天草冥利という女性
彼女には常に驚かされる。と言うのも、僕のこの思考にいちいち反応をしてくるのは彼女だけだからだ。そりゃそうだろう。なんてったって、言葉を発していないのだだから確証もなにもないそんな状況で言葉を口には出来ない。
なのに彼女だけは違うのである。こうして会話をしない僕に対して、会話を成功させているのである。本当に人間なのか疑うレベルの技術だ。
それはただ単に--「禊くんの思考がよみやすいからだよ」
全ての思考がそこに帰結するより早く天草さんは僕に言った。
一緒に居づらい。腰に手を当て仁王立ちする彼女に控えめな視線を注ぎ思う。
なにが僕をそこまで思わせるのか、それはこのクラス中から集まる好奇の眼と、その原因となって居る天草冥利だ。
「うむ。ここは些かきみにとって居心地が悪いと見える、よければ場所を、変えましょうか」
「そうだね」
そう同意した僕の声を聞いて天草さんはにっこりと微笑んだ。
◆◇ ◇◆
場所を変えるといって天草冥利が選んだ場所は学校校舎屋上だった。グラウンドや中庭の様に全方位から視線をもらわない点では良い場所であろう。
普段施錠されているこの屋上では、誰も覗き見たりはしてこない。
一人ならなお良いのだが、ここの鍵は彼女しか有していないので、ここに来る為には彼女の力を借りなくてはいけない不本意な事に。
だが、僕も一人になりたいからといって天草さんのお世話になる事を良しとしない気持ちが少なからずあるので、此処への出入りは彼女に、誘われた時にのみ行く事にしている。
「天草さん、君はどうして僕になんかに構うのだい?」
「屋上に着いた途端にそれとは、気が滅入るわね」
「悪かったなこう言う性格なんだよ」
「別に悪いとは言ってないわ」
僕の問いに嘆息し答えると天草さんは続けるように言う。
「貴方は他の人たちと違うでしょ? そこが気にかかるのよ」
人間皆違うものだろう。天草冥利のその言葉に真っ先に思ったのはこの一言だった。
「そう言われても、人間皆個性とか有るし性格も違うものだろう。それこそクラスのみんなもそうじゃないのか?」
この僕の答えに彼女は可笑しそうに笑った。
「確かに貴方の言う通りではあるわ。でも人間って何某かが真ん中になると、その周りは只の有象無象でしかないわ。その中心にいる私から見てそれは醜いだけだもの」
この答えは彼女の環境が原因なのか……
原因と呼べるかは分からないが、彼女がこうなったきっかけを僕は知っている。
「いいじゃないか、お姫様みたいで」
「背筋がゾッとするわね」
いや、僕はではない。この学校の生徒皆が彼女を知っている。
「ちやほやされるのも悪くないんじゃないか?」
僕はどこにいても話題の中心に立つ彼女をおちょくるように言った。
「ちやほやね。私は自分でできる事を自分の力でしたいのよ。消しゴムだって落ちたら拾えるし、志望校も私の学力で合格をもぎ取るし、好きな人くらい私自身の力で口説きたいのよ。甘やかしてくれる環境を1年前に作った自分を後悔しているけれど、それに甘んじるつもりも頼るつもりもないわ」
揺れないトーンに確固たる意志を乗せ天草さんは言う。
「そもそもあれは、天草さんが作った環境とは言わないだろう」
そうだ。あれはそう言うものだ。
彼女がそう表現した原因は去年の秋頃に行われた文化祭のミスコンである。
一年生の時から影では噂になるほどの男性からの注目を集めていた彼女の人気を確固たるものにした原因でもある。
彼女の友達である女生徒の欲しいものが、ミスコンの一等景品として掲げられていて義理人情に厚い彼女は文字通り人肌脱いだのである。
それで結果が学校中の生徒を、魅了したのだから彼女のプロポーションとスピーチの素晴らしさは会場から離れたクラスの店番をさせられ焼きそばをひたすら作っていた僕の耳にまで入った。
天草冥利とは去年のクラス一緒だからどこに居ても耳にしただろうが、僕だけ休みなしで焼きそばを作らされた事は今でも恨めしい出来事だ。
「いいえ、私の所為でもあるわ。あそこで1位を狙っていたとはいえ、後先の事考えていたらもっと有意義な学園生活を送れてたとおもうの」
「僕からすれば十二分に素敵な学校生活を送っているように思えるけどね。僕も関わり合いの少ないこの学校生活に満足してるし」
「あら? 私は貴方も息苦しそうな学園生活を送っている様に見えるわよ」
彼女のこの観察眼の素晴らしさに僕の心臓は大きなリズムを刻む。
「やりたいことをやらないと青春は逃げていくってここの警備員さんも言ってたわ」
誰だそりゃと思いつつも、彼女の言葉は僕の背中を優しく押す。
「そもそも、僕は青春を求めてこの学校に来たわけじゃない」
「そうね、でも青春は人それぞれよ」
僕はこの屋上で天草冥利の愚痴を聞く事はあっても自分の事を話す事はしなかった。僕の心の中を覗き見られる様なこの感覚に悪寒を感じつつも答える。
「そもそも、これは単なる自己満足だ。それで笑われるのにはもう飽き飽きだ」
「世の中自己満足で満たされてる。働く事も、優しくする事も、寝る事も、食べる事も、全てが自分を満たすための事象じゃないかしら? それを理解してない奴に笑われた程度で諦めるなんて勿体無いわ」
他を見下す様な言い回しだがどことなく真理を感じる。そんな彼女の言葉は力強く、僕だけのために言ってくれている様でもあった。