天草冥利のいう提案
常になにか分別をつけたい僕により響く様に彼女はそんな言葉を選んだのだろう。本当に彼女は恐ろしい女性である。
僕がどれだけ本心を包み隠そうとしても彼女の前では裸も同然の答えが返ってくる。そして心を揺さぶられるのだ。
こんな人を見下した発言に心を動かされる。それはなんとも言い難い醜悪であり僕のものの見方を鏡写しで見せられている様で憂鬱だ。そう言えば、何かに親しき友は最も近い鏡であるなんて言葉が何かに書かれていた様な気がする。
だが今回は何も見栄えのいい映りはしていないが。
彼女の人間としての特性が今回はこう言う形で発揮されたが、きっとこれを日常的に尚且つ無意識でやるから、彼女はこうも人気なのだろう。
彼女の良さを上手く表現出来ていないが、まあ駄弁り友達にそこまでしてやる義理もない。事実が歪曲して伝わってもそこに何かしらの責任を負う気はない。
そんな捻くれ者に彼女の優しさが通じるわけがないんだ。
「僕は諦めはいい方なんだ。今更何を言おうと動かない」
「ふう。実に強情なのね禊くん」
呆れた様に言う天草さん。僕もきっと自分に呆れているのだろう。他人を通して自分が映されるのはあまりいい気持ちではない。
僕は逃げる様に屋上から去ろうとすると天草さんは慌てる様子もなく大きな声で呼び止める。
「待ちなさい! いや、待たなくていいわ」
どっちだよ。僕は止めた足を進める。
「すぐ終わるもの。私はあなたに勝負を挑みます。お題は怪異の存在の証明」
本当に末恐ろしい人間である。天草冥利は。
僕は回れ右をし天草さんと向き合う。僕の事に対してこうも見透かすのは彼女だけだろう。彼女と言葉を交わせばそれはもう彼女の思うままになるだろう。
それは入学した時に抱いた僕の青春の一歩。遅すぎるけれども。
「怪異は居ないそれで十分だ」
「あなたらしく無いわね。あなたは理論的に怪異を否定したいんじゃ無いの?」
「それは中三から高一までの僕だ。なんの意味も無い」
「その行為に意味はなくても貴方の好奇心は満たせるでしょう? どうしてそう言う怪異が作られたのかそのルーツの蒐集。別に図書館に入り浸っても、先輩のクラスに話を聞きに行ってもなんら悪いことじゃ無いと思うわ。確かに理解でき無い人には理解でき無い行動ですけど」
「好奇心では賄えない痛い視線を貰って僕は理解したんだよ。何もそれを諭してくれたクラスメイトを悪く言わないでやってくれよ」
「別に悪く言ってるつもりは無いわ。悪いのは自分をさらけ出す事をやめた貴方……秋月禊だもの」
「……最もだ。仮面を被って走ってるような息苦しさはかんじてるよ」
彼女には悪いがここまでお膳立てしてもらっても乗り気になれ無いのは僕にもう入学当時の様な怪異蒐集のモチベーションが無いからだろう。適当にはぐらかそうと試みる手前付け加える様に天草さんは言った。
「もし、私が負けたら貴方の言う事をなんでも聞いてあげるわ。デートでも、胸を揉ませろだとか。まあ、貴方だけはそんな下衆な事を提案しないと信じての罰ゲームよ」
「自分を安く見積もりすぎだろ。やめろよいい女返上する気かよ」
下らない意地を張る僕に自分を売る様な言葉。なぜそこまで天草冥利は秋月禊に必死になるのか。
理解出来ない。
そりゃそうだ、誰からも好かれ誰からも支持される彼女がこうも僕を気にかけるのは、理解に苦しむ。もっとマシな人間もいるだろうし、何よりうじうじして扱いづらい人種ではないか。
そもそも、罰ゲームの提案をするという事は、僕にも適応される事だ。僕も何某かの罰ゲームの提案をしなくてはならない。そう勝負を受けるのならーー
「大丈夫よ。私が一方的に言ってるだけだもの、律儀にそんな事気にする必要ないわ」
そしてだめ押しをする様に天草冥利は言った。
「私はね。禊くんに惚れてるの」
顔を見れば真っ赤にした天草さんは涙目でこちらを見ていた。
女性は卑怯だ。