依頼
黒木勇は今は『黒衣者』としての黒衣の服装に身を包み『富裕区』の裏通りを歩いていた。
裏通りは変わらずにがらんどうな通り道であり人相の悪い金持ちのぼんぼんどもの巣窟だった。
その裏通りを歩くのも『黒衣者』としての役目を探すためだった。
この街において『二番目』に悪人が逃げ込んだり悪さをするのにはもってこいな一つの通りでは日々事件が起る。二番目というのはより巨大な悪の巣窟の場所が存在するからだ。
『電脳都市』にはまだここは安全な通り道。
昨晩に起きた事件もまた裏通りを経由した『妖獣』が少年を捕獲してあの工場跡地で捕食したのである。
「よう、兄ちゃん。金をよこしな」
「にしし」
「ほーら、出せ」
現代でも昔も変化のないがらの悪い不良が金をゆするようにしてナイフで脅してくる。
冷めた目つきでユウは3人を眺めてから無視を決めて3人の間を強引に通って行こうとする。
「おい、ちょっと待てよ」
「急いでるんだ。怪我をしたくなかったらそこをどけ」
「あん? 立場が分かってんのか!」
ナイフを振りあげるがらの悪い金髪ピアス男の腕を軽々と掴む。
男はぎょっとしたような顔でユウのことを見た。そのナイフを握りしめた手を遠方から放たれた矢が射抜いて撃ち落とす。
打ち抜いたのはユウの相棒のレナである。
「あぎゃぁ!」
「コイツ、仲間がいるのか!」
「しかも狙撃主! 逃げるぞ!」
3人が尻尾を巻いて逃げかえっていくのを見送る。すると、3人の前に巨大な四足歩行型の獣が現れた。
全長は10メートル。おおよそ犬のような造形をしているが鋭い牙と爪や二股の尾の先端についた刃が犬とは縁遠い存在感をあらわにする。
「『妖獣!』」
「うそだろぉ!」
「ついてねぇし!」
3人が立ち止った。逃げれば助かるはずだが3人は足がすくみ動けない様子だった。
ユウは懐から拳銃を取り出した。
ベレッタ92FS INOX。ベレッタ社で製造開発された92FSのステンレス版である。
INOXは非酸化性を意味するフランス語の「inoxidable」から名付けられ、「ステンレス」の意味をすることで知られる。
ステンレス製のその拳銃をユウは改造や改良を施し弾数が15発のところを20発の増量に威力の底上げをしていた。
銃口を『妖獣』に向けた時に脳裏に放課後の会話がフラッシュバックして来た。
『あなたは何のために『黒衣者』として戦うの?』
その結果、『妖獣』の顔をかすめて威嚇射撃をすることになったが結果としては『妖獣』を撤退させた。
ほっと安堵の息をついて拳銃をしまう。3人組は逃げていく後姿をほっと安堵の息をつぶやきながら見つめたが次の時だった。上空から何かが3人に向けて砲撃されて3人は木端微塵に吹き飛んだ。
そして、その砲撃者の『警備ドローン』は何事もなかったかのように3人の死体を回収し始める。
「なんてことをしてんだ! この野郎!」
ユウは怒りに吠えて『警備ドローン』に向けて銃弾を放った。ドローンが木端微塵になった。
あとから『妖獣』の遠吠えと言うよりも鳴き声が聞こえた。
茫然と3人の亡骸を見てデバイスに連絡が入りすぐに着信に応答する。
「どうしたレナ? 今胸糞悪いんだが」
『逃がした『妖獣』だけどAIに捕られた。『cybarz社』また何かする気だよ」
「そうか。情報サンキュ」
ユウは通話を打ち切って空を見上げた。夜空の星星の光に照らされて1基のドローンを見た。
銃火器搭載のAIの警備ドローンだと窺えた。ドローンの装甲表面には『cybarz』とロゴの社名が記載されていた。3人の死体を新たに回収しに来たドローンだとわかった。
さらに背後のAI搭載機型ロボットの存在に気付いた。
「コクイシャハッケン。サイバーズシャシークレットケンゲンデホバクスル」
「お前らはそうやって次から次へとしつこいんだよ! いいかげんに消えろぉ!」
歯噛みすると銃弾を射ち放ちながら即座にその場から逃げ出しつつ放課後の記憶を振り返るようにして思い出した。
******
「傭兵? ボディーガード? 陰謀だと?」
「そうよ。私専属の」
「なんの冗談だ?」
「冗談? 冗談なんて言ってるつもりはないわよ」
あまりにも突発的な申し出には頭を押さえた。
なにか裏の意図を勘繰る。
しかし、彼女の表情を見るからに裏を感じたりはしない。
「もちろん、報酬も弾む」
「待てよ。警察の関係者の娘が犯罪者を雇うってどうかしてるぞ? 雇って本当は逮捕するって魂胆じゃないのか? それに『cybarz社』を守る側の立場の奴が「cybarz社」を犯罪者呼ばわりとは穏やかじゃないな」
「もし、あなたを捕まえる気ならもうこの場で逮捕してるわよ。あなたとレナさんをね。それに、冗談でもなく『cybarz社』を犯罪者呼ばわりすると思う?」
「……だったら、なんだ?」
彼女は両手をあげてやれやれと言ったように首を振って嘆息した。
「話をしたじゃない。あなたも理解してること。『妖獣』は警察では太刀打ちできない。それに対抗できる手段をもってるのはあなただけ。『黒衣者』黒木勇。それならば、プライドを捨ててでも私はあなたを雇う」
「それって警察として雇うのかそれともあんた個人がか?」
「警察としては雇えないから個人ね。第一、私もこの世の中にはイライラしてるのよ。それに言ったように『cybarz社』にちょっとした疑問を抱いて個人的に捜査活動してるわ。その為には実力ある人材がほしいの。警察では役に立たないからね」
彼女の言い分はウソは混じってはいないことは様子を見て理解する。
「どうして『cybarz社』を疑う?」
「『cybarz社』現社会においてすべてのAIシステムなどを技術開発し世界のシステムを管理運営してる大手名門会社。そう、あなたのお姉さんがその会社の社長の養女ともなったはずだったかしら」
「っ!」
ここで出てきた例の会社にユウは乾ききった喉を唾でうるおすかのように飲み込んだ。
震えた手でティーカップに手を伸ばし一口紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせようとする。
「その様子あなたも『cybarz社』を何か怪しいと思ったりしてるんでしょ?」
「さぁな」
崎守雪菜は数秒間黙ってこっちをじっと観察し続けた。
しばらくして「はぁー」と吐息をこぼす。
「聞いてもいいかしら?」
「なんだ?」
「あなたは何のために『黒衣者』として戦うの?」
「…………」
「黒衣者の主な活動は悪事を止めることだけど、実際は『妖獣』や『警備ドローン』の破壊が大半。まるで、悪事を守る側のドローンまで壊す必要はないのに壊してる。あなたは知ってるんじゃないの?『cybarz社』の陰謀」
『cybarz社』がなぜ、『妖獣』にも関係してるのか。
それは彼らが日夜『警備ドローン』を使い『妖獣』から街を守るこいう名目で『妖獣』の死体回収や人をわざと『妖獣』に殺させたり、自らで人を生け捕りにしてる事例があるからだった。
生け捕りにした人や死体の『妖獣』がそのあとどうなったかは世間では知られていない。
それを知るユウは悔しい思いですこしでも反旗を翻して彼らよりも先に『妖獣』を仕留めていた。
その真実を、今の雪菜には伝えてはいないがユウが『cybarz社』に追われている要因でもあるのは真実を知るからなのが大きい。
さらに、彼女に真実を伝えない要因はまだ彼女がどちら側か判別しにくいからである。
「何を知ってるの? 『cybarz社』は何をしてるの? もしやあなたのお姉さんと何か関係があるの? だからあなたは――」
その途端レナが紅茶のカップを持ち上げて中身を彼女にぶちまけて浴びせた。
髪から雫が滴り落ちていく彼女のかわいそうな姿をみつめてユウはレナに文句を言おうとした直後にその手をひかれ屋上を出ていく。
「れ、レナ!」
「これ以上付き合うのはダメだよユウ。もう、帰ろう」
「おい! 帰るってどうせ居所だって知られて――」
「もう一つの拠点に帰ればいい」
「基地か」
そのままユウとレナは秘密の基地へと向かった。
結局、話の続きは打ち切られたのであった。
*****
あれからユウはどうにかAIから逃げおおせて『基地』と呼称する住処に来ていた。
その場所があるのは閑散とした影のような集合住宅の一角だ。
否、それが住宅とさしてよいものかどうか。
まばらに人が居住してるけれども窓は割れて風通りの良いおんぼろの廃墟のような家々。
路上に屯うようにして麻薬を吸う薬ちゅう共。
ここは貧民――正しくは犯罪者の住宅地帯だった。
数十年前に科学実験により放射性物質の異常な検地にかかったと街の上層部が街の市民に公表し、区内全域は隔離されていた。
昨日の裏道通りとはまた別種の悪の街。それにここは昔馴染みの構造建築がまだ残る貴重な場所でもある。昨日の裏道通りただの路地裏とは違う。
当初、この放射実験の名残で危険であり、ありとあらゆる犯罪者が逃げてくるのに利用してる。『隔離区』と呼称され曰くある場所。
『基地』に入ると早速レナが出迎えた。
「おかえりあなた。ごはんにする私にする、それとも私?」
「夕食の準備をしていてくれたのか、サンキューな」
「華麗にスルーされた。でも、私は普通に夕食の準備をしていてくれたことをほめられてうれしい」
レナのいつも通りの対応にどことなく安堵をしてしまい先ほどの憎たらしい光景さえ吹っ飛んだ。
キッチンの洗面所で軽く手洗いにうがいを済ませてダイニングの席につく。
色とりどりの野菜サラダに肉厚ジューシーでほくほくした野菜たちが一緒になって入ったビーフシチュー、ご飯。
どの料理もインスタント食品に少し手を加えたようなものだったがそれでもありがたいことには変わらず手を合わせて食事をした。
食事を終えて、すべての食器を片づけた後にリビングのソファで隣り合わせに座ったユウとレナ。
レナがユウに目を合わせて口を開いた。
「今日はいつものユウらしくなかった」
「…………」
「もしや、放課後のこと気にしてるユウ?」
「そんなことねぇよ」
「なら、百発百中のユウがあの場で外さない」
「…………」
嘘を見抜かれてしまいたまらずに黙り込んでしまう。
レナはそれをわかっていてもそれ以上言及はしなかった。だが、かわりに過去のことを語りだした。
「覚えてる? 私が初めてユウとあった時」
「ああ」
「あの時の私は誰も信用できなくって対人恐怖症だった。孤児院に来ても誰とも口を聞かない。だから、まわりもよってこようとはせず扱いに困ってた」
ユウも遠い過去を振り返るようにして思い出す。
あの懐かしい『数馬孤児院』の出来事。今はもうないがレナと初めてであった孤児院と言う名の養護施設。ユウとユウの姉の真紀、茜が3人仲良く遊んでいた時期にひょっこりと新たな子として院にやってきたすべてに絶望しきったような表情をしたかわいそうな綺麗な女の子。
まわりが接触を拒み、彼女も避けていたがユウはそんな空気もお構いなしに積極的に彼女に話をかけた。
「俺あの最初のときなんて言ったっけ?」
「『そんな綺麗な顔してるんだから隅っこいたらもったいないよ。みんなの人気者になろうよ。僕も協力するからって』」
「うえぇ? マジでそんなキモイこと言ってたのか?」
「キモくない。ユウらしくってかっこいい」
「レナの俺に対する過大評価は困るぞ」
「……でもね、あの時のその言葉で私はちょっとだけすくわれた。こんな自ら人と接触を避けた私に手を差し伸べてくる。それに協力するなんて言葉を始めて言われた」
「…………」
「だからね、ユウ。私はあなたと再会した時にあなたから姉の死亡した経緯や両親の研究の悪用されてることの捜査の協力をしてくれって言われた時に私は恩義を返そうと思った」
レナの強い思いの言葉を聞いてユウも両親との話じゃれから姉との別れを思い出してしまう。
「俺も当初は自力で捜索していただけだった。その内に姉の死は何かの実験の事故によるものだと知った。しかも、両親が『cybarz社』とかかわっていたことや『cybarz社』が研究を悪用して『妖獣』を生み出したことを知って俺は絶望した。だけど、ある時に『数馬孤児院』のことがよみがえった。それで、たまたま昔の友人に会いたくなっただけで久遠時さんの伝手で会いに行ってしまった」
そのあとにユウはレナと再会した。愛瑠家は大手ベンチャー企業の社長の家の侍女一家として知られる家であり、レナはその両親の娘になってた。
彼女の将来は決まっていた。その大手ベンチャー企業の侍女になること。
レナはそれを別に何とも思ってはいなかった。あった時も。
「レナが俺の気持ちを気付いて聞きだされたな。それで、レナはそう言ったんだった。協力するって」
「そう、ユウは私の旦那にしたかったし恩返しもしたかったから決めた」
「はは。でも、それが良い気かっけになった。成城ロイヤルガーディアンスクールに通う」
当時のユウは学園には見嶋茜という孤児院の同期の幼馴染もいたこともしってさらに入学する意欲がわいていた。これもユウの支援者の貢献が大きい。
レナとこれを気に入学試験を一緒に受けたのだった。
「ユウの決断したことなら私反対しない」
「え」
「彼女のことで悩んでる」
「悩むとは違うよ。ただ、気にかかってるんだ」
「気にかかる?」
「そう。俺のことをあそこまで知って信頼する彼女のことがね。信用してもいいのか」
「っ! ユウそれって彼女が好きになった?」
「はぁ!? なんで、そうなる! 違う。仕事の話だよ」
「安心した。言い方がまるで恋する人の口調」
「なんだそりゃ?」
ユウは携帯を捜査して崎守雪菜のプロフィールを見てみる。
「妹がいたのか」
「いたみたいだよ。でも、死んでる。1年前にAIの暴走で」
「1年前!? そうか、空撃ち殺人か……。まさか、あの事件も奴らが関係してるのか? だから彼女は個人的に捜査活動してる? 理由はこれか」
「ユウ?」
ユウはそれをみてどうにも同情心がわきあがった。
レナが身を寄せてくる体をどかして立ち上がるとデバイスを操作する。
リビングから出て相手の応対を待つ。
『もしもし、崎守雪菜です』
「俺だ。明日の朝、同じ場所で件の傭兵の話の続きがしたい」




