契約
明朝7時半過ぎ。
学校も休みなのにもかかわらず黒木勇は制服を着てロイヤル棟の屋上に来ていた。
むろん、同伴者として愛瑠レナも同行していた。
勇は眠い眼をこすりながら必死で眠気を堪えて屋上の扉を開く。
強い日差しが照りつけてソーラーパネルが日差しを反射する。
反射された日の光を顔面に受けてユウは呻く声をもらしながら顔を覆い隠す。
「あらあら、普段から漆黒に埋める男は光は苦手みたいね」
皮肉な言葉が屋上の中央から聞こえてくる。
その中央を見つめると例のごとく、待ち合わせにしっかりと彼女、崎守雪菜はいた。
カフェチェアに座り、机の上にはティーセットが置かれて優雅に朝のティータイムを楽しんでいた。
「待たせたようだな」
「ええ、呼び付けておいて待ちくたびれたこの気持ちをどう汚名返上してくれるの?」
「傭兵としての役職を担うということでどうかな?」
「あら、思ってもいなかった提案だわ」
「うそを言うなっての。昨晩、俺が待ち合わせを指定した時から気付いてだろうに」
ユウは彼女の含み笑いをジト眼で見ながら対面してティーチェアに座る。その横に当たり前のようにレナも腰かけた。
「本題を話せよ。あんたは『cybarz社』の何を知ってる? そして、どうしてそこまでして『cybarz社』にこだわる? 今回の事件で俺を雇用するにはその意図があるんだろう? たとえば妹のこととかな」
一瞬、彼女の態度が硬直した。
徐々に彼女は口元を引きつらせる。
「フフッ、やっぱりキレ者じゃない」
「キレ者じゃねぇよ。俺は学園のみんなが知ってる通りの劣等生だぜ」
などとユウが偉ぶったような口調で話すがほめられたようなことじゃないのは明白だった。
だが、その態度は別に鼻につくわけでもなく彼女は笑って返した。
「いいわ。教えてあげる。あなたの言うように私が個人的に捜査してるのは妹のこと」
彼女は一拍置いて続きを話した。
「この件は1年前の空撃ち殺人からよ。あの事件はただのAI暴走で終わった。結果的に多くの死者が出て妹もその犠牲者になった。だけど、その事件で不可解なことがあった。それは死体」
「死体?」
「死体の一部がなかった。銃撃により損傷なら手足がなくなることはない。けど、死体の中にはそう言ったものが数多くあって頭部がないものもあった。それに、中には腕だけって場合もね」
その話を聞いてユウは頭の中で不審な活動をする『警備ドローン』の存在がよぎる。
彼女は知ってるのだ。
「私はすぐに事件調査をした。そしたら、いつの間にか事件は私が解決した扱いとなりAIの暴走事件で終了。私は納得いかず上層部に言ったわ」
結果はわすれろ。と語る彼女。
「私は裏の存在を確信した。そして、『cybarz社』がかかわってることを知ってしまった。警察が手出しをできない唯一の存在」
「『cybarz社』を倒したいのか?」
「倒したいわよ! あなたも知ってるんでしょ! 彼らが行ってること! 彼らは――」
ユウは咄嗟に彼女の口をふさいだ。
彼女はその手を振り払いう厳しい目で睨んだがユウはそっと耳打ちする。
「この街はどこでも彼らが見張り盗聴してる可能性もある。だから、不用意な発言はするな」
「っ!」
しばらくして、彼女はおとなしくなると呼吸をおちつかせて『cybarz社』という言葉を無くす。
それを奴らという単語に置き換え始めた。
「奴らが『妖獣』を捕獲して何かしてるのも知ってるの。だからこそ、奴らを倒せばこの街の治安も元に戻るんじゃないの?」
「そうだな。それはあってる」
雪菜の表情は衝撃を受けたように大きく瞳が見開いていた。
崎守雪菜は手元を操作し始めた。添付ファイルがレナとユウの端末それぞれに贈られた。
二人して起動してファイルを立ち上げるとそれはあまりにもおぞましい写真だった。
「これはなんだ?」
「私が入手したどこかの研究所の映像。人にAI装置を埋めつけた実験映像みたい。なんで、こんなことをするのかわからない。この後の映像は途切れてなにがあったのかは分からないけど尋常ない苦しみを味わってる」
それはあまりにも科学の分野からはかけ離れた様な写真だった。
幾何学模様が描かれた床面、その上にAI装置を人に埋め込んでる科学者たち。
その足場の模様はファンタジー小説などで見られる魔方陣のように見えた。
「こんなものよく入手できたな」
「警察官ならではで独自ルートを使って機密ファイルを入手したの。これを見てわかるでしょ。『cybarz社』は非科学と科学を融合させる実験を繰り返してる」
彼女の言葉に対して驚きはしなかった。
なぜならユウはそのことを少なからず気づいてはいたのだ。
彼らが何をしていたのか。
(ここまで気付いたこの女はすげぇな)
ユウが雪菜を過大に評価した時である。
ユウはおもわず口から出てしまう。
「危険な産物の実験か――」
という言葉を口にしていたのでつい結果を早まって言葉にした。
「え」
ユウが復唱した言葉に彼女はこちらを見た。
『cybarz社』がある怪物を生み出したのであり別に自然的に生まれた生き物ってわけじゃないという証拠とは気付いてさえいなかったのにそれを示唆するような発言を今自分がしてしまった。
「今のどういう意味? 危険な産物って何よ?」
「なんでもねぇ」
「答えて!」
彼女の切迫した声はひどく切ない。
ユウも決してこの知ってる情報が確定的とは言えないのでいうことをためらった。
「しゃべるつもりはないってこと?」
「今はまだいえない。それに確定した事実でもないし証拠もまだそろっていないからな。だけど、この映像は確かに『cybarz社』が行ってることだ」
ユウがそう言った時に彼女は顔を押さえてふさぎこんだ。
そして――、涙交じりの声でユウを責めるように言った。
「その顔何か知ってたのね」
「ああ、知ってたさ」
「だったら、何で世間に公表しようとしないの!」
「知ってるだろう? 『cybarz社』は街の全システムを管理してる。この『ニューワーカー』にしてもそう。街の電力のすべてを牛耳ってる。財政も。その彼らが非合法な実験を行ってるということを誰がとがめられる? 警視総監である君の父もこの事実を知ってなお黙秘をして彼らを見逃してきてるんだろう」
「っ!」
やはりそうだった。
彼女は真っ先にユウを頼ったのはおかしいとユウは思った。
犯罪者ではなく正義のトップを頼るべきはずがそうとはせず彼女はユウを頼る行為をした。それは彼女が一度父に申告したからだ。だが、結果として証拠がない、そんなことをいうなと黙秘を行使させられたのだろう。
「いいか、世間に公表してももみ消されるんだ。だから、俺は公表せず戦い続け奴らの行動を阻害している」
「じゃあ、何? 今は彼らの行動を阻害するしか方法はないって言うの?」
ユウは首を振った。
「いいや。違う。今回俺が君の話に承諾したのはこれが理由だ。もし、君の警察と言う力が後ろ盾に就けば俺の行動も大きく変わる。奴らの研究所にだってうまくいけば忍び込める」
彼女はしばし、言葉を失った。
「研究所に潜入? 何処にあるのかもわからないのよ!」
ユウはそのまま席を立ちあがりレナも同伴して歩いていく。
「ちょっと、何処に行くのよ!」
「ついてこいよ。研究所の情報を得られる場所がある」