スライムの使い方
ハードウルフとの戦闘後、僕等の緊張感は増した気がする。
油断なんてできない。どこから出てくるか分からない魔物相手に、常に身構えなければならない。
神経がすり減っていくような感覚は僕から体力すら奪っているかのような疲労を与える。
「キラ、やっと見つけたぞ」
「本当だ。長かったね」
「まだまだ、ここからだぜ」
僕の目の前にあるのは下に続く通路。
この通路を通れば下の階層に行ける。
僕はダンジョンに入ってから大分時間が過ぎていると感じているが、実際のところまだ一時間程度だ。
それにしてもまだ下に続くなんて考えられない。
ここが駆け出し冒険者のダンジョンなら、もっとレベルの高いダンジョンはどれだけ下に続いてるんだろう?
きっと僕の想像なんて遥かに凌駕するんだろうな。
やっぱりダンジョンは凄いや!
そして、下に続く通路が終わりを迎える。
「ここが、下の層?」
「みたいだな。上とあんまし変わんねえな。まあダンジョン内で劇的に変化されても反応に困るがな」
「もしかしたらそう言うダンジョンもあるかもしれないけどね。取り敢えず、進もうか」
僕等は下の階層の探索を始める。
発光石は相変わらず不気味に発光している。
段々この薄暗さに目が馴染んできた。
僕がそう感じていた時だ。
背後からベチャ、と言うことが聞こえてきた。
ベチャ? ダンジョン内にそんな音を鳴らすのいたっけ。
僕は後ろを振り向いて見ると、青いゼリー状の魔物がプルプルと震えていた。
「スライムだ」
「スライムだな」
「どうする?」
「どうするって、そりゃ倒すに…………いやちょっと待て。面白いこと考えたぞ」
そう言ってラギアスは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
な、何をするんだろう。変なことするのは確定だけど。
そう考えていると、ラギアスは唐突にスライムを鷲掴みする。
「な、何してるの?」
「何って、こいつを持って行くんだよ。そんでなんか出てきたら、こいつを投げつける」
スライムはさっきより激しく震えている。
それがラギアスに持たれたせいなのか、恐怖のせいなのかは分からない。
だけど、僕は心の中で一言だけ言う。
頑張れ、スライム!
ラギアスはもう止まらないだろう。だって今でもスライム持っている方の肩を回してるし。
あんまりスライムが投げつけられるのは見たくないかも。
「さて、行きますか」
「う、うん」
ラギアスは楽しそうに歩き始める。
そして、スライムを持って今か今かとその時を待っている。
スライムはラギアスの手を振りほどくため暴れているが、それも殆ど無意味に近い。
「暴れんな、持ちにくいだろ」
そう言ってラギアスは握る力を強めると、スライムはキュッと縮まる。
「そうだキラ、次またハードウルフと戦う時の作戦を立てようぜ」
「そうだね。またあんな目にあいたくないし、しっかりと作戦を立てよう」
僕の視線はラギアスの目に行ったり、スライムに行ったりしてる。
「……おい聞いてるか?」
「えっ、うん聞いてる聞いてる」
「ならいいが。じゃあ確認な。複数体の敵にあったら一匹ずつ確実にな。俺達はあくまで接近戦で戦うからな、複数体を一気に片付けるのは流石に無茶だ。敵が三体以上になったらなおさらだ」
「遠距離から攻撃できたら楽になるだろうにね」
「まあ出来ないことは仕方ない」
まあそうなんだけど。
……そう言えば、ラギアスって火属性魔法が使えたよね。
「ラギアス、火属性魔法が使えるよね?」
「まぁ、使えるが……そんなことはいい。作戦会議は終わりだ。キラ、さっさと歩こうぜ!」
話を強引に終わらせられた。なんで?
僕の疑問を無視してラギアスはずんずんと進む。
考えていても仕方がないので僕は後ろをついて行く。
しばらく無言の時が過ぎる。ダンジョン内はとても静かだ。だからこそ、その声が聞こえた。
「グルルルルル」
僕等の目の前には三体のハードウルフがいた。
相変わらず敵意満々といった感じだ。
脳裏にさっきの噛まれた時の映像が再生され、痛みを思い出す。
「……」
怖がってちゃ駄目だ。次はああならないようにすればいいだけ。
僕は深呼吸を一つして心を落ち着かせる。
そうして少しの間、ハードウルフと睨み合っていると、あちらから近づいてくる。
「さてさて、こいつを使う時がきたな」
ラギアスは嬉しそうに笑っている。
その不敵な笑みにハードウルフも若干困惑している。
なんか怖いよ、ラギアス。
「キラ見せてやるぜ! 俺の魔法をよ!」
「火属性魔法?」
「チッチッチ、そんなん生温い。今から使う魔法は、強化魔法だぜ!」
急にラギアスの体の周りに靄が出来始めた。
ゆらゆらと動くその靄から魔力のようなものが肌で感じられる。
「それが強化魔法?」
「そうだ。自分の身体能力を魔力で上げる魔法だ。基本的な強化魔法の一つで、最も使い勝手のいい強化魔法だ」
力説してくれるラギアス。
その間に、ハードウルフもラギアスの魔力を感じ取ったのか身構えている。
「それじゃあ行くぜぇ」
振りかぶるラギアス。
スライムはより一層激しく震えている。
スライム…………。
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
雄叫びとともに身体強化したラギアスの腕が振られ、スライムが放たれる。
ス、スライムゥゥゥゥゥゥ!!
投げられたスライムはハードウルフに激突、そのままハードウルフを後方に吹っ飛ばした。
ベチャっていう音なかなか生々しい音だな。
てか、スライム強っ!? そんなに威力出るの。飛んでったハードウルフが動いてないよ!?
スライム弱いとか言ってすいませんでした!
「さて、二対二だ。これで有利になるだろ」
仲間が飛ばされたことに驚いているハードウルフは硬直している。
ラギアスはハードウルフに肉薄する。その速度は今までより速い。
ラギアスの大剣で一体のハードウルフを肉塊にする。
「もう一体は任した」
僕は言われた通り、仲間が倒されたことに気を取られているハードウルフに突きを繰り出す。
その突きはハードウルフを穿ち、絶命させた。
「ふぅ」
一息吐くと、ラギアスが纏っていた靄が霧散した。
「やっぱまだ慣れねぇな。魔力の消費量が大きい」
「でも凄いよ! あんなのが出来るなら早くやってたらよかったのに!」
でも、あれを使ってたら僕の支援魔法の意味がなくなるんじゃ……。
「そうしたかったんだが、慣れてないせいか魔力の消費量が大きいせいで非効率だし、何より展開できる時間がまだまだ短い」
見た感じ魔力を体全体に纏って動いてるって感じだから、その状態を保ったま動くのは相当難しいんだろうな。
「まあ使わずに攻略なんて無理だろうから使って行くがな」
「程々にね。ラギアスが動けなくなったらどうしようもないから」
僕だって多少は戦えるけど、ラギアス程の戦闘力はない。基本は僕は後衛支援するしかない。だから、ラギアスが動かなくなってしまうのは命にも関わる。
「大丈夫大丈夫、そこまで俺も馬鹿じゃねえよ」
そうであると信じたいね。
「なんか言ったか?」
「ううん、なにも言ってないよ! それより剥ぎ取りしようよ。僕は奥のハードウルフから剥ぎ取ってくるから」
僕はスライムに吹っ飛ばされたハードウルフに近づく。
凄い、本当に死んでる。スライム凄い。
僕はハードウルフの牙を取る。この牙は結構硬くて武器なんかに加工されたりする。
後は魔石だけど……なさそうかな。
剥ぎ取りが終わると同時にラギアスが近づいてくる。
「どうだ?」
「魔石はなかったよ。そっちは?」
「ハードウルフの牙と、後魔石が一個だ。まあまあってとこだな」
「全員魔石持ちだったら大変だよ」
僕は立ち上がり、ラギアスの確認を取ってから先に進む。
その後、僕等は何度かスライムやゴブリン、ハードウルフと遭遇した。
そして、スライムは毎回……ここから先は言わない方がいいかも。
そうして幾多の戦闘を乗り越え、僕等は辿り着いた。
このダンジョンの最深部に。




