55.イフル刑務所
声が小さい!足並み合わせろ!
王城から少しばかり離れた場所、ルフィンの外壁近くに石で作られた大きな施設がある。その施設の周りには、王城のように専用の外壁が用意されていたが城とは違い、外壁の上部には内側を向くように網が斜めに設置され、さらに有刺鉄線まで張り巡らされている。ここはルフィン唯一の監獄、イフル刑務所。
刑罰や拷問、時には死刑すら行われる場所である。朝早くから刑罰の軽い者たちを「健全な精神は、健全な肉体から」をモットーに集団行動訓練などをさせているのだが、今日はやたらと静かである。周りに民家などはないため違和感に気づくものは少なく、時が止まったような静けさを漂わせる刑務所はさらに不気味さを増している。
━━ドサッ━━━
刑務所の奥から音が入り口辺りまで響き渡る。常に誰かがいるはずの刑務所にそれ以外の音はなく人の気配もない。建物の奥に進めば開きっぱなしのドアの隙間に人の足首が見える。革靴に白い靴下、青いズボンの端が見えるだけでからだ全体は見えてはいない。そしてその足は引きずり込まれるように部屋の奥に消えると同時にドアが閉まる。
部屋の中には合計7人の姿があった。うち二人はダークエルフの女性、それぞれ双剣と短剣を腰に差す。もう一人は20代前半であろちょっとひ弱な人間に、そこに寄り添うように白に近い黄色のドレスを着た精霊。その他警備員らしき制服を着た男性エルフ三名だ。警備員たちは気絶しているのか、床に無造作に転がっていた。
「凄いな、これは・・・」
短剣使いが声に出すが、先程の音とは違い周りに声が響かない。
「ティアナさん、でしたよね? これがマテリスの【隠匿】の魔法のによる『遮断』の効果です」
『遮断』による効果は3つ。
1つ、視認をされないこと。
2つ、干渉されないこと。
3つ、気配を消すこと。
『遮断』は空間魔法に分類され、言葉通り、自分と他の空間を遮断することで認識されなくなるというものだ。つまり、相手からは見ることも、触れることも、気配を探ることも出来ない魔法。
さらにこの魔法の便利なところは複数の相手に魔法を発動させたとき、発動者が同じ人物の場合、同一空間と認識されるため魔法を受けた者同士には効果が無くなり、会話や接触が可能になる点である。
「ただし、弱点もありますよ。空間を遮断し続けなければ効果が無いために、常に薄い魔法の幕を身体に纏っている状態なのです。ですから魔力を関知することが出来る人物がいるとき、すぐにばれてしまう可能性があります」
魔力の流れを見れる人物から見れば、魔力の塊が人の形をした状態で目の前にいる状況になる。さながら青い全身タイツを着た人物が目の前に突如現れたように見えるのだ。
ちなみに守護領地内でレイが二人に気づいた理由でもあったりする。
「ですから基本的には他人の視界に極力入らないように進むべきです」
「だけど、ここは刑務所だろ? 警備の奴等の中に魔法師がいるか?」
マテリスの発言にマユナが疑問を飛ばす。最初にここに着たときから、脱出のときのことを考えて警備員や兵は出来る限りの無力化していこうという話しになっていたが予想以上に便利な魔法のため必要性を感じなくなってきていた。
「マユナ、マテリス様の魔力も無限ではない。脱出のとき、さらには村に戻るまでに誰かに見つかれば作戦が失敗に終わる可能性もゼロではない。だから出来る限りの不安要素は消していくと話をしただろ?」
「それは分かるんだけど、チマチマと面倒なんだよな・・・」
「言いたいことは分かるが牢屋の鍵の在処や、仲間の場所も把握できてない今、慎重すぎることはない」
「加えて言わせて貰えれば休憩を挟めるこのやり方の方がマテリスの魔力も長持ち出来るから」
「わぁかったよ~」
マユナはティアナとツリナに諭されて渋々了承する。マテリスはそれを見ながら微笑んでいた。
さらに奥まで進むと大きな分かれ道に、イフルの区画地図が貼られている。この場所は罪人のレベルに合わせ、大きく四つのブロックに別れる。
A:軽犯罪者(刑期が1~2年ほど)
B:窃盗や暴行、殺人未遂など
C:殺人犯、密入国者など
D:指名手配犯、国家反逆者など
比較的に刑罰の軽いA、Bに関しては地上に牢屋が用意されAが一階から二階、Bが三階以上に分けられる。そしてC、Dはいうと・・・
「地下か!」
「みたいだな」
マユナが叫び、ティアナが地図を見ながら経路を確認する。
C、Dに関してはA、Bの真逆で地下深くにDブロックが用意されその前にCブロックを抜ける必要があるようだ。
「C、Dの方が重罪人が多いんだよね? なら兵の質も高いだろう、どうするんだい?」
「・・・マテリス様、1つお聞きしたいことがあります」
「はい、なんでしょうか?」
ティアナとマテリスをメインに今後の予定を組み上げる。
「それでいいのかい?」
ツリナは疑問の声をあげ作戦の変更がないか確認する。
「我々の方が適している。それに逆になれば救出に時間もかかってしまうからな」
「なぁに心配はいらないさ。あたしらはそう簡単にやられねぇよ」
ふん、と無理やり納得したようにツリナは息を吐くとそれ以上は口を閉じる。
「では、それで行きましょう」
それぞれ皆が各々見渡し認識し合い、頷く。それを合図に地下へと続く道へ進んでいく。
『遮断』は自分からなら触れます(ただし気づかれる)




