39.レイだから
妖精と○○
戦う前から何やら嫌な雰囲気を漂わせる三人が道場の中央でにらみ合いを続けている。
「レイさんまだ怒っているみたいですけど・・・」
「ま、戦いが始まればすぐに冷静になるさ」
「ならいいんですけど、初めてあんなり怒りを露にしてるところを見ましたから・・・」
今まで怒ったとしてもレオにたいしてお母さん的に雰囲気を全面に出した感じであり、怒りというより説教に近いだけで凄みはあっても恐怖はなかったが、今のエリカにはレイから感じる怒りに恐怖を感じていたのだ。
「我が主」
「どうしたクレイ?」
「あやつらの実力を知るだけならば私が相対すればよかったのでは?」
エリカもうっすらとは思っていたのだろう。小さく頷き肯定する。
「あの場ではレイさんしか代わりができませんでしたからそういう話になったんでしょうけど、今は私たちもいますから」
「確かにそうだな。けど今回はレイが適任なんだよ。
相手の実力を見るのに必要なことは、相手を倒さない程度の手加減と、相手に本気になってもらうための演出。
つまり、全力の手加減だ。できるか?」
「全力の手加減ですか・・・」
「主が望むならば、必ず!」
「それが例え相手に【わざと負ける】ような行動でもか?」
「そ、それは・・・(あ、主様たちの前で敗北、醜態をさらすことなど・・・)」
「そうだよな。普通は難しい。勝てる相手に負けることも、ただ負けるのではなく相手の力の底の片鱗でも出させることも。
だからレイが適任なんだ。レイならできる」
「ですが、それでは奥方様が!!」
「さっきから気になってたけどその奥方様って・・・ まぁいいか。
それに心配はいらないさ。確かに実力見るために【負ける】ことが時には必要だが、レイならそんなことしなくてもやってくる。それに今レイに頼んだのはもう一つ見せてもらうためさ。【お前達】に【レイ自身】の実力を、な」
レオは心配など一つもない、むしろ絶対的信頼でレイを見つめ口許に小さな笑いを作る。
「レイ、あとそちらのお二人さん。用意は出来てるか?」
レオは中央に近より、レイの頭を撫でるようにしながら問いかける。
全員が頷き肯定したのを確認すると、話を続ける。
「ここはギルドの訓練場と同じ、肉体ダメージは精神ダメージに変わるため多少の無理なら問題ない。
だからといって、命に関わるような危険な攻撃、戦闘不能者による追撃またはそれに近しい行為は禁止。守れない時は、俺たちが全力で阻止させてもらうからそのつもりで」
「勝利条件は?」
「相手の気絶または審判による続行不能判断。あとは降参するかだな」
「わかった」
「さっさとやろうぜ・・・」
相手はやる気満々な様子であり、双剣士に至ってはレイとレオを睨む勢いだ。レオはレイの頭を優しく撫でているだけで気にしていないようだ。
「レイ、俺は気にしてないからお前も気にするなよ。今はお前にか出来ないことをやってくれ、期待してるからな?」
「・・・はい!」
「(どうにか大丈夫そうだな)
じゃあ始めるか・・・」
「その前に・・・もう一つだけ確認させて貰いたい。」
声をあげたのは短剣使いである。
「どのような結果であれ我々の依頼を受理していただける、そう思っていて間違いないですか?」
「あぁ間違いない。さっきも言ったが俺自身は依頼を受ける気満々だからな。」
「わかりました。ならば・・・」
短剣使いはレオの話を聞き何やら決心したようにローブに手付けると脱ぎ捨てる。中なら現れたのは褐色肌に鍛え抜かれた肉体、耳は少し長く尖ったエルフによく似た姿だった。いわゆる、ダークエルフである。
「ティアナ!」
「マユナ、あなたも・・・」
ティアナと呼ばれた短剣使いは双剣士のマユナに催促する。渋々了承する形でローブを脱ぐ。
ティアナは金髪で長め、薄い水色の目。マユナは銀髪短め、黒目。どちらも服装は軽装であるが、森で見た動きを見ればその方があっているのだろう。
「依頼の詳しい話や、我々のことは後で話す」
「何で今、正体を?」
「依頼を受けてもらうならばいずれ見せていた。
それに・・・我々の力を見るのにローブは動きの制限にしかならないからな」
「なるほど。じゃ、気を取り直して始めるぞ?」
再び確認をとり、了承を得た。
「よーい、始め!」
合図と同時にレオは壁側、観客席の方へ飛び退く。
まず最初に仕掛けたのは双剣士・マユナの方だ。姿勢を低くしたまま、勢い任せに左、右の順番に剣を抜き放つ。勢い任せではあるが首と腕を正確に狙い斬る。レイは体を半身にした状態で一歩引き首を、体をひねり腕への攻撃を回避する。攻撃を避けられたマユナは舌打ちを一つしたあと、左にワンステップずれる。
マユナの身体が視界から消えたレイの目にはその後方、ティアナがあの【弓】を構えて狙い澄ましていた。弦がないはずの弓にはうっすらと白い線が浮かび上がり、弦になっている。構えられた弓に寄り添う矢は、真っ白に輝く魔法の矢だ。互いの視線が交差した瞬間に容赦なく矢が放たれる。ティアナの豪腕によるものか、はたまた弓の効果か、放たれた矢は時速にして200㎞/h以上にも達する速さでレイに襲いかかる。
開始位置からして距離がないこの場において避けることは至難の技である。故に避けること、その行動に移る間もなく矢はレイに刺さり貫く。
「レイさん!」
「奥様!」
「どうだ!」
レイの心配をしエリカとクレイが、ざまぁみろといわんばかりにマユナが声をあげる。
そんな中、二人だけは静かだった。レオとティアナである。レオはレイを信頼しているため、まだ納得できるがティアナに関してはティアナ自身が違和感を覚えていた。
「(確かに当たった・・・ように見えたが、手応えを感じない。
それに、矢が貫通したことも気になる・・・)」
放たれた魔法の矢は速射優先にしたもので、決して威力が弱いわけではないが相手を貫けるほどの威力があるわけでもない。
「もう終わりなのですか?」
静かな声だった。ダメージ負った苦しい声でも、怒りを露にした声でも、やせ我慢などによる声でもない。まるで何事も無かったというような静かな声だった。
得体の知れない状況に嫌な予感を覚え、マユナは一度ティアナの元まで戻る。
「今度は、こちらからですよ」
笑顔中に含む好戦的な意思を感じる二人はこれらに備え集中力を高めた。ここからが本番である。
これからこれから