観察と誘導
天草冥利さんの提案を済し崩す様に受け入れた僕は彼女と別れ屋上から教室に帰った。
涙が止まらなかった彼女を置いて戻るほどの勇気がなかった僕は、あの涙を見た後彼女が一方的に押し付けた提案と、同じ「負けたらなんでも言う事を聞く」と言う提案を、彼女にした。
感情的に訴えられるとそれに答えたくなるのは人間と言うもので、それは捻くれた僕にも有効だった。
天草冥利にしてやられたと言う感情よりは、これほどの揺さぶりをかける言葉を僕にかけてくる事に意外性を感じる。
その意外性も僕に惚れているという言葉を間に受けると納得できるのもあるが、それは間違いなく嘘で彼女の提案に乗るように仕向けるための揺さぶりの様なものに違いない。
現に彼女のあの言葉と涙をきっかけにそれまでの僕の心の壁が崩れたのだ。
「よ! 色男! 美女とのひと時は楽しかったかい?」
僕がそんな事を延々と考えていると、戯けた調子でそんな声をかけられた。
隣の席に座る貝塚恭子である。元気が取り柄ともとれる快活な笑顔を向けてくる。僕にとっては苦手な部類だ。
ーー心の中の自分を見ている様で楽しくはなかったよ
僕は視線に心をのせ貝塚さんに送る。こう言った人種とは入学当初にも出会った事があるがその人にも同様の事をしたら以後話かける事をやめてくれた。彼女とは同じクラスになるのは多分初めてなのだろう。僕は以前やった手段をとる事で相手との会話を遠慮気味にする事にした。
その視線がぶつかると、貝塚さんは首を二、三かいほど傾げると唸り声をあげる。
「なるほどなあー……」
僕の心を読み取っての一言でないのは確かだった。そんな事が出来るのはこの学校ではただ一人。天草冥利しかいないのだから。
「君は控え目ながらも会話はしたいんだー」
僕の心を見透かしたかのような一言に僕は思わず目を見開いてしまう。それこそ鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になってるに違いない。
ケタケタと笑う声が聞こえる。
「秋月くんその顔さいっこーに変だよー」
誠に失礼極まりない一言だった。
「失礼……あー、ごめんねー。知らない人にも声を掛ける試みをこの学年の有名人秋月くんにもやって見たんだけど、まさかの収穫だったよー」
人の事を幻の食材よろしく言うので、幾分か不愉快になりながらも僕は先ほど読み取った僕の心を見透かした発言に思考が自然と向いていく。
その様子を見た貝塚さんは、僕に話しかけた時と同様の快活な笑顔を向けてくる。
「いやー、私人の心の声が聞こえるんだよねー」
嘘くさい独白をかます貝塚さんに僕は今度は声に出して伝える。
「心理学による言葉の誘導と僕の観察による分析だろ?」
「そんな高尚なものじゃあないよーでも凄いね!驚いてもその短時間で答えがわかっちゃうなんて」
僕は嘆息する。
そりゃそうだ。人の心を見透かした発言が出来るのはこの学校にいる天草冥利だけで充分だ。それが2人もいる日にはこの学校はとてつもない事になっているだろう。
そもそも、天草冥利が行ったアレは、今言った事の発展ではあるがそれを無意識で行っている節が彼女にはある。そこに人間離れした異常性を感じるのだが、貝塚さんに関してはそれを計算して行っている。
そりゃそうだ、結局他人の事は分からないのだから他人を気にかけるには神経を使う。天草冥利がイレギュラーなのだ。
相変わらずケタケタ笑っている貝塚さんが思い出した様にカバンを探り始めた。
「これこれ、今日、渡してくれってみょーりんに頼まれてたんだ」
そう言って渡されたプリントに目をやるとカラフルな絵に赤の印字でオカルト研究会と書かれていた。
みょーりんとはきっと天草冥利の事だろう。それにしても彼女と会話をすると疑問符が絶えない。今日?さっきまで僕は一緒に居たんだが。
「わかりやすく、疑問に思ってる顔をしているね。一週間前に、部活の存続に困ってる私の元に神の使いみょーりんがオカ研を復活させてみるよーって言ってくれたんだよー。んでチラシ配りとか個人的にしてたんだけど、入ってくれたのは一年生一人だけ」
こんだけ怪談話が多い学校でオカルト研究会が廃部寸前と言うのには疑問を抱かざるを得ない問題だ。もっと入ってもいいのに。
「んで!私とあと一人入れば部活の存続には困らないわね。ってみょーりん言ってくれて今日に至るんだよー!」
「つまり天草さんは一週間前には入れる人を決めてたと」
「そだねー」
天草冥利食えない女である。
僕の視線はその部活の存続のために作られたチラシの一番下の一段に釘付けになる。
「この学校探検っていつやる気なの?」
「今日だよー」
本日何度目かの衝撃を受けた。