『僕の強さ』
向かい合って立っているだけなのに、その力の差を感じてしまう。
僕の方が圧倒的に弱い。ルルミドクからしたら、僕は本当に獲物でしかないのだろう。
そんなこと思ってる場合じゃない!
僕はすぐに思考を変える。前もって考えていた行動をするために。
僕は急いでラギアスが見回りをしている方へ駆け出す。
何故ラギアスを選んだのかは分からない。瞬間的に思い浮かんだ方に駆け出した。
理由は、今まで共にしてきた時間が長いラギアスに信頼を寄せていたことから無意識に選んだとか、ルルミドクに接近戦で対抗できそうなのはラギアスだからとか、多分理由はいろいろある。
駆け出して数秒後、やけに静かだと思い後ろを振り返る。
そこには、村の方をじっと見つめているルルミドクがいた。そして、一歩また一歩と村に近づいている。
待て、待て! このままこいつを放っておいたら村に辿り着く。
どうする。それまでにラギアスと合流して、ここに戻ってきてルルミドクを止める?
無理に決まってる。間に合うわけがない。ラギアスと合流しているうちに、ルルミドクは村に侵入。そのまま村人を襲う。
僕は僅か数秒の間で、ある程度のパターンを考える。その考えたパターンの殆どは、確実に村人が襲われる。
その中で、唯一村人が襲われることのない方法があった。ただ、それはあまりにも危険で、成功する確率が低過ぎた。
それでもやるしかない。こいつをこのまま野放しにするよりはマシだ。
僕は戻った。ルルミドクはこちらに気付いて一瞥はするものの、逃げる奴に興味はないと言わんばかりに無視をしている。
「お、おい!」
ルルミドクは僕の声に反応してこっちに顔を向ける。
自分でも声が震えていることが分かる。
怖いんだ。勝てもしない相手と知りながら戦うのが。
父さんもこんな感情があったのかな。もしあったなら、超えなきゃ。ここで逃げたら何も始まらない。
僕が考えた村人が襲われることのない無謀な方法。それは、僕がここでこいつを止める!
ルルミドクは止まったまま。おそらく僕がまた逃げるかどうかを見極めている。
なら、自分から動いたらいい。
僕は持てる力全てで地面を蹴り、ルルミドクの懐に潜り込む。
ルルミドクは反応すらしない。
僕はチャンスだと思い、足に向かって剣を振るう。
「はあぁぁぁ!」
僕の渾身の一撃と言っていいほどの攻撃は当たったのだが、殆ど剣が食い込んでいない。擦り傷のような傷をつけただけだ。
魔物は強くなればなるほど、その身体は頑丈になる。力の差が激しければ、剣で攻撃しても傷一つすら負わせないことだってある。
オーガの時もそうだった。だけど、それとは全く違う。僕の力じゃ、ダメージを与えることすらできないんだ。
僕はその事実を知り、一旦距離を置こうとした時、悪寒が走った。
何も確認せず、僕は横っ飛びをした。
その直後、地面を叩きつける音がなる。
立ち上がりざまに見た光景は、さっきまで僕がいた場所にルルミドクの腕がめり込んでいた。
一旦距離を置く。
ルルミドクはゆっくりとその腕を地面から抜き、僕を見据える。
今、少しでも逃げ遅れていたら……。そう考えるとゾッとする。
そこに感じた"死"というものが僕の脳内に過ぎる。
汗が止まらない。僕は圧倒的恐怖を感じてしまったんだ。
僕が恐怖で動けなくなった数秒後、今度はルルミドクが行動する。
ゆったりと二足歩行から四足歩行に変える。そして、ゆったりとした動きが一変して、猛烈な速度で突進してくる。
「くっ」
直線的な攻撃のおかげで、僕は紙一重で突進を回避する。ルルミドクは勢いを止められずほんの少し隙を見せる。
ここ、だ……。駄目だ!
僕はルルミドクの隙を利用してバックステップで距離を取る。
あそこで攻撃したところで、僕の力じゃダメージが入らない。危険を冒してまで攻撃する意味が、ないんだ。
剣を持つ手に力が入る。歯をギリギリと噛みしめる。
ルルミドクは体制を立て直し、僕を見る。
一瞬、僕にはそのルルミドクの表情がニタリと笑っているように見えた。
嫌な予感がする。そう思い、僕が体勢を低くした直後だった。
ルルミドクが接近する。
そして、右腕の剛腕を鉤爪を立てて振り下ろしてくる。
余裕がない僕は全力で後方に飛んでから後ずさりをしようとしたが、ここは森。丁度僕の後ろに木があった。
ルルミドクはそれを見てから、もう一本の剛腕を横に振る攻撃を、逃げ場のない僕はしゃがむ事で凌ぐ。
僕の代わりに、背後にあった木が鉤爪によって抉られる。
しかし、ルルミドクの攻撃は終わらない。
振り切った左腕を戻す際に、薙ぎ払ってくる。
逃げ場が、
そんなことを考える余地もなかった。
払われた剛腕に当たり、僕は地面を滑り、木に激突する。
「がはっ!」
肺から一気に空気が抜ける。
僕は痛む体を無視して立ち上がり、ルルミドクに意識を向ける。絶対に気を抜いてはいけない。
ルルミドクはゆらゆらとこちらに向かってくる。
これを続けてたら、いつか死ぬ。そうなっては遅い。ならどうする。こいつの注意を引き続き、ラギアスでもリオネでもネールでも誰でもいい。合流しないと。
ある程度の距離感なら分かる。急がないと、早くしないと。
ルルミドクが数歩近づけば、僕はそれと同じだけ後ろに下がる。
今、ラギアス達は村の周りにいる。だから僕は村を回るように逃げればいい。
僕にできることはそれだけだ……。
緊迫した状況が続く中、ルルミドクが仕掛けてきた。
怒涛の攻撃を、僕は死ぬ気で躱す。
それでも限界はある。
僕はまた攻撃を受けてしまった。今度は僕の左腕に鉤爪の傷を負った。
痛みで顔を歪ませる。
さっきから不自然だ。
今、確実にルルミドクは僕を殺せたはずだ。なのに、軽傷だけを負わせた。
さっきもだ。爪を立てていない以上、死ぬことはないだろうけど、あの剛腕に殴られて無事にいられるわけがない。
つまり……!
「クソっ!」
僕は嬲られているんだ。
少しづつ、少しづつ、ルルミドクは僕をいたぶっている。
僕が弱いから、僕は遊び道具にされているんだ。
クソっ! クソっ! クソっ! クソっ!
悔しい。僕に実力がないから……。
「って! 今はそんなことを考えるな!」
そうだ。今は一瞬でも相手の動きを見極めろ。
少しでも相手の行動の癖を見抜け。
一瞬たりとも目を離すな。それが今の僕にできる最良の手。
実力がないんだ。僕は弱いんだ。それを受け入れろ。
惨めでも、何でもいいから今は逃げきるんだ。それで、ラギアス達と合流する。話はそれからだ。
覚悟は決まった。
逃げる覚悟は。逃げ続ける覚悟は決まった。
「こい、ルルミドク!」
僕の声を聞いてから、ルルミドクは攻撃は再開した。
振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払い、噛みつき、突撃。様々な攻撃を仕掛けてくるルルミドク相手に、僕は必死に躱した。
さっきまで何かつっかえていたんだろう。
逃げる覚悟を決めてから、ルルミドクの攻撃を何とか躱せるようになった。
しかし、それは少しの間だけで、
「ぐはっ!」
ルルミドクの攻撃全てを躱しきることはできなかった。
当たり前だ。力の差がありすぎるんだ。
僕はそう割り切って、体に鞭を打って動かす。
動悸が荒くなる。回避時に足にかかる負担のせいか、足は重い。
それでも必死に足掻く。
だが、限界はくる。
疲労に逆らって動かし続けた結果、足がもつれてその場に転んでしまった。
ルルミドクは余裕の表情でこちらを見ている。ルルミドクからしたら遊んでいただけなのだ。疲れも何もない。
「もう少し、もう少しでいいんだ。だから動いてくれ!」
僕が立ち上がる前に、ルルミドクは両腕を上げ振り下ろす準備が完了していた。
直感した。
僕は、死ぬ、んだと……。
――力を貸してやる。
その声が脳内で響いたと同時に、僕の視界は一瞬暗転した。
***
視界が開けてくる。僕は生きている。
だが、そんなことよりも、目の前の現状に僕やルルミドクですら追いつけていなかった。
僕が尻餅をついている場所から、十メートル程離れたところにルルミドクは倒れていた。
肩には確かに僕のものである剣が深く刺さっていて、鮮血がその身を汚していた。
「何が、起こったんだ」
そう呟くしかなかった。
さっきまで攻撃すら通らなかった相手に、剣が刺さっている。それに、周りの状況から見て、ルルミドクが数メートル吹き飛ばされたことは明確。
一体誰が? ……僕が?
理解できない。
僕がその理由を探ろうとした時、ルルミドクは起き上がり僕を睥睨する。
その双眸には確かに怒りの感情が見て取れる。
ルルミドクは剣を無理矢理抜く。傷口からはドクドクと血が垂れ流れている。
魔物にだって痛覚はある。あれだけ深く刺されている傷を人間が負ったなら、意識を保てるかというほどだ。
だが、そんなこと御構い無しに、ルルミドクは四足歩行になり、僕に突進してくる。その速度は、怪我を負っているはずなのに今までより速い。
逃げないと。幸いにも距離はまだある。
体を動かそうとするが、刹那、激しい痛みが全身に巡る。
何だよ、これ。
前もって分かっていれば動けたのかもしれないが、いきなりの痛みで体が動かない。
こんなところで、こんなところで終わるわけにはいかないんだ!
ようやく体が動いたが、遅過ぎた。
ルルミドクの突進は躱せない位置にまで到達していた。
「クソっ!」
…………
「シャオラァァァ!」
聞き覚えのある声は、僕とルルミドクの間に割り込み、ルルミドクの突進を大剣使って受け止める。
「ラギアス!」
「ぐっ、オラァァァ!」
ラギアスはルルミドクの突進を受けきり、後方へ弾き飛ばした。
「ハァ、ハァ。大丈夫かキラ」
「ラギアス……」
ルルミドクは僕等の再開を邪魔するかの如く、鉤爪で攻撃を図る。
しかし、
「アクア・ショット!」
呪文とともに、水球がルルミドクを襲う。
「まだまだ!」
呪文はないけど、ルルミドクに向かって水の槍が飛んでいく。ルルミドクはそれを鉤爪で消そうとするが、全ては消しきれずに受けてしまう。
「リオネ! それにネール!」
「大丈夫かキラ!」
「ボロボロだねキラ」
リオネとネールが茂みから姿を見せ、僕の方に近づいてくる。
「キラ、これを使え」
リオネが懐から出したのは回復薬だ。
僕はありがたく頂戴して、一気にそれを飲み干す。
体には活力が戻ってくる。
「どうしてここが分かったの?」
「こんなに大暴れしてんだ。気づかねえはずがねえよ。しかしキラ、あれ相手によくここまで耐えたな。凄えよ」
「うん。でも殆ど何もできなかった。僕が弱いから」
ただ、それは仕方のないこと。僕は自分のできる限りのことをやりきったんだ。
それでも……もっと何かできたかもしれないと思う僕の心がある。
そんな僕にラギアスが言う。
「何もできねえのは当たり前だ。俺だってあれ相手に何かできるかって言われたら何もできねえ。だがな、それは一人だったらって話だ」
リオネが言う。
「そうだ、キラは一人でよくやった。それに、今からは私達がついてる」
「そうだよ」
僕は全員の顔を見る。
「一人でできないなら、二人で。それでもできないなら俺等全員でやる。それがパーティってもんだろ」
「……うん」
今、僕の中でつっかえていたものが消えた気がした。
……僕は何か間違っていたのかもしれない。
父さんに固執し過ぎて、僕は僕自身で戦えないとそれは強さではないと思っていた。
父さんもきっと、一人で何でもできるってわけじゃなかったんだ。
だから、パーティを作って、信頼できる仲間を作ったんだね。
「お前が自分のこと弱いと思ってるかもしれねえけどさ、ルルミドク相手に一人でここまで耐えきれたんだから、俺はキラは強いと思うぜ」
「私も同感だ。キラは弱くない。多分自分で想像している以上に強いと思うぞ」
「私も私もそう思う!」
僕は今まで自分のことが弱いと思っていた。
それはきっと、僕の持つ先入観と"支援魔法"の違いが原因だと思う。この魔法が他の魔法だったら、もっと理想に近かったら、こんなことは言っていなかったのかもしれない。
そして、僕は一人で戦えることが強いと思っていた。
だから僕は心のどこかで、他人任せの支援魔法は"弱い"と思っていて、その魔法しか使えない僕も、また"弱い"と思っていた。
「もし、まだお前が自分のこと弱いと思ってるなら、ここで証明しようぜ。パーティの勝利は俺の勝利でもあり、リオネにネールの勝利でもあり、キラ、お前の勝利でもある。だからここであいつに勝って証明しようぜ。俺達が、何よりお前自身が強いってことをよ!」
「そうだね。うん。分かったよ」
支援魔法はパーティで使ったら、それだけで大きな力となる。
僕が弱くたっていい。パーティで勝利を掴めば、僕は勝ったことになる。
一人で戦うことも大事だ。
だけど、絶対に一人で戦う必要はないんだ。
だから、僕は唱える。
僕の"強さ"である魔法を唱える。
「いくよ! ウガル・ライズ!」
ナイス待ちです、ルルミドク。
次回の投稿遅れます。すいません。




