48.願い
だ、誰だ!
レオ達が守護領地内でツリナを見つけた頃、エリカ達は村の中央広場に来ていた。村の規模からしてもそれほど広く立派な広場ではないがその中央、まさに村の中心には大きな矢倉が組まれており、族長の話では村を一望できるようだ。
「そろそろレオさん達が何処に行ったのか教えてもらえますか?」
「あぁもちろん。彼らが向かった先は守護領地、我々が【緑】と呼ぶ場所だ」
その後ざっくりとした説明ではあるがエリカたちに聖域と守護領地の差を説明する。
「簡単に言えば神が降臨し無意識に生み出したのが聖域、神自身の意思で聖域化させた場所を守護領地というわけだ」
「それはわかった。だがどうしてそれを知っているだけで我が主に牙を向ける?」
「義娘達が殺意を向けたことは詫びる。だが仕方のないことだと理解してくれるとありがたいな」
「なにか事情が?」
エリカの問いにふむと軽く考えたのち、さらっと答える。
「守護領地が村の目の前にあって、俺の部族がそこを秘密裏に守っているからな」
そう、これがダークエルフとエルフが持ちつ持たれつの関係を続けていた訳である。ルルファ議長によりダークエルフの冤罪が生まれる前、エルフの国には十数の部族がいた。その全てというわけではないが半数が大なり小なり聖域の守護をしていたのだ。
「他国や大きな力に関しては守護精霊が、魔物や人種などは俺たちが、それぞれ大きな目と小さな目で見てきたわけだ。
まぁ中には中で【管理人】がいるから問題が起きたことなんてないんだがな! ワハハハ」
「【管理人】?」
「そう、管理人だ」
にこやかに笑う顔には何やら悪戯っ子のような雰囲気を出していた。
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守護領地内の庭園にある純白の小さな建物であるガゼボの柱の影、どう考えても隠れられるような場所ではないがその場に浮き出るようにしてツリナは現れる。その表情はどこか困ったような顔である。
「他国の戦士長がヒソヒソとここで何をしているのですか!」
声を上げたのはマリだ。レイはツリナが姿を現したタイミングで威嚇を止めている。
「何を、と言われても・・・」
ばつの悪そうな雰囲気でマリたちとは逆側、何もない筈の虚空を見ている。
「どうやって入ったのかは知りませんがここは神聖な場!
返答を拒むのであれば実力で排除することなります」
排除という言葉に反応したのか、ツリナの目付きが変わる。明らかな負の感情が目に宿る。
「お待ち下さい!」
さっきまでツリナが見ていた虚空から更にもう一人現れる。淡い青い色をした長髪には癖毛一つなくキレイなほどにストレートであり、髪飾りがわりにレースを着けている。彼女自身の服装が極めて白に近い黄色のドレスを来ているため、ウェディングドレスに身を包む新婦に見えるほどだ。
「マテリス!」
「・・・ま、マテリス? まさか!?」
マテリスはカラの分霊とレイを交互に確認する。
カラの分霊は名に聞き覚えがあるのか少しばかり思考すると、マテリスに向かい頭を下げた。
「も、もしやあなた様は【隠匿の精霊】にして【管理者】、統括守護精マテリス・ピス様、では・・・?」
分霊の問いに言葉ではなくただ手を上げるだけで答える。肯定しているような、言葉を遮るような仕草であるが分霊にはそれだけで十分な答えになったようで、今度は深く頭を下げる。
「・・・マテリス?」
マテリスは姿を現してからずっと一点を見つめていた。視線の先にはレイがいる。
一度ゆっくりと眼を閉じ何かの覚悟を決めただろうか? 目にはっきりとした強い意思が込められる。一呼吸後、マテリスは両膝を地面につけながら座り、両手を胸の前で組む。その姿はさながら神に祈りを捧げるシスターだ。
「愚かな私をお許しください、神よ。貴方様の地位も、さらには名すら分からぬどこまでも愚かな私を・・・
そして・・・どうか!どうかそんな愚かな私の願いをお聞きいれください、神よ!」
どこまでも透き通るような声でマテリスは必死に懇願する。視線は未だに変わらず一人を見つめる。皆もマテリスの視線を辿るように一点に視線が集まる。
「どうして私が【そう】だと思うんですか?」
感情豊かに話していた時とは思えないほどに冷たく無機質な声が響く。気温が一気に落ちたかのような気さえ起こさせるその声に皆が息をのむ。
だがそんな中でもマテリスだけは体勢を崩すことなくレイを見つめたままだ。
「ここは【守護領地】、神が自ら生み出した聖域です。
ここにあるもの全て、神の力の影響を受けています。ですから・・・」
「神の魔力に反応し呼応する、というわけですか・・・」
マテリスが言っているのはレイが魔力を放った際にこの場にあるすべてが輝きだした現象のことである。
「はぁ~、気づかれたなら仕方ないですよね?」
レイがそういいながらもチラリと見た先はレオである。あちゃーとした顔で小さく頷くレオを見て、レイも頷くとマテリスに視線を戻す。
「はい、その通りです。訳あって真名は名乗れませんが貴方がいう通り、私は神の地位にいるものです。
(まぁ【この世界の】ではないですけど・・・ね)」
それを聞きマテリスは今度は深々と頭を下げながら再び願う。
「どうか、どうか私の姉を止めるために力を貸してください!」
強い強い意思であった。
精霊「私だ」
神 「お前だったのか」