逃亡と黒木の研究
崎守雪菜と黒木勇は一緒に地上へ決死の脱出を果たした。
瓦解する屋敷を後ろ手に見てから、目の前の恐怖の光景を目の当たりにした。
あたりが肉塊と血、そして『妖獣』の大群という怖気が走るおぞましい場面。
雪菜は屋敷に入る直前まではここまでひどくなかったことを勇に言った。
勇は喉を引きつらせて舌打ちをする。
「とにかく、あいつらは俺らをここから逃がしは死ねぇだろうな」
『妖獣』の眼は肉食の獣が獲物を見つけたソレ。
彼らは涎を滴らせ、血の臭気を吐きだしながら牙をむく。
一体の妖獣が飛びかかると雪菜を庇い、勇は自力で前に飛び出し懐からカプセルを取り出しそれを飛びかかったライオンに酷似した姿の妖獣に向けて放った。妖獣の顔面でカプセルは爆散し妖獣の顔面を溶かし始めた。
勇が放ったのは対妖獣用の溶解剤。『妖獣』はたちまち悶え苦しみながら足を崩しその場に倒れた。
「この溶解剤は一個だけしかねェ。あとはどうにかして逃げるぞ!」
一体を倒して生まれたわずか通り道を彼女の手を引いて駆けだした。
勇は後ろを振り返り、前を見て、左右を見る。それはある人物を探していた。
木藤親子、星宮香苗と久遠時名花である。
まず、一度も出食わしてはいない存在が久遠時名花。
雪菜からの話でユウは彼女が屋敷内にいると聞いていた。見当たらないからといってそれが嘘だとは思ってはいない。なぜならば、見嶋茜がいた理由にはならない。
今、雪菜の肩に担がれた彼女がココに一人で来るはずはないし、彼女は久遠時名花の同伴者として事前調査で調べたリストにも載っていた。
「やっぱりいねえ」
門を抜け出して大通りをかけ出しながら最後の確認で屋敷側を見続けた。
『妖獣』の大群が押し寄せてくるのも見えた。
「いないって誰?」
「久遠時名花に木藤親子、星宮香苗もだな。木藤親子の木藤栄治は死体を担いでるからそう遠くには逃げられないはずなんだ」
「木藤は私も中に入って捜索したけど中にはいなかった……久遠時名花は……確かにどこなのかしら? 確かに私は入るのは見たわよ」
「俺は屋敷内で彼女を見てはいないんだよ。茜さんしか見つかっていない」
「彼女が目覚めるまで待つしかないわね……」
雪菜がお姫様だっこしてる茜を見つめていた。
ユウはふと、彼女の表情がどこか暗いのに気づいた。
屋敷のほうに視線が向いていて、『妖獣』の足元に転がってる死体たちに気づく。
あれらの服装は警察のものだった。さらには屋敷に来ていた客らしき存在も見受けられた。
「助けに行くとか言うなよ」
「言わないわ。もう……、巡査はやめに戻ってこれなくて済みませんでした」
「知り合いでもいたのか?」
ユウは泣きそうな彼女の方を見てそっと聞いてしまう。
彼女は頷いたがそれ以上言葉を続けはしない。
わかっていても彼女はそれ以上は口に出したくはないのだろうとユウは思った。
彼女の頭に手を置いて囁いた。
「ココにいる奴らは助けられなかったけど崎守さんは殺させやしない。俺も死なない。今は二人でこの場から逃げることを考えるぞ。それから木藤の所在を掴もう」
「そうね……でも、街に出た妖獣はどうするの?」
「今はどうもできねぇ。かなりの数が出たと見るべきだろう。それに、空を見ろ」
「え? 自衛隊!? 外部と隔離したこの町に!?」
「おおよそ、外部からでもこの町が危険な状態にあるとわかったんだろうな。それで自衛隊が派遣されてきたと見るべきだろう。今、俺たちがどうこうするよりも彼らに少しでも『妖獣』の足止めを任せてた方がいいだろう」
ユウはそう決断を促した。そのまま、彼女の手を取って屋敷から離れ帰路へ。繁華街を走っていくと、案の定一匹の『妖獣』に遭遇する。国の自衛隊が出動して四つの首をもつ犬型の『妖獣』相手に奮戦していた。しかし、銃火器で『妖獣』に傷は与えられない。
食われまくっていた。足止めくらいにはそれでもなっている。
「な、なんてむごい」
『妖獣』がこちらを見た。
自衛隊の人が逃げろと呼びかけをする。
今のユウも彼女も『妖獣』に対抗できる武器の持ち合わせはもうない。
「こっちだ」
彼女の手を引いて路地裏に入り込んだ。
しかし、路地裏の先は行き止まりだった。
それも瓦礫と言う存在の山で。
まさかの事態に『妖獣』に追いつめられてしまう。
徒手空拳で相手を覚悟しユウは拳を構え始める。
「ちょっと、どうするきよ?」
「拳であいてするっきゃねぇだろ」
「ば、馬鹿じゃないの! 生身で勝てる相手じゃないわ!」
彼女の反論はもっともだが今はこれしか戦う手段はなかった。
「うぉおおお!」
「ガァアア!」
大きな爪をもつ前足が振るわれる。
視界全体を覆い尽くす巨大な前足。防いでも重圧に押しつぶされるのがオチである
ユウは覚悟をもって腕を上げる。
「ユウに怪我はさせない!」
『妖獣』の背上に爆撃が起った。
何事かと上空を見上げる。そこには一機のドローンの存在。それは『cybarz社』が開発した街をパトロールしている巡回する警備ドローンという偽りの仮面をかぶった拉致ドローン。
ユウも幾度もそのドローンに追いかけられた経験がある。
「ドローンがなんで助けて……」
それから、ドローンは搭載した銃火器を使い『妖獣』を弾幕の雨にさらす。
傷を負わせることはできずとも視界は遮れる。
『ユウ!』
「うぉ!」
目の前の光景に見とれていた時だ。
急に眼前にレナの顔がドアップで表示された。
勝手に渡された円形の通信端末が起動したのだ。
おおよそ、レナがハッキングし、勝手に操作したのであろう。
「レナ!」
『やっと通信つながった。屋敷の中で急に通信ができなくなって不安に感じていた。その『妖獣』は私がハッキングしたドローンで相手してるから今のうち! 今、街のシステムは遮断されてるから通信は渡した物でしか取れないから気をつけて帰って』
「助かったレナ! 行こう雪菜!」
勇は雪菜の手を再び握りなおして元来た道を戻り自宅へ急いで向かった。
*******
「今、外は大変なことになってる。急に『妖獣』があちこちで出現して市民を襲いまくってる。それによって街の状況を衛星で確認したらしい外部の政府が自衛隊を派遣しても手に負えずパニック状態。警察はなにしてるの? 屋敷の方で出回ってるの? それに茜はどうしてあんなに怪我してるの? 屋敷で何があったの?」
「あー、落ち着いて聞いてくれ。まずこっちも状況をすべて把握してはいない」
家に帰ってきて、治療を終えたユウと雪菜は早々にレナの問い詰めにあった。
ユウは追って順番に話をした。
「木藤が自宅で研究。さらに茜さんを拉致してオークションの販売物に……それだけでも許せないのに最後は飼っていた『妖獣』を野に放った。屋敷にいた街警察も客人も全滅……」
「ああ。あと、木藤は黒木研究を悪用していた。意図は不明だが大量の『妖獣』を生み出し、さらに『妖獣』に死者の魂をAIも取り入れることで生き移して憑依させてる」
「っ!」
「ユウさん、それは私も聞いてないわよ!」
「そりゃぁ、今話をしたからな」
ユウがしれっと答えると雪菜は机を叩いて怒鳴りだした。
早めに言わなかったのかと。
「あの状況で言えるわけねぇだろう。逃げるので精いっぱいだ。それに一度計画を立てないと。レナ、外の状況は?」
「これを見て」
レナは自らのこの街では旧型電子機器扱いされてるノートパソコンの画面を見せてきた。
ニュースの動画だ。外の光景をマスコミが報道していた。
『現在警察ならびに外部からの派遣された自衛隊が『妖獣』の鎮圧にあたっていますが状況は悪化する一方です! 現在、市民には緊急避難区域への避難が発令されており――』
レナは画面を消すと町周辺の監視映像を映し出した。
「これがあちこちで起きてる状況。街は『妖獣』に支配されている。どうしてこのタイミングで野に放ったのかは分からない。彼ら何をするつもりでいる?」
「さぁな。とにかく、これはまずいな。街の『妖獣』をどうにかして一掃しないと」
「でも、どうするっていうのよ! あなた一人でどうにかする気?」
雪菜の問いかけに勇は表情を曇らせた。
「雪菜、知り合いはまだ生き残ってるやつはいるか? それも信頼できる奴だ」
「警察はたぶんいない。でも、警察関係者じゃない私を支持する財閥関係者にならいる」
「なら、その財閥関係者を使って警察署にある銃火器をこちらに回すよう手配をしてくれないか」
「はい!? そんなのできるわけないでしょ! 今の状況わかって言ってるの!?」
あまりにも突拍子のない言葉に雪菜の声は裏返った。
それに対して平然とユウは説明を続けていく。
「でも、今はだからこそなんだ。この『妖獣』を倒す知識を知ってるのは黒木研究を知ってるこのオレとこの町の災害の元凶者たる木藤親子だけだ。今はそのために武器がいる。警察が扱う武器に俺が改良を施す。『妖獣』を倒せるようにな」
「か、改良? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今まであなたはもしかして、自らで武器を作って『妖獣』と戦ってきたというの!?」
「それ以外どんな方法で戦ってきたというんだ」
「いや、非合法な取引先でもあるのかと思ったわ」
「そんなのねぇよ。溶解剤もこのコートも全部自前だ。んで、話を戻すが調達はできるか?」
雪菜は軽く受け流されたことに対してただ唖然とする。
今の話はとんでもない秘密であり科学的大発明でもあろう。
彼はそれを公に広めれば英雄にさえなれただろうに。
なぜ、そうしなかったのかと思った。
「調達はどうにか話をつける。その倒すすべを開発できるというあなたの言葉を信じていいならね」
「ああ」
「そう、ならどうにかする。それと、このことに関して一つ聞いていい?」
「あ?」
「どうして今まで『妖獣』を倒すすべを知っておきながら広めなかったのよ」
「……非常に危険なものだからだ。こんな物を悪用する奴は出てくる。だから、これは個人の秘密だった。さらに、いえば、自らも危険にさらすことになる。木藤にもバレる危険性があったからな。奴らの行っていた『妖獣』製造事態が黒木研究だったように」
「その黒木研究ってなんなの……」
「黒木研究、黒木愛美、黒木正一という人物――俺の両親が魔術と科学の融合の蘇生技術の研究。これによって、未来ではどんな病気も肉体を入れ替えれば一時的に人を未来永劫に生かし続けられるという目標だった。だけど、その研究において俺の両親は徐々に気付いた。それは自らのエゴだってな。倫理観の問題さ。研究者ってのはただひたすらに研究することに熱が入る生き物であるから、結果しか見ていなかったんだろう。両親はその倫理観に気づいて研究を放棄したはずだったが、中止する直前に研究中だったものが誤作動で爆発という事故を招いた。あの研究区はその名残さ」
「なっ……」
――息を呑んだ。
隔離区の実態の闇はすべて彼の両親によることが始まりだという。
「さらに、屋敷で見つけた俺の父の日誌によると研究過程においても失敗するケースは多くあり、そうすることで化け物が生み出されたと書いてある」
「化け物って……」
「妖獣だ」
「っ!」
それは『妖獣』という存在の生みの親は今目の前にいる彼の両親だということを示唆していた。
この街のすべての闇は彼の両親から始まってしまっていたのだ。
「『妖獣』の正体に関してはずいぶん前から知ってたんだ。だけど、確信は持てなかった。本当に研究の産物であるのかと言うのはな。違ってあってほしかったと何度も願ってきたけど無駄だったよ」
「ずいぶん前から知ってた? どういうことよ?」
「俺が過去に孤児になった経緯は知ってるか?」
「それはただ科学者の両親の事故で……まさかっ?!」
「そう、その事故は隔離区の爆発事故。あれの原因は研究の失敗により生み出された『妖獣』だったんだよ。だけど、その『妖獣』は今なお行方知れずだ。あの爆発で俺は最後に『妖獣』が逃げていくのを目撃してるんだよ。でも、孤児院に行ってから『妖獣』の存在は公にはならなかった」
「ま、まってよ! じゃあ、何? 今まであなたは『妖獣』を狩っていたのはその元凶となった『妖獣』を探してでもいる? 『cybarz社』の研究を止めようとか言うのは建前?」
「研究を止めようというのは建前なんかじゃないさ。今までずっと、奴らの悪事の証拠となる物を探してきた。そのために幾度も邪魔してやった。『妖獣』を狩る方がついでさ。今なおあいつがどこかで生きてるならいずれ出会える。そう思って狩り続けてきた。それに、俺の主目的はあくまで姉さんの事故の詳細さ」
あまりにも信じられないことが次々に語られ、雪菜の脳はもうオーバーヒート状態だった。
「それになこの黒木の研究は政府の極秘プロジェクトの一環だった。だからこそ、爆心地は隔離区なんてことにされたし情報が漏えいしないようにって徹底したんだよ。放射性実験は偽りの情報さ。cybarz社がどうやって黒木の研究を知ったのかも気になるからずっと調査をしてきたんだ。対抗するように奴らの行いを阻害して。でも、今日はその最終戦争なんだろうな。この惨事を止めることですべてはおわる。そんな気がする」
目がうつろになり自虐交じりの頬笑みをユウが見せた。
「さぁて、暗い話はここまででいいか」
柏手を一つ打った彼は先ほどとは変って気丈に明るい態度をとる。
そうして、レナの肩をさわると画面を指差す。
「レナ、お前にも一つ頼んでいいか」
「なに?」
「木藤の所在を掴んでくれ、それとここで姉さんの警護を頼む」
現在、ユウの自室で治療を施して眠る見嶋茜。
その茜をレナに託す。
「茜先輩の件はいいよ。所在の件はもうやってる。ユウ、追加報告しておくと『cybarz社』本社は数時間前に突然爆発してビルが倒壊した。倒壊した瓦礫から無数の『妖獣』が出現してる」
「……そうか」
冷静な彼の口調に対して雪菜は顔を真っ青にした。
「ちょっと、今の聞いてそれだけなの!? 私は言葉もないほど驚きよ! それに、レナさんもどうしてそんな冷静でいられるのよ!」
そうした雪菜の訴えにレナは冷めた瞳で溜息をついた。
「この町が腐っていたのは元々知ってる。私も幾度かユウと再会する前は『cybarz社』関係でひどい目にあいかけた。けど、今の養父母のおかげでこうしてユウと一緒にいれる。研究についてもユウから昔聞いたから知ってただけだしそこまで驚きはない。だいたい、今の事態はうすうすなるだろう予感はしてた」
「な、なんでそんな強いのよ」
二人のメンタルには茫然だった。
ユウも自室に向かっていく。
「ついでにさ、俺からも一ついいか」
「ユウさんはなに?」
「今も昔もこの町は変わってはいない。『妖獣』、『cybarz社』この二つに支配されてたんだ。それが過剰に悪化したまでだ。警察の捜査官である崎守さんがそこまで動揺してどうする?」
「っ!」
「それに俺はずっとこの時を待っていたんだ。『妖獣』を一気に駆除できるこの時を――」
その時のユウの脳裏にあの助けに入った『妖獣』のことがちらついた。
急に深く考え沈んだ表情になったユウを見てレナと雪菜は二人して目を合わせ奇妙な者を見るように首をかしげる。
「ユウ、どうしたの?」
「あ、あのな、実はつい先日俺は『妖獣』に助けられた」
「え、どういうことよユウさん」
ユウはそのままあの時のことを説明した。
すると、それにはレナも言葉を失いキーボードを触る手を止めてしまう。
「妖獣の中にはいい奴もいるっていうこと?」
「さぁな。なにがどうあれ『妖獣』ってのをしっかりと調査すべきかもしれない」
「調査ってどうやってよ!?」
雪菜の問いにユウは両手を挙げた。
「さぁな」
「さぁなって……あのねぇ!」
「まぁ、それは出会った時に対処しよう。それよりも、崎守さんも俺もそろそろコイツを外すべきかもな」
そう言ってユウがニューワーカーを放り捨てた。
「ちょっと、重要な通信機器じゃない!」
「いいや、コイツは『cybarz社』がその人物の居場所を特定するためのGPSの可能性もある。それに今操作してみろ。使えないはずだ」
ためしに雪菜は操作をしてみると先ほどからエラーの表記画ばかりで使えなかった。
「使えないだろ」
「なんで?」
「話をしたじゃないか。『妖獣』に遭遇するとニューワーカーのシステムはおかしくなる。つまり、今はその現状である。cybarz社の仕込みなんだろうな。だから、コイツはただの重りにしかならない。今後の連絡はレナの渡した通信機を使おう」
そう言ってユウは耳に取り付けているあの屋敷に入る前に渡された通信機を触った。
「レナ、木藤の所在の捜索を頼む。俺は武器の修復を行う。出向は明日にするぞ」
「武器の修復ってそんなこともできるの!?」
「もう一度話しさせようってか? 自分の道具は全部自家製造だって話しただろ?」
そう言うとユウは自室の隣にある空白の壁を叩いた。
間取りとしておかしい大きな空白の壁は隠し扉だった。
そこを開く。
雪菜は部屋の中をのぞいた。そこにはいくつもの銃火器が格納された格納庫だった。
「ココが俺の仕事場さ」
ますます彼と言う存在の異常性を見せ付けられた気がした雪菜だった。




