼はそれが不思議で仕方がなかった。そう言うなら助けてあげればいいのにと考えたが、村人は誰一人その少年を助けようとはしなかった。
彼は一人でいる少年を度々見かけた。
そして、俯いて、周りを気にして、暗い顔をしている少年に彼は声をかけた。思えば、これが彼にとって初めてと言える本当の人助けだったのだろう。
声をかけて一緒に遊んだ少年は笑った。それまでの陰気な表情を覆すほどに、満面の笑みを浮かべ、声を出して笑った。
なんだ、少年も自分と同じ子供なんだと彼は思った。
それからは毎日のように一緒に遊んだ。どうしてだか、その時間は彼にとって今までで最も幸福ともいえるような時間に変わった。今まで一緒に遊んだ村の子供では感じることのできない充実感が、少年と共にいる時にはあった。
ただ、それでも競争事に関しては、勝ちをもぎ取った。いくら村の子供じゃなくても自分が他の子供より劣ってしまってはいけない。その気持ちだけは彼の中から消えることはなかった。
それから時間は過ぎ、少年は日常でも明るさを取り戻し、率先して村の手伝いをするようになった。
そんな中でも、彼と少年は一緒に過ごすことを止めなかった。やはり、彼も少年と一緒にいることを望んでいたのだろう。
そして、段々と少年が彼に意識し始めた。それに気が付いた彼は自分に言い聞かせた。
まだ勝てている、大丈夫だ。自分の方が優秀だ。
彼に焦りが生まれ始めた。少年はいつの間にか自分の直ぐ後ろまで迫っていたのだ。もう手が届く位置に立たれている。
子供の時から勝利を重ねてきた彼にとって、敗北とは自分の存在否定を意味する。そう考えていた彼にとって、少年と言う存在が、一緒に遊んで笑いあった少年が脅威に変化した。
そして、急激に成長を遂げた少年は彼と並んだ。否、並んだどころか、追い越した。
負けた、負けた負けた負けた。
人生で初めての敗北を期した彼は少年と一緒にいることを止め、次は勝てるようにと自分を研ぎ澄ました。
だが、それでも追い抜かれた彼を追い越すことはできなかった。
募る不安と焦燥が彼の精神を蝕んだ。自分の存在意義を少年によって奪われたのだ。
少年さえいなければ、自分はずっと上に立つ存在だったのに。
そう思った瞬間、村に受け入れられた少年を見て彼は疎み、嫉妬するようになった。
それからは、彼は少年と距離を置いた。
しばらくの時が経ち、村は村の成長のため新たに若い村長を必要とした。
彼はようやく自分の出番が来たと意気揚々した。
しかし、彼は聞いてしまった。次の村長は少年にすべきだと言う声を。
どうして少年なんだ? あいつは村の奴じゃない、部外者だ。そんな部外者に村長の座を受け渡す? ありえない。
不満が積もる。その頃には、既に彼には異常なほどの自尊心が芽生えていた。おそらく、子供のころから自分が優秀であると自分に言い聞かせていた結果だろう。
そんな時、彼にとって朗報が訪れた。
少年がその話を蹴って村を出ていくと言い出したのだ。
少年さえいなければ、自分はこの村で一番の存在になれる。そう思った少年は喜んだ。
しかし、その喜びは無情に壊させれた。
少年が消えた村から上がる声は少年の名だった。
彼は意味が分からなかった。もう少年はこの村にはいない、その少年に縋って何の意味がある。
そして、唱えた。少年は自分より劣っていたと、自分の方が優秀だと。言い続けた。
だが、その声は誰の耳にも届かず、彼は嘆いた。
それでも彼は止めなかった。この村を先導できるのは自分だと、少年ではなく自分だとそう言った。
そうして、いつしか、彼は居場所を失った。
どうしてこうなったのだろうか。
少年に負けたから? 少年がこの村に来たから? 少年がこの村を去ったから? 少年が――親友だったから?
違う、全部、違う。
分かっていたんだ、知っていたんだ。自分が、少年を認めなかったのが一番悪い。
彼は少年が、誰よりも一生懸命だったことを知っている。それは自分なんか目じゃない程のものだったことを。
彼は少年が、陰で努力していたことを知っている。自分は優秀だと胡坐をかいていた自分が勝てるわけがない。
少年は誰よりも頑張って、驕らずに、真剣だった。
だから、羨ましい。自分に持っていないものを持っている少年が羨ましい。そして、妬ましい。
この残りの感情が消えれば、自分は少年のように強くなれたのだろうか。少年のように皆に認められていたのだろうか。
――なぁ、ラギアス。俺は今からでも、やり直せるのだろうか…………。
***
「はッ!」
小さく息を吐きながらラギアスが大剣を大きく振るう。
アテスは攻撃の軌道の下を通り抜けラギアスに接近、小刀で突きを繰り出そうとする。容赦はもうない、目指すはラギアスの心臓を一突きだ。
しかし、ラギアスは大剣を振り切らずに力ずくで制止させ、真下にいるアテスに大剣の腹を叩きつける。真上から迫る大剣を目の前に、アテスは腕を交差させ大剣を受け止める姿勢を取る。
「ガァア!」
衝撃に苦悶する声を上げるアテス。足は沈み込み、腕の骨が何本か折れる音が聞こえた。それでも耐えきった。
痛みに悶えている暇などどこにあるというのか。動かなければ負ける、そんな思いが彼の身体を動かす。
「グエラ・フィゾン!」
痛みを我慢し呪文を唱えた瞬間、ラギアスの両足を掴むように地面が動き出す。
耐えきられることを予想していなかったのか、ラギアスの反応が僅かに遅れ足が掴まれる。ただ、身体強化をしているラギアスにとってこのような拘束は数秒で解かれる。
だが、その数秒がこの戦闘においてどれほどの意味があるのかをラギアスは理解している。
押しつぶそうとしていた大剣から抜け出し、今度こそ小刀を胸に突きつける。
拘束が邪魔で回避が不可能と判断したラギアスは直ぐに自分の左腕を犠牲にすることを選んだ。
突きつけられた小刀を左腕で受け止める。身体強化をしても尚、その刃はラギアスに浮かく突き刺さった。
垂れ流れる鮮血が小刀を伝い、声にならない程の痛みが襲う。
そんなラギアスに対し、留まる暇を与えまいとアテスは片方の手に小刀を握らせる。それを見たラギアスは足の拘束を破壊し、二撃目を紙一重で回避、いったん距離を取る。
左腕に刺さった小刀を抜いて放り投げる。血が垂れ流れているが今は知ったことではない。どれだけ血を流したとしても、どれだけ相手に翻弄されたとしても、最後に立っていればそれでいい。それこそが、二人における勝利条件だ。
アテスが袖から小刀とチャクラムを取り出し、両手に握らせた。
どれほどの武器をそこから取り出したのか分からない。何十、いや既に何百と取り出しては斬りつけ、投げつけているだろう。
この量は人間が服に忍ばせることができる量を遥かに超えている。よって、ラギアスは両袖にマジックバックが仕込まれていると予想している。そうなれば、この大量の暗器に納得がいく。
それと同時に、相手の武器切れが望めなくなったということだ。
「まぁ、元から武器切れとか願ってねぇよ」
「当たり前だ。暗器使いにとって暗器がなくなった時点で戦力外だ。直ぐになくなる量を持ち合わせているわけがないだろう」
そして、アテスの暗器術はスキルによるもの。つまり、暗器がなくなればスキルがなくなってしまうと同義である。ただ、それを差し置いてもラギアスはアテスの戦闘技術はかなり高いと考えている。
油断などする余裕もないが、それでも油断をしないようにと再び自分に言い聞かせる。そして、大剣を構えなおす。
数秒見合い、お互い同時に駆け出した。
ラギアスは純粋で強力な一撃を狙う。そのためにも相手の攻撃を見切り、魔法を使って牽制し、隙を作り、隙を狙うために技術を総動員する。
アテスは確実に相手に傷を負わせる。攻撃の隙をつき、魔法で相手の行動を制限し、持てる全てを総動員させる。
お互いが一歩も引かない攻防戦。一つ間違えれば一気に戦局が変わってしまう。そんな中、彼等は恐れずに前に進む。そうしなければ敗北してしまうからだ。
「フレム・ショット」
ラギアスがアテスの足元に向けて火球を放つ。牽制のつもりで放ったのだろう。それを理解したアテスはまさかの行動に出る。
飛んでくる火球に向かい、足を焼きながらラギアスに接近した。
常人では考えられない行動に、ラギアスの反応が明らかに鈍る。。
アテスはその隙を逃さない。小刀を下から斬り上げラギアスの胸元に一本の大きな傷を負わした。
しかし、ラギアスもここで引かなかった。倒れそうになるのを踏みとどめ、下に潜り込んでいたアテスに大剣を振り下ろす。
凄まじい威力を持った大剣をアテスはチャクラムで受け止める。ただし、ただ受け止めるのではない。その円形の形状を利用して大剣の軌道を横に逸らそうとしているのだ。
衝突した金属同士は火花を散らし、アテスはチャクラムで大剣を滑らせ軌道を逸らす。それを感じたラギアスはただでは済ますまいと、強引に押し込みアテスの手からチャクラムを落とさせた。
その代償として勢い余り大剣が地面に食い込んでしまう。
アテスは直ぐに小刀を取り出しラギアスに斬りかかる。それを突き刺さった大剣を軸に前宙、大剣を引っこ抜きながらその攻撃を回避した。
「ラズ・フレムショット!」
着地と同時に、ラギアスはアテスに巨大な火球を撃ち放つ。流石にこれほどの火球を受けるわけにもいかないアテスは横に跳び回避、そのまま通路に逃げていく。おそらく、回避先を読まれることを嫌ったための行動だろう。
直ぐに追い始めるラギアスは通路を曲がったアテスを視界に捉えた。
次の瞬間、ラギアスに向かってチャクラムが飛んでくる。
「危なねッ!?」
それを体を逸らして回避する。しかし、アテスの攻撃は続いていた。
ラギアスが見たのは細い線。刹那、後方から躱したはずのチャクラムが再度向かってくる。
「ふ、フレム・バーリ!」
振り返る暇がない程の間のない攻撃にラギアスは咄嗟に炎壁を後方に出現させチャクラムを防ぐ。
チャクラムの落ちた音が聞こえ、防ぎきれたことを確認する。
「やっぱ強いな、アテスは」
角から現れたアテスにそう呟いた。
その言葉が気に入らなかったのか、アテスは少し表情を歪ませた。
「なんだ? 俺に対する皮肉か?」
「違えよ、単なる本心だ。やっぱりアテスは強い。子供のころからずっとそうだった」
「……やっぱ皮肉かよ」
アテスにとって幼少期は否が応でもラギアスとの時間を思い出す。
常に自分の後ろにいて、そして、追い抜かされた過去がぶり返す。
それをした張本人に言われるのだ。皮肉以外の何物でもない。
「自分の方が強いことが分かっているくせに貴様はいつもそうやって他人を持ち上げる。それが俺にとってどれだけ惨めか分かってるのか?」
「……」
「謙虚、言葉だけ見れば他人を気遣っているように見えるが、俺からしたら負けている相手を貶しているようにしか見えない」
アテスはラギアスのことを睨みつける。
負けてきたことは変わりようのない事実。子供の頃、あの一度からラギアスは自分の前を歩くようになっていた。追いつこうにも、無情に離れていくその背中をアテスはずっと見てきていた。
だから、絶対に認めたくはないが、自分より上だと理解している。
そんな相手にお世辞にも強いと言われる。プライドの高いアテスにとってそれは侮辱に他ならない。
「別に貶してなんかねぇよ。ただ、俺の言う強いってのは多分お前の思ってる強さとは全く別だ」
「別の強さ? 大抵の物事において俺から勝利を奪ったお前がよく言うな。強さなんてもんは相手より優秀であるかないか、それだけだろ」
「違う! お前には俺にはない強さを持っていたんだ!」
入れ違う両者の主張に苛立ちを露にするアテス。
「黙れ! 俺から何もかも奪いやがった貴様に俺のなにが分かりやがる!」
唾を巻き散らし怒りをそのまま吐き出す。
「貴様はなにも分かってない! だからこそ、そんなことが言える! やはり、口を交わした俺がが馬鹿だったか」
アテスは構える。
「もう終わりだ。貴様を殺して俺の方が優秀だったと証明してやる。そして、貴様の仲間も、村も殺して俺と言う存在を認めさせる! 構えろラギアス!」
「……こりゃ大分拗らせてるな」
そんなことを呟いたラギアスだが、その原因が自分にあるということに罪悪感を覚える。
アテスをここまで拗らせてしまったのは自分のせいなのかと自分を責めたくなる。
しかし、その気持ちを飲み込みラギアスは前を向く。
こうなってしまったのが自分のせいであるというのなら、尚更連れ戻さなくてはならない。それが、親友にできるたった一つのことなのだから。
「いいぜ、とことんやってやるよ。だがな、これだけは一つ言わせてもらう」
息を大きく吸い込み、そして――。
「勝つのは俺だ。これだけは譲れねぇ」
静かに、だが熱く言い切ったラギアスに、アテスは苛立ちを露にしたが、どこか笑っていた。
もう覚悟ならずっとしている。だが、やはり口に出さなければその覚悟も泡沫に消える。
そして、口に出したラギアスは一つ呼吸を置いた。
もう逃げられないからな。逃げるつもりなど元からない。
勝てる確証はない。なら、勝てる確証を作るまでだ。
アテスを取り戻せるか。意地でも取り戻す。
不安の一つ一つを取り除いた。
そして、全ての不安が取り除かれたとき、ラギアスの灯が覚醒を果たす。
――――。
脳内で響いた音は、全てを変える音となった。
「まさか、ここで、か……」
ラギアスは笑った。勝つための道ができたのだ。
「さぁ、始めるぞアテス。決着だ!」




