崎守雪菜 後編
ロイヤル棟屋上。
広々としたフラワーガーデニングとソーラーパネルがある屋上。
ガーディアン棟とは全く違った。ガーディアン棟は物が一切ない殺風景な場所に対してこっちはごちゃごちゃとしておりフラワーガデニングと兼備して屋外テラスも備え付けられている。
いつでもお嬢様やお坊ちゃまが屋上で休息を楽しめるようにあつらえた環境であった。
その屋上の中央にひっそりとカフェチェアに座って紅茶を嗜む夕日に溶け込むようにしてきらびやかに輝く赤い髪が目立つ美女。
「やっと来たようね。待ちくたびれたわ」
そっと、紅茶のカップを置いてこちらに振り返る崎守雪菜。
彼女は薄ら笑みを浮かべ、その笑みを見せられてどきりとユウは鼓動が高鳴った。
すぐに頭を振ってユウは冷静な思考に切り替える。
「ん? そちらはどなたかしら? あなた一人でできれば来てほしかったのだけど」
「どうも、こんにちは。崎守雪菜お嬢様。私は黒木優の妻の愛瑠レナです」
「おい、さらりと嘘をつくなレナ。コイツは愛瑠レナ。俺の友達だ」
軽い自己紹介を済ませると彼女は含み笑いを浮かべた。
「そう、あなたがレナさんね。へぇー」
「ん?」
何か知ったかのような顔にユウは小首をかしげて彼女を疑い深く睨む。
「そこで立ってないでこちらにどうぞ」
席にご着席を促されてレナと一緒に席へ座る。対面する形で彼女と向き合いながら緊張の表情を浮かべると彼女はティーセットをテーブルの上に出して紅茶を差し出してくれた。
「最高級の茶葉を使ったアールグレイよ。どうぞ」
少々、疑う。紅茶に毒でも入ってるのではないかと考えて軽く指先で紅茶を触れて舌でなめた。
「毒をうたがってるの? ずいぶんと劣等生にして注意深いわね『黒衣者』」
「っ!」
ふと、紅茶の取っ手に触れた手が止まり彼女に視線を向けて殺気を際立たせる。
隣のレナも腰に手を添えて短刀を取り出そうとしていたがユウはレナの手を掴みその挙動を止めていた。
「俺のことについてもう知ってるだろうことは朝のことで薄々は気付いていたがこうも真正面から断言されて言われると焦るね」
「ふふっ、焦る? 表情にはそうは見えないけど?」
「……で、どうする? あんたは現役の警察の捜査官なんだろ? 逮捕するか?」
彼女は紅茶を一口飲んで、一呼吸置く。
「いいえ。しないわ」
「なに?」
「こっちにも事情があるの。まずはお互いがどこまで互いのことを知ってるのか情報提示といかないかしら?」
「情報提示?」
「ええ」
妙な提案に疑心が生まれてユウは観察して彼女の考えを読もうとする。
「そんな疑うようなまなざしはやめてちょうだい。何も考えてないと言えばうそになるけど逮捕はしないし警察にも連絡はしていないから安心して」
「証拠は?」
「証拠ねぇ、なら、あなたの相棒の『コキュートス』に警察に連絡してるかしてないか私のニューワーカーにハックでもして調べさせたらいいんじゃない?」
唐突に彼女はレナに視線を向けた。
それ以前に『コキュートス』と口にした単語がユウとレナを驚かせた。
『コキュートス』はレナがシステムをハッキングするために使うコード名のようなものだった。
「巷で有名な『コキュートス』。ありとあらゆるAIシステムを混乱させ内部からウィルスで破壊するという手段を講じる謎の天才ハッカー。まさか、そんな人物が同じ学園にいたなんて驚いたわ」
「どこまで調べてるんだ? 俺のことやレナのことを」
「それを兼ねてだから情報の提示をしようと言ってるのだけどね」
ユウはこれには先手を打たれて彼女の提案に乗っからざるえない状況だった。
相手がしかし、嘘の提示をするとも限らないわけでもあるから少々考えさせられる局面でもあった。
「ユウどうする? 私は今この場で彼女を殺すのを希望する。ユウと私の将来のためにコイツは害悪でしかない」
「落ち着け。ここは学園だ。彼女はしかもロイヤルの生徒。立場上彼女が死亡したと知ったら大事になる」
「だったらどうするユウ?」
レナとひそひそと耳打ちで会話をしながら彼女の様子を伺った。
「早く決めてくれない? 私結構短気なのよ」
「はぁー、わかったよ。提示をし合おう。どうやら、そっちは俺とレナが協力関係にあるってのも周知の事実なんだろ?」
「ええ」
「なら、俺たちからのあんたのことで調べた情報を提示しよう」
ユウはレナに目くばせした。レナはすぐに自分の端末デバイスを操作を行い空間に投影ディスプレイを映し出す。彼女、崎守雪菜のプロフィールがずらりと出てきた。
「崎守雪菜18歳、成城ロイヤルガーディアンスクールの第3学年のロイヤル。趣味はなし。特技は剣術、スリーサイズは同じ女としてふせてあげる。財閥界のエリートの母親と現警視総監の父親をもつ、娘にして現役の警察の特別捜査官。主に捜査内容の事件には『妖獣』の事件にAIがらみの事件を取り扱う。過去に幾度か解決した事件もあり。主な事件は1年前に起きたAIの空爆テロ事件――通称――空撃ち殺人」
ざらりと提示した詳細にユウの知らない個所まで含まれていた。
いつ調べたのかはわからないがユウはレナの情報収集スキルに関心を抱く。
(しかし、驚いた。空撃ちの解決者だったのか)
空撃ち殺人――1年前に突如として『電脳都市』の中枢である『電脳議事堂』、この町の政府高官が集う国会議事堂のような場所に護衛のAI搭載型護衛ロボットが暴走と言うよりも自我をもって反旗を翻した。
街の区長や議員を人質にとり仲間のAIドローンと連携を取って町に銃火器を搭載した飛行機を操作して銃弾の雨を降らせた。地上ではAIが銃器を振りまわして殺戮して上下からの銃弾で多くの人が死んでいった。
最後は議事堂に飛行機を墜落させて爆破させた。
そのあとに多くの警察官のもとで安全状況を確保した。しかも、その安全状況の確保の作戦の指揮立案者は女性捜査官とネットでは噂されていた。
報道ではその手の話はされてはいないが事実はわからない。
「懐かしいわね。まぁ、あの事件でAIに対しての管理プログラムの執行がなされてるし大分世界の情勢は変わってきてるけど警察は大忙し。手が回らない状態。それを民間人は役立たずだとののしる。本当にクソッたれな話よ。それなのに、あんたらは私たちの仕事を奪い取って正義者扱いされるって不公平じゃないかしらね?」
「でも、事実警察は役立たず。『妖獣』を倒せず『AI』も壊さず保護管理下に置くしかしない。さらに事件の元凶を作ったともいえるAIの導入したドローンで監視網を敷くのか」
「仕方ないでしょ? 『妖獣』を倒す方法は見つからない。AIに至っては現代において最も重要なものなんだから。彼らがいるからシステムが駆動したりできてるのよ」
AI――人工知能と言われている昔からのコンピューター技術。
そのAIが現代ではロボットや警備ドローンなどに搭載されたり世界のシステムを動かす根幹に搭載もされている。
AI同士はつながってる面もあったりするので一つを破壊するとどれか一部機能に障害が生じる危険性もあるとされていたりして危険視されていて現状取扱注意状態だった。
特にAIが現代では自我をもち始めてしまい暴走状態になることもたびたびある。それが厄介なことであり現代の悩みの種の一つでもある。
「レナ落ち着け。それより、こっちの提示はレナが提示した情報しか知らない。次は崎守お嬢、あなたの番だ」
ずらっと提示されるユウとレナのプロフィール趣味とくぎまでずらりと記載されており、ユウの過去の事件に関することまであった。
「調べて驚いたわ。黒木勇。あなたの経歴は驚くべき悲惨なものだった。過去に有名な科学者だった両親を失い、唯一の肉親の姉と孤児院で暮らす。その孤児院ではずいぶんと楽しい暮らしだったんでしょうね。レナさんやこの学園にいる見嶋茜さんと同じ孤児院だったみたいだしね」
ちらりとレナに彼女は目を向けた。レナは表情を何一つ変えはしない。
「しかし、その孤児院もお金の問題で廃止。すぐに全員が里親へ。レナさんは愛瑠家に。驚いたのはこの人、見嶋茜さんね。財閥界を観測する久遠時家の侍女家系の見嶋家に引き取られた。そして、あなたの姉はこの街の根幹のAIシステムや街の警備するAIドローンを作った会社の社長の娘になった」
ユウは口をつぐんだ。
なにも思い出したくもない過去がどんどんと彼女の口から出てくる。
「最後に残ったあなたは里親におくられる前に孤児院を脱走。廃墟の街である『隔離区』を転々としていたところを脱走から1年後警察に補導された。その時にあなたはおおよそ姉の死を知った」
「っ!」
「卑屈な話ね。そのまま新しい孤児院に贈られたがなじめない生活を送り続け、15になってすぐに自立をするために高級住宅地で移住を確約された役職にも就けるラッキーな学校へ入学。そう、この学校に。 まぁ、事情はどうあれ黒木勇はここまでの情報ね。愛瑠レナは里親に引き取られた後に普通に平和に暮らしてたみたいだけどどういうわけか突然にこの学校へ入学を希望した。それは黒木君の存在を知ったからかしらね? 偶然どこかでこの学校にいることを」
「崎守お嬢様、いえ、崎守あなたになにがわかる! ユウのなにがわかる!」
レナが怒りをぶちまけて叫びをあげて腰に携えた短刀を引き抜いて飛びかかった。
彼女の喉元を狙った軌道。ユウが叫び彼女の手に伸ばす手。
間に合うはずもない。
「やめろ! レナぁああ!」
小気味良い金属音が耳で鳴った。
レナの短刀はよく見ると崎守雪菜が取り出した短剣で受け止められていた。
「調べたならわかってるわね。私は剣術が特技。今の攻撃なら防げるわ。それに現役の捜査官。人の見る目はあるの」
「くっ!」
レナは一度短刀を引っ込めておとなしく座りなおす。
ホッと胸を撫でおろす。
「レナ、落ち着け。お前がキレてどうする?」
「だって、コイツユウの気持ちを考えないでずばずばと言いたい放題」
「言いたい放題ってわけでもねェ。第一情報の提示をしたんだ。彼女に悪気はない」
ユウは至って冷静に返した。
心中は決して穏やかとは言えなかった。過去を洗いざらいほじくり返されてそれも嫌な過去を憐れむようにしていちいち口に出すのは神経を逆なでされるかのような想いだった。
「それで崎守お嬢はその俺がどうして『黒衣者』だって思ったんだ?」
「簡単な話よ。昨晩の事件現場におちていた学生証カードと監視カメラ映像が決定的証拠」
「じゃあ、俺があの日あの場所でちょっとバイトで立ち寄っただけだとしたら?」
「うそね。あの場所はもう工場として機能していない工場跡地。空き倉庫。あんな場所でなにをするの? そもそも、現在の黒木勇、あなたにはバイトをする余裕がない。学生でいられる余裕すらない出席日数不足を補うための補講のこととかでね」
「ふぅー、ごめいとうだ。俺が『黒衣者』だ」
レナがユウに訴えかけるように声を駆けたがユウは口止めを手で行い彼女の最初の言葉を思い出して探りを入れた。
「それで、最初に言っていたな。俺を逮捕する気はないって? それはなんでだ? 俺に何かをさせたいからなんじゃないか?」
「やはりあなたはキレ者ね。普段の学校の授業では常に平均で訓練授業も平均。それなのにさっきからあなたは物事を常に冷静に対処して私を観察して話してる。一瞬の隙も見あたらない」
「俺がキレ者? 馬鹿言うなよ。それは過信だ。んで、単刀直入に話したらどうだよ? なにをさせたいのか?」
「いいわ。単刀直入に言うわね。あなた、私に雇われてみないかしら? そう、ボディガードとして傭兵としてね。そして、一緒に――」
勇はその続きの言葉を聞いた時、おもわず間抜けな声を出してしまう。
「私と『cybarz社』の陰謀を暴いて頂戴」
「は?」
おもわぬ申し出にユウは素っ頓狂な声を出した。