89.親
託すもの、与えるもの
片や、息も絶え絶えに疲れきった人。
片や、嬉しそうな声と共に尻尾をくねらせる龍。
事情を知らなければ絶望を通り越して、諦め投げ出すシーンであるが、今回に限りそれは有り得ない。
「合格、ですか?」
「そう、合格!」
嬉々として答える龍の瞳にははエリカだけしか映していない。
「あなたならば最低限の実力があるわ」
そう、最低限だけど・・・と心の中で付け加える。
それでもエリカを合格と見なし喜ぶのはこの先にエリカのような人物が来る可能性が低いから。
「(千年近い時を待ったのです。これ以上を望むのは贅沢。
それに・・・この子はまだ【雛】なのですから)」
結晶龍はエリカに希望と期待を持つ。
エリカ自身にはそこまでの意図など読めるはずもなかったが、どうにか一段落したことに胸を撫で下ろす。
「それで、このあとはどうすれば?
あと、気になっていたんですけどここは?」
「それについては順を立ててお話しします。
その前に名前を教えくれる?」
「私はエリカ、エリカ・A・マリベス。あなたのお名前は?」
「私に名はないの。さて、話を続けましょうか」
少し話が長くなりますと前置きすると、龍は地面に寝転ぶように体を倒す。そして顔で合図をし、エリカにもその場に座るように誘導する。
「まずはここが【何処か】という質問ですが、精神と肉体の狭間、のような場所ですね」
「精神と肉体の狭間ですか?」
一体何のことやらチンプンカンプンと言った様子でエリカは頭を傾げる。
「ここは肉体を持つものと持たざるものが精神同士を共鳴することで出会える場。つまり今の貴方も私も魂だけの存在です」
「現実の場ではないんですね。つまり・・・死後の世界?」
自分で口にしといてなんだがエリカは急に不安が募り出す。
「あの、わ、私はもしかして死、死んで!?」
いきなり取り乱したエリカだったが大きな何かで体を包まれる。
真っ白くキレイなそれからは温もりを感じられる。
「大丈夫ですよ、貴方は生きています。
言ったでしょ、ここは肉体を【持つもの】と【持たざるもの】が精神同士を共鳴することで出会える場、だと。
肉体を持っていないのは私のほう」
エリカに落ち着きが戻ってくるとエリカを包んでいた尾を龍はそっと離す。
「さらに言えば私自身は貴方が見つけた防具に宿る、言わば未練のようなもの。龍である私本来の意思とはまた別の物です」
「未練、ですか?」
龍は小さく頭を縦に振る。
「それが本題です。エリカ、私の願い聞いてくれませんか?」
エリカは少しばかり思考する。
今までの話の流れと龍の態度からは悪意らしきものは一切感じない。それに未練があると言われ、それから解放させてあげられるのであればやってあげたい。
それがエリカの考えであり、エリカの本質である。
「先に話だけでも聞かせて貰えませんか?」
レオと会う前のエリカなら二つ返事で、はいを選び龍を助けただろう。だがこんな場面の時、いつもレオが冷静に物事を見て決めていた。時には私利私欲のために流されていたけども・・・
だからこそ話を聞くことを選んだ。
「(私自身では出来ない事が多すぎますからね)」
小さな、けれども確かな成長である。
「身構えずとも大丈夫ですよ。私の願いは一つ、我が子に【しっかりしなさい】と伝えてほしいのです」
「え? それはどういう?」
「この山の何処かにいる我が子にそれだけを伝えてください」
「それだけ、それだけなんですか?」
エリカにとってそれが大きいことなのかどうか判断できなかった。龍に会うことは死を意味すること、そう考えれば危険度だけでいえば危険極まりないものである。
「私がそれを伝えたとして伝わるのですか?
それにどの龍が貴方のお子さんかも分からないのに・・・」
再び龍は嬉しそうに喉をならす。
「大丈夫です。貴方にならわかります。
そして貴方の【声】ならばあのあの子に届きます」
囁くような小さな音色だが心に染み渡る声だった。
その声と共にエリカは異変に気づく。
自分の体が半透明になり、それが次第に透明に近づいていたのだ。
「待って! まだ、聞きたいことが!」
「大丈夫、私は近くにいます。あの子に会う、その時まで」
龍が最後に捻り出した声には寂しさと決意が含まれていた。
千年もの間こんな霧深き場所でいつ訪れるとも知れぬ来客を待ち、その中から【声】が届くものを待ち続ける。
それがどれだけ辛いことか、そしてエリカとの出会いがどれだけ嬉しかったか、理解できるのは龍本人だけだろう。
でもそれを察することが出来るものもこの場にはいた。
「わかりました、必ず伝えます!」
エリカの決意を感じ龍は肩の荷をおろす。
「だからクリホワ! 絶対に消えないで!!」
「クリホワ?」
「貴方の名前! また会いに来るかr━」
エリカの声は最後まで言葉にすることは出来なかった。
けれどもにしっかりと届いたそれをクリホワは胸に抱える。
そんなクリホワの元に一人の影が忍び寄るのだった。
少しずつ歯車が絡み合う




