観察と誘導
僕はその後戸隠さんから一通り黛先生の事について聞くと彼女と別れ音楽準備室へと向かった。
強固な分厚い鉄の扉が目の前にあり、ノックをしても向こう側に伝わるか疑問ではあったが、取り敢えず職員室の出入りと同様の手順でノックして名乗りをあげる。
「三年二組の秋月禊です。黛先生はいらっしゃいますか?」
やはり向こう側にまで伝わってないのだろうか。十秒経過しても、二十秒が経過してもうんともすんとも言わない。僕は堪えきれずに扉に手をやったところで、眼前にある分厚い鉄の扉はゆっくりと開いた。
「なん…………なんということでしょうか」
なんということでしょう。そんな返事がくるとは思ってはいなかった。
「黛先生に用があって伺いました」
僕の言葉を聞いてつつつっと、扉が閉まり始める。
「ちょいちょいちょい!!」
「…………」
「いや、先生。少しくらい話を聞いてくださっても」
焦ってへんな声出た。
「……なんでしょう」
僕のまくし立てるように言った言葉に観念するように黛先生は言った。
「実は黛先生の病気を軽減させる知識を僕は持っているのです」
我ながらとてつもない大ボラである。いきなり顧問をお願いしても逡巡などする間も無く却下されるに決まっている。分かりきった答えを前に僕はどうしようもない嘘を吐いたのだ。
「……………………」
言葉は放たれることはなく、長く伸びきった髪の毛が顔を覆い隠し視線は何処を見ているか伺えない。だが、今にも締め切られそうだった扉が思い切り開いたところを見ればそれは招かれていると、捉えていいのだろう。
「それでは、失礼……します」
入ってみるとそこは音楽準備室にしては生活的な要素が多く盛り込まれていた。細長い部屋の一番奥。真っ先に視界に入ったのは目の前にある白の三段カラーボックス。一番上から豚の貯金箱、二段目には教科書や音楽辞典。三段目にはカップラーメンが多く積んであった。その横には教師用の机に椅子。そして僕の右側にはーー
「……………………」
何も言わずに黛先生はこちらをみてくる。特になにをするわけでもなくただ無言でだ。部屋の家具やその模様も気になるが視界に入った黛先生を僕は無視できなかった。
その視線が僕には妙に痛々しく感じた。視線を誰よりも恐れる黛先生がただ黙ってみてるそれが何よりも異常でそれが彼女の希望とでも言うかのごとく。
「えっと……軽減出来るってだけで、治るとまでは言えないのですが」
「…………」
僕は視線を外し視界ぎりぎりで捉えた黛先生の顔色を伺うようにおどろおどろ聞く。
「…………」
しばらく間を空け黛先生は油の挿していないブリキの様な重々しい動きで首肯した。
「それではその方法を言う前にこちらにも少し協力をして頂きたい事があるのですが……大丈夫ですか?」
僕の問いに黛先生はしばらく考えるそぶりを見せこれまたゆっくりと首を縦に振った。
「勿論、できる事とできない事があると思うんです。なので今日から明日までのオカルト研究会の臨時顧問として名前を貸して頂きたいのですが」
俯く顔に黒く長い髪が黛先生の顔を覆う。元々素顔をみた事のない生徒にとっては当たり前の光景であり、この先生と関わりを持つ極々日常的な仕草であろう。
極端に人と関わり合いになる事を避けてきた僕にとってそれは、ある種自分を見ている様な歪さを彼女から感じる。
それがいいのか悪いのか。そんな事を決める事は愚の骨頂だ。しかし、その歪さから自分の過去を重ねてしまう。黛美咲の人生は僕以上に壮絶だと、なんとなく想像をしてしまう。彼女の口からそんな事なに一つ聞いてはいない勝手な妄想なのに。




