面倒な奴
シーラツのギルドに到着した僕等は、既にギルドの中に足を踏み入れていた。
「それじゃあ早速換金し方がいいのでは? 人も多いことだし、換金所が混むかもしれないですし」
「それもそうだね。で、誰が換金しにいく?」
「なら、私が行ってこよう。バンリース、すまないが少しバックを貸してくれ」
「あいよ」
バンリースさんからマジックバックを受け取ったリオネは、そのまま換金所に向かった。量が多かったから少し時間がかかるだろう。
なので、近くにあった空いているベンチに腰を掛ける。
腰をかけた今一度ギルド内を見渡してみる。
コートリアスのギルドとそれほど大きさは変わらない。コートリアスのギルドと内装や中にあるものが違うところは多々ある。だけど、ギルドの雰囲気的なものはそれほど変わらない。冒険者の集まるところだからかな?
でも、やっぱり驚くべきは人の、冒険者の多さだ。この人の多さは多分大量発生がもうすぐ始まるからだと思う。
大量発生大切だからね。場合によっては10レベル以上上がることもあるんだって。こんな美味しいチャンスを見逃すのは惜しい。だから、人が多いのも納得がいく。
と、大量発生のことについつ少しだけ考えた時、僕は一つの疑問が浮かび上がった。
「そういえば、どうして"大量発生"って起きるのかな?」
世界の『異常現象』、として片付けられている今。研究が進んできて、次の大量発生の場所をある程度なら予測できるまでになってきたんだ。その大量発生がなぜ起こるのかぐらいは分かってきていても不思議じゃない。むしろ、研究が進んでも解明されてきている方が自然だ。
「んー、大量発生ってやつがどうやって見つけられてるか、キラ君とラギアス君は知っているか?」
「いえ、全く」
「俺も正直分かんねえ」
「では説明しよう」と前置きを置いたバンリースの表情は、多少のドヤ顔が入っていた。
「大量発生は魔物がたくさん出てくる、ていう冒険者なら誰もが知っていて、強くなるためのチャンスの場だ。ここまではオーケー?」
「大丈夫です」
一言言いながら頷き返す。
「でだ、それの見つけ方だが、どうやら大量発生が起こる前には、大量発生が起こる場所は通常よりも魔力が多くなるらしい。それをギルドの関係者が見つけてくる、っと言うのが大量発生の見つけ方だ」
魔力っていうのは案外どこにでもあるものだ。ただ、その量は肌で感じられる、又は確かにそこにあると理解できるには程遠いらしい。そのくらいの魔力が大気中には漂っている。
それが多くなる、場所?
「大量発生って、一箇所から魔物が湧き出てくるんですか?」
「らしいぜ。地面からわらわらと生まれてくるらしい」
ラギアスがバンリースさんの説明に横入りして説明してくれる。
「わらわらかぁ…………地獄絵図だね」
「まぁ、流石にそこには行きたくないな」
想像してごらん。人間にとって脅威である魔物が、わらわらわらわらと地面から生まれてくる。いくら経験値が欲しいからって、そこまでする勇気はない。
「バンリースの説明のおかげで大量発生の見つけ方は分かった。で、その大量発生はどうして起こるんだ?」
「いやね、こればかりは未だに研究が進んでいないんでね、なんとも言えないんだよな、これが」
「つまり、まだ解明されてない」
「その通りってやつだ。だが一応いくつかの説はある。例えば『世界が魔力を一定に保つため』とか、『地中深くに魔力を集める何かがある』だとかそんな感じのだ。まぁ、ワシから言わせてみればどれも検証できないし、確証を得られていないものばかりだな」
大量発生は以前読んだ本によればかなり昔からあったらしい。確か、冒険者っていう職業が出てきたその少し後くらいからだ。それなのにまだ起こる原因すら分からないなんて、世界って不思議に溢れているんだな。
と、そんな話をしているうちにだいぶ時間が経ったようでリオネがマジックバックと袋を持って帰ってきた。
「すまんな、結構時間がかかってしまったようで。それと、バンリース助かった。ありがとう」
リオネはバンリースさんにマジックバックを渡す際にお礼を言う。お礼を言われたバンリースさんは「良いってことよ!」と笑いながら言い、バックを受け取る。
「そうだ、バンリースさんは運んでくれたし、お礼をしなくちゃ」
「キラ君、別にいいさ」
「え? でも」
「ワシは君に助けられた身なんだ。今回の運搬はそれの返しだと思ってくれて構わない。割りにあってないと思うが」
「いえ、そんなことはないです」
僕は首を横に振り否定する。バンリースさんのマジックバックがなかったらここまで運ぶのには苦労したのは多分事実。
「そう言ってくれて何よりだ」
バンリースさんは少し微笑み、立ち上がる。
「じゃあ、ワシは先に行かせてもらうことにする。多分さっき言ったところの店にいると思うから、暇ができたら寄ってくれ」
「分かりました! ありがとうございました!」
「元気がいいってやつだな。じゃあ、またな」
ギルドの外へ歩き出したバンリースさんの背中を見つめる。しかし、人が多いせいですぐにその背中は人に埋もれて見えなくなる。
そしてバンリースさんのいなくなった僕等三人の間は、どことなく静かになった気がした。
「で、これからどうするよ?」
ラギアスが僕とリオネの顔を交互に見ながら言ってくる。
「今からできることって言ったら何があるかな?」
「そうだなぁ、街を観光するとか、バンリースの店に行くとかか?」
「他にも、装備を揃えたり、街の外に出たりだろうな」
「うーん、みんなはどうしたい?」
次の言葉は、僕もラギアスもリオネも同時に口にした。
「「「休みたい」」」
まぁ、そりゃそうだよね。
慣れない船の旅に、その慣れない船での戦闘。正直僕は今とっても疲れていて眠い。
「よっしゃ、全員一致の意見だ。宿屋に行こう」
「そうだな」
二人も疲れているのか、決まったらすぐに行動し始めた。
まずは宿探しをしなければならない。そして、一刻も早く横になりたい。そんな思いが僕を、僕等を突き動かす。
と、その時、
「お前はさっきの赤野郎!」
そんな思いは阻まれる。
ギルドを出ようと歩き出した時、正面には僕と同じくらいの背丈の人が立っていた。
「うわぁ……」
「おい待て! なぜ今露骨に嫌な顔をしたんだ!?」
さっき船の上で突っかかってきた人だ。タイミングが悪い。なんでこんな早く休みたいような時にこのめんどくさい人に会わなきゃならないんだ。
「あはは、すいません〜。ではー」
めんどくさいから放っておこう。僕は彼の横を通過しようとする。しかし、
「おい待て! それだけなのか!?」
「……」
「無視するなっ!」
彼はただでは通らせてくれなかった。
横を通過しようとした時、彼は僕の手首を掴んだ。その瞬間、ピリッとした痛みが手首に走る。
「痛っ!?」
「俺が折角声をかけてやってんだ。無視するな」
僕は痛みが走った直後、掴まれていた彼の手を振り払う。手首には傷跡はないことを確認しながら彼のことを見ると一つの変化に気がつく。
さっきより髪の毛がツンツンしている。しかし、ものの数秒でその現象は消えてゆく。
「おい聞いてんのか!」
「聞いてる聞いてるよ。だから離れて、近い」
ラギアス、リオネ助けてよ……。
そう思いながら二人のことを見ると、少し離れたところで、見ていた。そしてラギアスの口が動くのが見える。
――が、ん、ば、れ。
ラギアス、リオネ……ろくでなし!
めんどくさいのは分かるけど、もっとこう、あるでしょ。
「はぁ」
彼に聞こえないように小さくため息をつく。とりあえず用件から聞こう。さっさと用件を済まさせて帰らせよう。
「えーと、何か用があるの?」
「ない!」
「はぁ!?」
「俺に負けたお前がいたから声をかけたんだ。悪いか? 悪くねぇよな。声かけただけだし」
「なに一人で完結してるの。まぁ別にいいけど。だけど、負けたって言うのは認められない」
「なに言ってんだよ。俺が18匹で、お前が17匹。俺の勝ちだろうが」
「そんなの誤差だよ誤差。大体1匹勝ってるくらいで喚かないで、見っともない」
彼の眉がピクリと動く。
「なんだと? ならハッキリさせようじゃねえか。俺がお前よりも強いってことをよ」
「え?」
彼は一歩踏み込み、僕の顔面めがけて殴りかかってきた。
咄嗟のことだったが、僕は反射的に一歩下がり彼の攻撃を間一髪で躱す。
「まだまだ、こっから――」
彼が更に攻撃を重ねようとした時、彼の背後には誰かが立っていた。
「ここまで」
誰かは攻撃しようとしていた彼に組みつき、動きを止めた。
「なっ!? ザング! 離せ!」
「離さない。ここ、ギルド。暴れるのは禁止」
かなり大きな体躯と、その筋肉質の体の持ち主。顔は体に合わせてかなり大きく、いかつい表情をしている。ザングと呼ばれてたことから、彼の名前はザングであっているのだろう。
「そうよぉ、ケーヴィスぅ。ホントに貴方ってぇ、短気よねぇ」
「初めてされた
おっとりとした喋り方で、ザングの後ろから出てきたのは茶髪の女性であった。
その格好はかなり肌の露出が多く、際どい服装となっている。それでちゃんと防具として成り立っているのかが不思議なくらいだ。
「うるせぇマーシャ! とにかく分かったから離せ!」
「それ、分かってない時の台詞」
「あぁ、もう分かった! ここでは暴れねえし攻撃もしねぇ」
「仕方ないわねぇ。ザング、離してあげて」
「分かった」
そうして、ザングに取り押さえられていた、ケーヴィス? は無事釈放された。彼のその腕には掴まれていた時の痕が残っていた。きっと、相当な力で掴まれていたんだろう。
それからまたケーヴィスはガミガミと二人に向かって文句を吐いている。その間に、ラギアスとリオネが合流してきた。
「大丈夫だったか?」
「なんとか。てか、ラギアス、リオネ来るの遅い! もっと早くから助けてくれたらよかったのに!」
「すまなかった。まぁ、私とラギアスの意見が総じて『めんどくさいそう』となったので、遠くから見させてもらった」
「酷いよ!? 面倒ごとを僕に押し付けたの!?」
「その通りだな!」
「胸を張って言うな!」
と、こんな感じでこっちはこっちで言い合っていると、向こうのグループの女性がこちらに来た。
「どうもぉ、この度はぁ申し訳ございませんでしたぁ。とりあえず自己紹介からしますねぇ。私はぁ、マーシャっていいます。それでぇ、あっちのおっきいのが、ザング。でえ、あそこで無駄に吠えてるのがケーヴィス。適当に呼んでくれて構いませんよぉ」
「無駄とはなんだ無駄とは!」
ケーヴィスがマーシャに近づいて来て、ガミガミと吠える。
「ちょうどよかったぁ。さぁさぁ、謝りなさい」
「はぁ!? なんで俺が謝んねえといけねぇんだよ!」
「粗相起こしたの、ケーヴィス。ちゃんと、謝るべき」
「ほらほらぁ、さっさと謝るのぉケーヴィス」
「チッ! 分かった、謝りゃいいんだろ?」
今舌打ちしたよね!? そこから謝る態度ではない気がするんだけど。それに謝る側なのに態度がでかい。
見るからに嫌そうに僕の方を向くが、僕と目を頑なに合わせようとしない。
「さっきは悪かった、見逃せ」
「どうして命令形なの!?」
謝る方の言葉ではない。しかも、その態度はまず全く僕を見ようとしていない。そして、その横顔からわかるのは、苦虫を踏みつぶしたような表情をしていると言うことだ。
なぜ謝られているこっちも不快な思いをしなければならないんだ。でも、そもそも謝るようなことしたんだから、こっちは元々不快か……いやそんなことどうでもいい!
すると、ザングは一歩前に出る。
「すまない、ケーヴィスは謝り方を知らない」
「まぁもういいです。なんとなく性格は理解できたんで」
本当はもういいとは思っていないが、これ以上食い下がると面倒なことになりそうなので流しておく。
ザングはその言葉を聞き軽く頭を下げる。
「そう言ってもらえると、助かる……」
「自己紹介がまだですよね。僕の名前はキラです。そして」
「俺はラギアスだ」
「私はリオネ」
「キラに、ラギアスに、リオネか。では、改める。今回は、俺のところの馬鹿が、粗相起こした。すまない」
ザングとマーシャは頭を下げて、ケーヴィスはマーシャに頭を押さえつけられ下げさせられている。
ものの数秒間の謝罪の後、彼らは頭を上げる。
「ではぁ、私たちはこれで失礼しますぅ。また会った時はよろしくお願いしますねぇ」
その後、マーシャとザングはギルドの外へ歩き出したけど、まだ僕の目先にはケーヴィスが立っていた。
「今回は勝敗はつかなかったが、次は絶対に」
「さっさと、行く!」
「ちょ、待て! まだ言い終わってねぇ!」
ケーヴィスの言いかけた言葉を遮り、うんざりとした様子のザングか服の襟を掴んで引きずる。
その場に残された僕等三人は、バンリースが去った時以上の静けさを覚えていた。
「……個性が強いということは、ああいうことを言うんだろうな」
リオネがボソッと呟いた言葉に、僕は共感を覚えるほかなかった。
その後、ギルドを出た僕等は宿を見つけ、眠りに落ちた。




