観察と誘導
そうやって、目をそらしていた。そうする事が僕の出来る唯一といって言い手段だったからだ。過去には戻れないし、記憶は消せない。
過去の選択は覆せない。ならば今出来ることをするだけだ。
「そしてごめん。戸隠さんに誘ってくれたコンクール聴きに行かなかった……」
「しってるよ……でも、私。秋月くんに演奏している時が一番楽しかった」
悲しそうに笑う戸隠さん。僕の心が少し痛む。
「今年最後にそんな告白しなくても」
「するね! 今年だからこそしちゃうよ」
強がって言った彼女が妙に可愛くて僕は笑ってしまう。
「……じゃあ、今年のコンクールには聴きに行くよ」
今度はしっかりと。違えぬ様に自分に行き聞かせて言った。
「あ、あ!ありがとう。私がんばるから」
そう言って見せてくれた笑顔は、僕がわずかに過去と向き合う事をした報酬としては充分すぎるほど鮮やかで記憶に焼き付いた。
「戸隠さん。その悪いんだけど……黛先生って何処にいるかわかる?」
こうして向き合うきっかけをくれた彼女に本来の目的を告げる。
「黛先生に用事って珍しいね。どうして?」
「まあ。ちょっとね」
「先生は、殆どこの教室には来ないんだよ。普段は音楽準備室に籠もりっぱなしだし。吹奏楽部の入部手続きくらいしかやって無いと思うんだ」
そう言う彼女の、言葉に僕は絶句する。
「それじゃあ。部活の指揮者は……流石にコンクールの時には振ってもらうけど、居ない時はメトロノームでみんな合わせてる」
その言葉に僕は驚きを隠せない。だが、彼女は仕方ないのだという意味を孕ませ言う。僕の驚きはその事に対するものではなく、必ず金賞を取って帰ってくるこの学校の吹奏楽部に対してだった。
「それで毎回金賞でしょ?」
「残念ながら去年は銀だったよ」
「そうなんだ」
「今年はっ!金だけどね」
「そんな言葉が良く出てくるものだね」
「私のやる気がみんなに浸透するから大丈夫!」
「でも、やっぱり懸念材料はあるでしょ?」
「それは……勿論あるよ?だって黛先生視線恐怖症だし」
黛美咲音楽教師が顧問をやって居る。その驚きはこの学校の全ての生徒がこの事を知っているからであり、彼女の授業を受ければそれはそれは納得出来る事象だ。
彼女は熱血な教師でもないし、むしろ教師と言う立場にいる事自体が奇跡と呼べる人なのだ。そんな黛先生だが、普段の音楽の授業ではそんな事を感じさせない教鞭をとってくれる。それがどういった理由なのか僕には理解できないが、他の授業の時には必ず行われる手を挙げさせ指名すると言う流れは彼女の授業では行われない。
それはきっと、それをきっかけに視線を意識してしまうからなのだろうが。その事についつは僕よりも、長く彼女と一緒に居る戸隠さんに聞いた方がいい気もするが今はそこに話題を置くのは時間の無駄であろう。
「まあ、その黛先生に用事があるんだけれど。何処にいるかわかる?」
「この時間ならきっと音楽準備室に籠もりっぱなしだと思う」
少し困ったように戸隠さんは答えた。




