70.勘違い
修行フェイズ!
小鳥の囀ずりさえ聞こえそうな静けさ漂う道場の中に二つの【流れ】が生まれていた。
一つ、激流や爆風、威圧や邪悪を感じさせる動の気。
一つ、清流や涼風、沈着さや快活を感じさせる静の気。
道場の中央をぶったぎるようにせめぎ合う気の流れが作り出され、静かであるが確実なる緊張感を醸し出していた。
「どうしたどうした? 力に呑み込まれてるぞ?」
「おらっ! しっかり自身の内側を這いずり回る力の流動を気にしろ、んで使いこなせ。じゃねぇと戦えねぇだろが!」
静の流れを産み出しながら余裕で佇むレオとキューレが渇を入れる。
「そ、んなこと、い、言われても・・・」
「はぁはぁ・・・くっ」
逆に自らの動の気に押し潰されそうな勢いでまったく余裕のないエリカとクレイがいた。
二人がやっていること、それは力を最大出力にしたまま制御をする訓練である。
「も、もう・・・」
「まだ、まだです・・・」
最大出力を維持し続けて2分が過ぎたかどうかという時間には二人とも力を制御するどころか呑み込まれん勢いで自身の力に押し潰されている。
「おら、ラストいくぞ」
キューレの掛け声に希望の光を見つけた二人は最後の力を振り絞り力の制御に努め始める。
「はぁああああ━━━うぐっ、え?」
全力解放でほとんど魔力や体力が失われたお陰かようやく制御の兆しが見えたと感じた瞬間、エリカは壁に激突していた。
何が起きたか分からないといったエリカの目線の先には、さっきまでエリカの目の前にいたキューレが片足を上げたまた足の裏をエリカに向けている。
どう見てもキューレによって蹴り飛ばされたという証拠だった。
「あらら、レオの言うとおり抵抗なく飛んだわ」
「けほっ、これは・・・?」
エリカの問いにキューレは足を戻しながら親指でエリカの左側をぶっきらぼうに指差す。視線を左にそらすとレオがおり、右腕を肩辺りまで横に上げ、握り拳を作っている。
さらに左に視線を泳がせばクレイがエリカ同様に壁まで転がるが見えた。
「エリカもクレイもちゃんと集中しろよ」
裏拳で壁まで飛ばされたであろうクレイがよれよれと立ち上がる。ダメージ自体はあまりないようだが《スキル》の反動による体の軋みで立ち上がるのもいっぱいいっぱいのようだ。
「し、失礼しました。意図、理解いたしました」
クレイの言葉にレオは満足そうに頷く。
「うっ、くっ、んしょ・・・」
エリカもどうにか壁を使いながらも立ち上がる。
「い、意図って何なんですか? これってこの【力】を使いこなすための特訓ですよね?」
そんなエリカの言葉にキューレは溜め息をつき、レオは不敵な笑みを浮かべる。
「まぁそれは間違いじゃない、けど違うぞ」
「エリカ嬢、主様たちは【方針転換】をするとは言っておられたが、やり方を変えるとは言ってはいなかったはずです」
「えっと、つまり?」
「つまりだ、さっきの状態で今まで通りの訓練をやるんだよ」
最後のキューレの発言にエリカはさっきまでの流れを思い返す。
「(全力解放の中をレオさんたちがただただ見ていたのは制御訓練じゃなくて準備を待っていただけ?
そういえばキューレも【こんなんじゃ戦えない】的な発言していたような・・・)」
さらに思考を巡らせる。
「(そしてキューレさんが最後に言った【ラストいくぞ】って、制御の話じゃなくて自ら仕掛けるぞっていう文字通りの意味?)」
そんなの分かるわけないよ・・・と心の中でごちる。
「どうやらエリカの奴もわかったみたいだな」
「まぁ馬鹿ではないからな~」
「向こう見ずなだけってか?」
レオとキューレは互いの言い分にくすりと笑い合う。
「そ、そこ! また人のこと馬鹿にして!イテテ・・・」
「おうおう、たったあんだけで体が悲鳴上げるような貧弱体質のくせに口だけは達者だな」
「キューレ、もうこれ以上は煽んなくていいって」
レオがキューレを押さえつつエリカとクレイを見渡す。
「丁度いいから二人は一端休憩。んでキューレ」
「ん?」
「手本、見せてくれ」
「いいぜ。その変わり【第二式】、いいだろ?」
楽しそうに語るキューレに対してレオは嫌そうな顔を浮かべる。
このあと起こることへの案じなのか、はたまたただの思い過ごしか。だがエリカもクレイもレオの顔からこれから起こることが決して良いことではないことだけは察している。
「なぁなぁいいだろ? 魔人程度じゃ寝てたって制御できちまう。それじゃあ【手本】にならないだろ?」
グイグイとその身長をいかしてレオに迫る。さすがに10㎝も身長差があるわけではないが、背の高い相手から迫られるというのはどういう状況でも圧迫感は感じれる。
そこに加えて迫ってくるのが狂暴性を持ち合わせるキューレである以上、下手な脅しより恐いのは確かだ。
「わかったよぉ・・・」
最後は諦めたようにレオが折れた。キューレはニヤニヤしながら道場の中央に立つ。
「さあさあ!始めようぜ」
一人だけ元気いっぱいなキューレがそこにいた。
ウキウキワクワクo(^o^)o




