74.傷痕
あの時の後始末
キューレが笑みを浮かべていたのは一瞬だった。すぐに再度戦闘体勢に意識も体も整え直すと右手に邪気を溜め始める。
だが今回の邪気は毛色が違った。今までの邪気が炎のように燃え上がるのに対し、今度のはまるでジェル状のようにねっとりとした邪気である。
「あそこまで至れるのか・・・?」
呟いたのはクレイだ。キューレから邪気の扱いを受けているが故に【あれ】がどれだけ危険かわかったのだ。
「陰の滅する力、【聖喰】」
キューレが《魔王君臨》により放った邪気は道場内に充満させ、その結界すら侵食し、耐性を持つはずのクレイでさえ呑み込まんとする強力なものだ。
一度地上に放てば周辺の生きとし生けるものすべてを喰らい滅ぼす。そんな力が果たして先程までのちっぽけな力だろうか?
「違いますよね・・・」
一度は落ち着いた心を引き締め、エリカは剣を握る力を強めた。
エール王国を去る前、戦士長を辞任する旨を報告するため王の謁見した際に聞いたことを思い出す。
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戦士長辞任話は難航するかと思ったが父様やジャヴァ戦士長のおかげでどうにかまとまり、父様が再び第二戦士長を就任することで終息した。
「ふむぅ、こんな大事なときになんと大きな痛手か・・・」
いつもは家臣の前で溜め息などつくはずのない王が頭を抱えながら弱味を見せる。
それがエリカには不思議でならなかった。
「私が抜けたとしても大きな痛手にはならないと思います。
まだまだ半人前だった私より、元より戦士長をされていた父様の方がより大きな働きを━━」
自分より父の方が隊をまとめられ、より一層の活躍ができると理解できている上での発言であったが王がエリカの言葉を否定する。
「違う、そうではないのだ、エリカ・A・マルベス。
事態はそんなに簡単なことではない」
魔物の群れはレオたちにより殲滅されたはず、それ以外で緊急の要件など身に覚えがなかった。
「まさか魔物の残党が!?」
「エリカ、そうじゃない。 バナラ山の件だ」
「バナラ山? キューレさんが担当した?」
「そうだ。アンデッドなどの死霊系魔物が発生したバナラ山だが・・・」
父、ノレズは言葉を詰まらせるが覚悟を決めたように話を続ける。
「死の山と化した」
「え? それはどういう・・・」
「バナラ山は高密度の邪気によりエール王国側の片山全て、死滅したのだ」
ジャヴァは顔を少し伏せながら補足する。
「今はどうにか邪気を抑え被害拡大は防げたが、魔物と戦闘したであろう被害の中心部では未だに邪気が漂っているのだ。
それもただの一般兵であれば数分もせずに死に至るほどの密度を保ったままだ」
「よほど激しい戦いだったのだろう。なんせ魔物を殲滅したの、だからな」
彼らは勘違いをしていた。
王やジャヴァ、ノレズはキューレが邪気を扱えることを知らないのだ。そこに加えて、レオたちから各魔物の群れの親玉がエティンとデュラハンだと報告されていた。
エティンは有名な魔物ではないが、デュラハンの脅威はエール王国だけではなく人間種の国であれば過去の文献に事細かく記載されるほど有名である。たった一体のデュラハンにより滅んだ国もあるほどだ。
20年以上前だがエール王国の近隣国にデュラハンが出現したという報告を受け、周辺に滞在していた魔導に至ったとされる魔法師を含むAランク冒険者三組が討伐に出たが戻ったものは居なかった。デュラハンもその際に姿を眩ましたことなら相討ちになったという話が出たが魔石は見つかることはなかった。
その際にも今回同様に大量の邪気が巻き散らかせ周辺は数年間は草木が育たなかったのだ。
「今回はデュラハンに加えて数多くの死霊系にリッチまで居たのだ。被害の拡大はしかないことであるが・・・
余は彼もの達に感謝すると同時に恐ろしく感じる」
「ですが今回は味方でした。それに彼が居なければ今以上の被害は免れなかったはずです」
ジャヴァの発言に王はまたも頭を抱える。
「故に今後を考えると悩ましいのだ」
「あやつは馬鹿ではない。余計なことをしなけば大丈夫であろう。ガハハハ」
「そうだな。我が国最強の戦士長が敵わぬ相手なのだ、それしかあるまい」
「さ、さすがにそれは耳が痛いな」
「ガルバ!王に対して口が過ぎるぞ」
エリカはバナラ山の惨状を聞き冷や汗を流す。
キューレの力を目の当たりにし、手合わせをしたからこそあれが全力であるとは思えなかった。だからこそ今回の主犯が誰か気づけたのだ。
その後エリカは王の謁見が終わり次第レオたちにその話をし対応してもらったのだった。
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「(今だからわかります。【あれ】でさえ全力のひと欠片・・・)」
だとすると、まだまだ本気じゃない。本気があの程度の【生ぬるい】邪気な訳がない。レオにより取り除かれたバナラ山の邪気は本来50年はかかるだろうほどの規模と密度だったのだから。
エリカは時が止まったかのような高速の思考から現実に戻る。
レオの放った光槍はもうキューレの目の前にある。迫り来る二種類の壁も健在で、変化はない。
「ラストラウンドだぜ、レオ!」
キューレの言葉にレオは声無き意思、瞳で答えるのだった。
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