57.七不思議
ひゅうどろどろ
奥の扉を開いた瞬間、レオの視界が一瞬ブラックアウトする。久々に忘れていた感覚が軽い頭痛と共にレオを襲っていた。目に飛び込む数々の魔法陣を分解、解析を果たし最後に最適化が始まる。異能【完全魔法式保存】により、見る見るうちに魔法の全容が明かになる。
「思ったよりも事態は深刻かもしれないぞ・・・」
頭痛の痛みも増し最後には冷や汗が出ていた。そして完全に保存が完了し、出た最悪の答えによる感情が顔に出たのか、レイが心配そうにこちらを見ている。
「レイ、さっきの部屋のアイテムの中に何かの【核】になり得るものか、代替物として効果があるものを探してくれ」
レオの意味するところが分からないままであるが疑いなど微塵もなく二つ返事で了解の意を示す。
「生あらざるものたちよ、【核たる力、または代替の力】を持つものよ、我が呼び声に答えその意を導きの音と光と共に示せ! 『整探の調べ』」
魔法の発動と同時にレイの近くにあるアイテムから順に淡い光に包まれる。小さな光は直ぐ様消え去り次のアイテムが光り出す。それはすべてのアイテムが終わるまで繰り返され、最後も同じように光り、そして消える。
「ダメです、ここにそれらしいアイテムは無いようです。
ですが、空白のある部分がありましたから、もしかしたら・・・」
━━━━バンッ!!!!━━━━
建物の中に居ても分かるほどの爆発音が響き渡る。咄嗟に部屋から出たレオたちは廊下にズラリと設置されている姿見ぐらいの大きな窓から外の様子を確認すると、町の外、森の中から大きな黒煙が上がっていた。
「あの方向は・・・」
「私たちが来た方向で間違いないです・・・」
「クソッ、 最悪なパターンかよ!」
「レオ様!」
「・・・わかってる」
レオはすぐにティアナと連絡を繋ぐ。
《ティアナ! 聞こえるか!》
《ハ、ハイ》
《返事はいいからそのまま聞いてくれ。最悪な事態になった。今、村の方から爆発音と共に黒煙が上がってる。おそらくだがターゲットと入れ違いになったみたいだ。俺達はこれから村に戻る。こっちは任せてお前らはお前らのやるべきことをやれ。以上》
《チョットマ、》
レオはティアナの話を聞く前に強引に回線を切るように魔力を遮断する。
「とりあえずは伝えた」
『次元収納』 →『一式装着』
一瞬にしてあの時のように完全武装状態に変わる。あの時と違うのは装備されてたナイフや剣が全てダマスカス鋼に変わっていることだ。
「レイ、村まで直に飛ぶぞ」
ステータス画面を開きマップからパストーゾの村を選択する。次に見えた景色はちょうどレオたちが初めて村に訪れた際に使った入り口のまん前。
だがそこで目に入るのは綺麗な木々や家々ではなく、それらを呑み込み未だに勢いを増しながら、黒煙と共に燃え上がる真っ赤な炎の海だった。
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日の届かない地下、明かりは橙色の光がうっすらと、広い感覚で天井から差し込むだけ。ここはイフル刑務所Dブロック。
「レオ殿!レオ殿!」
「どうした、ティアナ」
ティアナの表情から何か悪いことが起きているのは理解できた。
「(まさか、彼らが・・・)」
マユナの中から浮かび上がってきた光景はレオたちが守護精霊に負け、地べたに転がっているものだ。そんな訳がない、と思いつつもティアナの様子から次第に、そうではないだろうかと不安が募る。
「レイ様の方からもお話がありました。どうやらターゲットと入れ違いになったようで・・・」
口を閉ざすティアナの代わりにマテリスが話を続ける。徐々に重くなる口は伝え聞いた事実をそのまま口にする。
「村が襲われていると」
「なら、早く戻らねぇと!」
ティアナが重くなった口を開く。
「いや、このまま救出を続行しよう」
「だけど・・・」
「レオさんは【やるべきことをやれ】と言っていた。だから我々はこのまま進む」
すでに大半の仲間は助け出している。残りもそこまで時間は掛からないだろう。ここまで来るまでにDブロックの警備は既に殆どを無力化してきた。あとは、皆を安全な地に誘導するだけになっている。
「・・・わかった。なら、ちゃっちゃと済ませようぜ」
全員が小さくしっかりと頷く、ここからが正念場だと。
刑務所に静寂が訪れてから2~30分後、今度はけたたましい鐘の音が刑務所内を響き渡る。侵入者、および脱獄のサインだ。そこで初めてA、Bブロックの警備員が今回の騒動に気付くことになる。
「急げ急げ!侵入者だ! 数は2、現在Dブロックにて重犯罪者の脱獄を企てている! 全員直ちに急行せよ!」
告げられる内容に衝撃が走る。直ぐ様、AおよびBブロックに最低人数だけ残し、残り全員が最低限の武装にて戦線に参加する。
一番遠いブロックであるAの警備員が参加したとき、まさに死屍累々の状態であった。
敵はダークエルフと思われる女性が二人、片や両手に剣を握り、片やこの狭い通路では不釣り合いな弓を持つ。武装だけでは今の最低限のものでは太刀打ちできないだろうが、それでも物量差で押せるだろうと、思っていた。だが次々に崩れ落ちていく仲間を目の前に次第に状況の悪さが伺える。
「おらおら!どうしたぁ!」
余裕綽々で双剣使いが叫ぶ。どうにか取り囲もうとジリジリ近寄るも敵の勢いと覇気で近寄れない。さらに加えて言えば場所も問題であった。
Dブロックは最重要犯罪者の収容の関係上、出入り口を1つにし、さらにその道を狭くしているため、裏から回ることは出来ず、取り囲むことも難しい。だが場所はCからDに通じる通路であるためDから増援が来てもおかしくないのだが・・・
「お、おい! なんでDなら増援が来ないんだ!?」
「わからねぇ。もしかしてやられたのか・・・?」
「そんな馬鹿な!」
Dブロックは少数精鋭の兵が置かれている。中には妖精付きもいるとかなんとか。そんな奴等な知らせを聞くまでにやられるなんてあり得ない。それに戦いがあったなら少なからずその形跡があるはずだ。だが相手は未だ傷どころか息切れすらしていない。
「はぁ!」
「おら! ったく!キリがねぇな・・・と!」
敵をあしらいながら二人は愚痴愚痴と口に出す。警鐘から10分前後だろうか、肩で息をし始めた二人は少しずつ確実に敵に押され始めていた。そんな時、二人の耳元で囁きが聞こえる。
━無事に、完了しましたよ━
二人にしか聞こえない声をしっかりと認識すると、二人同時に敵を薙ぎ払い距離を開ける。押し返され、体制を崩した警備隊が再び二人に接敵する。だが気づけば二人の跡形も無くなっていたのだ。
その後の捜索でDブロックからダークエルフだけが全員消えていることがわかるが、脱獄方法が一切分からない上に、数十名にも及ぶ人間を誰にも視認されることなく消えることなどあり得ないことからイフル刑務所の七不思議として今後、尾ひれはひれを付けられながら語り継がれることになる。
だがそれはまた別のお話である。
その後、今回現れた二人のダークエルフはエルフへの怨念により生まれた妖怪ではないか、という噂が飛び交ったとかなんとか