90.寝起き
何思う
エリカの薄れた意識が再び色と輪郭を認識し始める。
ぼんやりとした視界に光が差し込み、天井と自分を見つめる二人の顔が見えた。
ハッとした勢いのままに体を起こすが、一気に倦怠感に襲われ倒れそうになる。
「うぐっ」
「だ、大丈夫か!?」
「無理したらダメですよ、エリカさん」
エリカに寄り添い続けていたバダとレイがすぐさま手を差し出す。
だがどうにか堪えたエリカは意識の覚醒と比例して気だるさが増えていくことを実感しつつも現状把握のために頭を働かせる。
思い出すような、いや実感するように浮かび上がってきたのは霧の森での別れであった。
「うぅ・・・」
前触れのない唐突な別れ。
「また会いに来るから!」、最後まで伝えれなかった思い。
初めて自ら名付け、自身が深く魅了された美しき龍への強い愛情。
そして、それを置き去りに自分だけがここに戻ってきたことへの罪悪感。
入り乱れる一つ一つが強烈な感情に押し潰されそうになり、目には涙が溢れ声にならない声が漏れだす。
「━━━━━━━!」
小さな悲鳴のような声をあげたあと決壊した涙が止めどなく溢れる。
そんなエリカを見て何を言えばいいのか分からなかった二人はエリカが泣き止むのを待ち続けた。
「はぁはぁ、うぅ、もう大丈夫です」
数分ほどでエリカは泣き止む。
内側にある靄が完全に晴れたわけではなかったが一区切りをつけることは出来た。
「エリカさん、本当に大丈夫ですか?」
「まだ無理は禁物じゃ」
やたらと自分を気にかけてくれている二人に何やら疑問が浮かんできたエリカは、ようやく自分の格好を理解した。
いつの間にか鎧は来たままで寝転んでいたのだ。
「あの、一体何が?」
「う、うむ。お主が鎧を着た途端に倒れたのじゃ」
「え、倒れ・・・?」
自分が倒れたと言うバダの言葉がにわかに信じられなかった。
エリカからすればインチョンチアを着てすぐにあの霧の森にいたのだから。
「そうじゃ、旧総長も初めてのことで驚いた様子だったわい」
「なので私がすぐに鎧を外すように言ったんですが・・・」
レイは話しながら後ろを見る。
そこには腕組みをし立ったまま壁にもたれ掛かり頭を下げたままピクリとも動かないレオとそれに付き添い守るように控えるクレイの姿があった。
一見立ったまま寝ているのでは、と感じるほどに違和感のない体勢だが皆が醸し出す雰囲気がそれを否定している。
「レオ様が【無理に外す方が危険】だとおっしゃって・・・」
レイが目線だけでクレイに状況を問うが、小さく左右に首を振られただけだった。
「お嬢ちゃんを寝転ばした後からレオ殿もあのまま動かなくなっちまってな」
どうしたら良いか分からないからレオの言い付け通りに下手なことはせずそのまま様子を見ていたようだ。
ちなみにここにいないニュクは近くの医者のもとへ向かっていたりする。
「おそらくレオ様はエリカさんの容態を確認するために魔法を使ったんだと思います」
「私が巻き込んで、私のせいで・・・」
内に潜みかけたエリカの靄が再び噴き出し始め、沈黙がその場を支配する。
「ふわぁああ~、ねむ・・・」
暗い空気は何処へやら、空気を読まない能天気な声に皆が一斉に同じ方向に目線を向ける。
「うーん! かぁ~。お、エリカ、無事みたいだな」
「レオさん!」「主様」「レオ様!」
昼寝の終わりを惜しむような残念さを残しつつ体を伸ばし調子を整えるレオに三人の声が響く。
「おはようさん」
何事もなかったかのようなレオの振るまいに全員が安堵した。
「それにしてもレオ殿、お主本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって」
「じゃが・・・、一度心肺停止に近い状態だったのだぞ?」
「えぇ!?」
心肺停止と聞いて未だに気だるさの抜けないエリカですら飛び起きかねないほどの驚きを見せていた。
「大丈夫大丈夫。久々だったからちょっとばかし【離しかた】が悪かっただけだから」
「んん? まぁよくは分からんがこうして無事ならばよいわい」
レオも意識を取り戻して、めでたしめでたしともいかずドアが勢いよく開かれニュクが医者らしきドワーフと入ってきた。
「ワシの工房で死人なんぞ決して出させないもん!」
どうどうといい放った男前な台詞ではあったが・・・
エリカもレオも復帰した今では空回りである。
「起きてるもん・・・」
小さく放たれた心からの声は空気の中に溶けていった。
騒ぐだけ騒いだニュクに医師も苦笑いを見せながら「無事ならなりよりですよ」と菩薩のような優しさと共に帰っていった。
そしてニュクは元総長とは思えないほどに平謝りを繰り返し、お見送りまでしていた。
「あっとそれよりも時間は大丈夫か?」
レオに促されバダが時計を確認するともうすぐで約束の16時を示そうとしているところであった。
「おわっ!? 思ったよりも時間が経っていたみたいじゃ」
「よし、なら戻るか。エリカはどうする?」
「私は・・・」
倦怠感から一度同行を遠慮しようかと思ったが、何故か結晶龍の姿が浮かびあがる。
「行きます、私も一緒に」
「そっか。クレイ、エリカを手伝ってやってくれ」
「御意」
クレイに支えられるように起き上がるエリカはインチョンチアに目がいく。
返さないととエリカが思った時、それを察してか見送りから戻ったニュクがそれを否定した。
「よいもん。それはお主に預けておくもん。
何やらお主にしか見えぬ何かがある、そう感じたもん」
「・・・ありがとうございます」
「礼はいいもん。その代わりまた来るもん」
「はい」
それを合図にレオたちは工房を後にし、頭領治館へと戻るのだった。
さぁいよいよ本題




