50.困ったときの
お待たせしました!
ーー姉を殺すーー
マテリスとて考えたことが無いわけではない。今までであれば言葉による説得だって考えれただろうが、あの時の不気味さと今の行動を加味すれば言葉で止める段階はとうに過ぎていた。だからこそ力付くで止める必要があった。
それでも・・・
「あ、姉を殺さなければならないので、しょうか?」
自身にも問いかけるように言葉を発する。
「事と次第によれば、です。
貴方の話が全て事実として、ダークエルフを捕らえ聖域を潰して回している理由が神であるならば・・・
彼女は一度止めた位では諦めないでしょうから」
狂信者のごとく盲目で目的のために手段を選ばないスアが一度止めた程度で素直に言うことを聞くならば苦労はないだろう。そんな都合のいい話はないのだから。
「ですから今一度問います。スアを、貴方が姉と慕う相手を殺すことを許可できますか?」
マテリスだってわかっている、この問いが最後のチャンスであると。ここで異を唱えれば姉を止めることは難しくなるだろうことも。だが言葉を出せないでいた。自身の口から【殺す】の一言が出ないのだ。【はい】でも【わかりました】でも良いが、自らはっきり口に出さなければ必ず公開することを理解しているからこそ口に出そうとはするが、やはり無理なのだ。慕い続けた優しい姉の姿が邪魔をして出掛けた言葉を呑み込んでしまう。
1秒が1分以上に感じかられるほどマテリスは長く暗い葛藤を繰り返した。だが時間は待ってくれない。
「はぁ~~~」
長いため息にマテリスは葛藤の中から戻ってくる。ため息を出したのはいうまでもなくレイだ。
「ま、待ってください!」
マテリスに既に余裕はなく必死に、チャンスを潰さないように、レイを繋ぎ止めようとする。レイが呆れて話をやめにしようとしているだろうと考えたマテリスの悪あがきだ。
「いえ、貴方の気持ちはわかりました。ならば仕方ありませんよね?」
「待ってください! 話を! どうか・・・」
最後には涙を流しながらもマテリスは必死に言葉を紡ぐ。だけども決してレイの問いへの答えは口に出せなかった。それでも、と言い訳をいう子供のように曖昧な言葉を繋げる。
既にレイはマテリスを見ていなかった。体ごと別の人物に向きを変える。その先にはレオがいた。
「レオ様、力を貸してください」
ペコリと頭を下げたレイの行動に、泣きじゃくっていたマテリスが止まる。何が起きているのか分からず、自分の願いは切り捨てられたと思っていたマテリスにとって言葉の意味が入ってこない。
「貴方がお姉さんを大事にしていることはわかりました。そして殺したくないという意思も。
ですから、スアを殺さない方法を考えました。
それにはレオさまの協力が必要なのです」
マテリスは複雑な気持ちでいっぱいだった。姉を殺さない方法と聞き喜びを覚えるが、神が頼る先が一個人であり人間であることに困惑もしていた。
マテリスとて人間をバカにしているわけではない。永き年月の中、英雄と呼ばれる者たちを見ることもあった。【スキル】や【Ⅳ界式呪文】などの力を持ち、国や地域、場合によれば世界すら救ったといわれる英雄を見たこともある。だがどれだけ強かろうと、どれだけ技術を持とうとあくまで人間の域である。大半の精霊たちと対をなしても守護精霊には及ばない。
「(今、守護精霊と対をなす人間がいるならばかの第3戦士長だけ)」
だが、ここに来て霞みがかった思考が晴れ、過去の記憶が浮上する。目の前にいる人間はまさにその第3戦士長を倒した人物であることを、そして自ら勝てぬと評価を下したことを。
「レオ様・・・ダメ、でしょうか?」
「ん? 別にいいけど?」
軽い返事だった。今までの流れをぶち壊すほどに軽く何事もないかのような、そんな返事だった。
「さっきから聞いてた限りじゃ目的は一緒だしな、スアってやつを止めることとルルファってやつを止めること。
両方止めて初めて依頼完了!って話だろ?」
「はい!」
レイの明るい返事とさっきまでとは全く違う屈託のない笑顔でレオを見つめている。まるで別空間を作り出したかのようにレオとレイだけが幸せ空間の中にいるような雰囲気である。
マテリスを含む誰もがついていけていなかったのはいうまでもないだろう。
そんな中でも軽い声が話しかける。
「で、姫さん。あんたらの見識はスアがルルファに操られてる、だったよな? そんで、マテリスの話だとスアがルルファと手を組み悪さしてる。
どっちみち、今の時点じゃ何にも分からないがどうする?」
「さ、作戦に変更点があるかどうかというお話ですか?」
「そそ」
マリは状況を整理しつつ考える。今の国の現状にマテリスの話、そしてさらに・・・
「作戦の変更はしません。スア様の現状がどうあれ我々から仕掛ける方が被害は少なくすみます。それにルルファ議長が集めている強力なアイテムの話も気になりますから」
「なら、それで決まりな」
「え、あ、はい」
レオの態度に皆が皆、調子を狂わされている。だがそんなレオを頼りにするレイの姿を見てると不思議とレオに対する不安が浮かばないのも事実だった。
「マテリスさん、あなたのお姉さんですが、とりあえず実力で止めさせてもらいます。それで止まればいいですが最悪はレオ様に【封印】してもらおうと思います」
マテリスが何かを言いかけるがレイが手をだしそれを抑える。
「一番良いのは私が神であることを証明し見せることでしょうが、先も言ったように訳あってできません。なので最終手段として【封印】なのです。
ですが、封印しただけではいつかそれが解かれた時、再び繰り返しが起きるでしょうから・・・」
チラリとレイはレオを見てから再び話し出す。
「レオ様に頼み、精神での会話をできるようにしてもらいます。
私には苦手な魔法ですから。なのでそこから先はあなた次第です」
「・・・はい」
レイの言わんとすることは理解出来る。マテリスに既に涙はなく決意を新たにした強い眼差しであった。
「んじゃとりあえず村まで戻るかぁ~」
いつまでもマイペースなレオであった。
こいつは惚れるぜ!