黒衣者
夜闇に蠢く一匹の獣。
その獣は捕食した獲物をおいしそうに貪り食う。
貪り食われてるのは人間だ。
その人間は年端もいかないかわいそうな少年。
迷子であったのだろうか。あまりにも無残な死体と化しはらわたを裂かれ臓物を獣の口で咀嚼されているおぞましい光景。
その光景を遠方から観測する漆黒のトレンチコートに身を包み奇妙な機械式の暗視スコープのようなサングラスを装着した男がただ一人いた。
男はその獣と言う『目標』を補足する。
男がいるのはビルの屋上。目標のいる地点からは約2000メートルも離れている距離に位置してる20階建てビルだ。
ビルの周囲は夜闇の中に煌めきを起こすようにネオンライトをちりばめている。それは現代の技術を駆使した投影デジタルマッピングの広告映像が原因であった。その映像のあまりの多さが光を生み出し重なり合って蒸発現象を生み出し屋上の男の存在を光で見えなくさせている。
だからこそ、彼が身を隠すには格好の場所であった。
でも、それは彼の身なりにもよることだろう。全身を聞かざる黒の防弾防刃性能のトレンチコートに男自らが手がけ作った計測装置などのシステムが入った暗視サングラス。さらにはコートが口元まで覆い尽くす格好は身元を隠すのに十分適している。漆黒の男はそのサングラスの下の眼光に殺気を宿す。ただ、獣を見るのは殺気立つ鋭い眼。
一呼吸おいて、男は傍らに置いたギターケースから一丁のスナイパーライフルを取り出した。
豊和工業の製造のスナイパーライフルの改造版。『HOWA M1500――K』それのある資本家から銃器をもらい本人が手をかけ改造した銃器。
通常の『HOWA M1500』よりも少々大きめであるが黒衣の男の手にはしっくりとなじむその握り部分。
しっかりと握り絞めてトリガーに手をかける。
スコープを除いて獣に狙いを済ますと引き金を引いた。遠くの離れた獣の頭部に見事あたり『特殊弾丸』の特徴と知られる爆撃が起り、獣――現代では『妖獣』と呼ばれる獣は頭部を破裂させて死んだ。
「完了か」
さっそく、携帯を取り出して黒衣の男の信頼者たる相棒へ連絡をする。
「おわったぞ」
『うぅうう! 帰ってきたらご褒美に私の体で癒してあげちゃう! ねぇ、だから早く帰ってきていっぱいしよ』
「これから、『妖獣』回収に向かう。手はず通りに警察に連絡を頼む。あと監視映像などのジャミングや追跡者などの有無の観測も頼むぞ」
『あぁん! クールに無視するユウもいい!』
相棒のいつもの感じを聞き流しながら腕の通信端末機『ニューワーカー』を切る。
手早くギターケースにライフルをしまい込み屋上から去っていく。
そのまま非常階段を使ってビルを出た。
夜闇の街を歩く。街はどこもかしこも大人の店ばかり。
この都市特有のデジタル科学技術を生かした女の子紹介という感じで立体映像を空間に投影させて店の看板としていた。店は明らかにキャバクラ系の店であった。
さらにはその立体映像は言語を話、お客様に対応をする。
その映像は都市特有のデジタル科学の発展を担うAI技術が導入されてる恩恵の効果。
どの店にも目もくれず黒衣の男が向かうのはただ一点だけ。先ほどの『妖獣』の死体のある場所。
この時代で最も頭を悩ませられる忌むべき『妖獣』の死骸が出すアイテムを回収に向かう。
「タクシー」
大通りに出たところで車道のタクシーを呼びとめて近くの工場にまでと伝える。
運転手が不思議な面持ちでワケを尋ねた。
「ちょっと、仕事で」
「仕事って言うとあんた、ガス業者かなんかの人かい?」
「ええ、まぁ」
運転手の眼先には明らかに彼が足場に置いたギターケースが目についていた。だが、黒衣の彼はにこやかな笑みで素知らぬ顔を通すので運転手はそれ以上尋ねることはしなかった。
「着いたよ、690円ね」
黒衣の男の前に空間投影された立体映像のウィンドウ表示が現れた。それは支払い請求書の提示である。
そこへ男は指先で触れて別の立体投影タブを表示させる。そのタブには預金表と書かれておりその預金表の上にはテロップ表示で『690円の支払いをしてください』と出ていた。
すぐにそのテロップをタッチすれば新たなテロップでカードか現金かと書かれた表記が現れる。現金をタッチすれば預金表にあった金額が『690円』減った。
この町のデジタルマネーシステムである。
「しっかりと確認したよ」
領収書が届きましたと視界のテロップ画面が出てそのテロップを手で振り払い打ち消す。
タクシーから降りて暗がりの中へ突き進む。
工場群のより奥へ。その一つ、今は使われてはいない工場跡地に入り『妖獣』の死体を見つけた。
そして、その怪物の死骸に手を伸ばして触れると立体映像のテロップが現れる。
『2000円』という金額表記が現れてその金額テロップに触れると『回収しました』というタブが表記された。
これは街の方でも未だに解明されてはいない謎の現象。
このことがある時期に問題視となった。
『妖獣』を倒せばお金が手に入る。
一般人はこぞって『妖獣狩り』を始めた時期である。しかし、『妖獣』は一般的な武器では倒せず多くの死者が出た。
結果として街のシステム運営会社が『警備ドローン』を導入して、命の危険の伴うことなので国家の法律で怪物の討伐は一般的には禁止とされた。
そうしたことで国の法律で禁止化され『妖獣』は接触禁止とされている。
この原因は噂ではシステム運営会社が仕組んだことなのではないかとされているが事実は不明だった。
結果として今は『警備ドローン』が常に街を監視し『妖獣』の対処を警察と当たりつつ今、近くから『警備ドローン』の接近を促す音が聞こえていた。
だが、黒衣の男は決してその場から動こうとせずにいた。
逃げることもしない。
なぜなら、その『警備ドローン』もまた男の『目標』だった。
男は目を細めて背後を振り返るとAI搭載機ドローンが現れた。
「タダチニトウコウシナサイ。セッショクキンシジョウレイイハンデス」
「…………」
AI搭載機ドローンに向けて懐から出した拳銃で迎撃発砲をする。
ドローンも搭載していた銃火器を下部から取り出し発砲を開始した。
男を観測センサーで読み取ったドローンは、戸籍情報を照らし合わせ分析した説明をする。
「コセキトウロクフメイ。サッコンノイハンシャコクイシャトニンメイ。タダチニサイバーズシャシークレットニモトヅイテホカクニウツル」
機械音声を垂れ流して銃火器からネット放出用の武装に展開する。
何度か電子ネットを放出するドローンだったが男は軽々とさばいて工場群から逃亡をして行った。
ドローンは標的を失い『妖獣』の一部と少年の一部死体を回収し夜闇の空に消えていく。
倉庫の陰からその光景を観察していた男は通信端末でもある腕輪型デバイス『ニューワーカー』を使い座標を確認する。
「さぁてと」
聞こえてくるサイレンの音を耳にした黒衣者は一目散に駆けだした。
懐から何かが落ちる。
それはカードのような物体。
しかし、男は落としたとは気付かずにその場を去って行った――