32.エリカ特訓する〜魔法編~
エリカの苦難が始まる
荷台の二階、道場のど真ん中にエリカは座っていた。
レイの指示だろうか、胸の前で両手でお椀を作っている。
「では、始めましょう。とは言ってもいきなりやれ、と言われて出来るものではないので一度エリカさんには体験してもらいますね」
そう言いながらレイはエリカの後ろに回ると小さい両手をエリカの背中にくっ付ける。
「今から私の魔力をエリカさんに流し、誘導しながら【圧縮】を再現します。なのでエリカさんは気を張らずにリラックスしたまま【流】と【固】の感覚を確認してください」
言葉の終わりと同時に、レイから自分に魔力の流れを感じたエリカは一瞬身体が跳ねる。心地よいような、くすぐったいような感覚が身体を巡っているのが分かり、それこそが魔力の流れであることも理解できた。
レイの操作によって流された魔力は、次第にエリカの両手に集まり始める。そのままレイが見本として作り上げた時のように球体が出来上がる。だが今回はバスケットボールほどの大きさまで膨れていた。
「ではこれから【流】【固】を繰り返し【圧縮】を掛けていきます。一つ一つ丁寧にやっていきますからしっかりと覚えてください」
「は、はい」
エリカの返事にクスッと笑いながらレイは、リラックスリラックスと声をかける。
深呼吸をし、エリカが落ち着いたタイミングで本題にはいる。
バスケットボールほどの魔法の球が、ぎゅっと一回り小さくなる。一度目に見た時には気がつかなかったが、球が小さくなると外枠が波打つように不安定に揺れるのだ。そしてそれは球がどんどん小さくなるに連れて次第に強くなり、それを食い止めるために【固】で安定させる。すると不安定は次第になくなり、次に現れたのは、内側からの反発であった。【圧縮】を掛けているのだから当然なのだが、それにしても尋常ではないものに感じる。
まぁそれに関しては仕方ないだろう。現在、球の大きさは野球ボール並みに小さくなっているのだがら。
結構危険なほどに圧縮されたそれを、はい!とバトンでも渡すように軽い声をかけたレイがエリカから手を離すことで、強引にエリカに渡す。
急にエリカ自身だけのコントロールに変わった魔力は、当然魔法を保つことなど出来ず、【固】どころか【流】すら不安定になった球は、今までとは逆にどんどん膨れ上がる。これは不味いと分かっていながらもどうしようも出来ないため、後ろにいるはずのレイに助けを求めるべく振り返る。が、いつの間に移動したのか、レイは壁際まで下がっていた。
そうこうしているうちに球は、気づけば初めのバスケットボールより大きく膨れ上がり、ピシッと音が聞こえ次の瞬間には大爆発した。
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一階のリビングでソファにだらけて座るレオがいた。エリカたちが二階上がってからも作業を続けていたのだが、なにぶん量が多いために半分近くの刻印が終わった時点でやめていたのだ。
「何も今すぐ全部使う訳じゃないしな。これから移動にかなりかかるらしいから暇なときにチマチマと・・・」
と、言いながらグッタリとソファにもたれるレオは左右に首を降り辺りを見る。
「暇だ。確かに暇なときにやろうとは思ったけど・・・
今はなぁ・・・ ん?」
レオの視界に飛び込んできたのは部屋の隅に置かれた鎧だった。
レオやレイ、キューレは現在は鎧を使用しないため、これはエリカの物である。なぜこんな所にあるかというと、部屋に入らないからだ。
各個室が用意されているのだが部屋はベッドと軽い荷物が置けるほどしかなく、鎧があるだけで部屋自体の圧迫感が凄まじいのだ。
「エリカが部屋を広げてほしいとか言ってたな・・・
まぁこれも今は出来ないし・・・ にしても、なんつぅ・・・」
鎧を見ながらそんな感想を抱く。今までの純白の鎧から武骨なまでに地味な鎧に変わった時に、初めにレオが抱いた感想は「似合わないなぁ」だった。速さを売りにしているため、エリカの動きにより白い鎧は白い閃光に変わるときがある。それが意外にもなかなか綺麗でレオは気に入っていたのだ。
「まぁあの鎧はエリカ個人の物って雰囲気ではなかったけどな。
ふむ、なにかいいのがあった・・・か?
あ!あれなら・・・」
そんな意味深な発言をしたタイミングで上から爆音が響く。そのあとすぐにドカッ!と何かがぶつかる音も聞こえてきた。
「ハデにやってるなぁ~」
レオの声や顔には心配している様子など微塵も感じられなかった。
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道場には煙が充満している。次第に煙が晴れ出し、視界が広がって見えてくるのは上下逆さまのまま壁にもたれ掛かるエリカとそれを申し訳なさそうに見つめるレイの姿であった。
「けほっ・・・ 満足ですか?」
「あ、あのぉ、エリカさん怒ってますか?」
エリカの声に高揚はなく無機質に感じるが、そこには明らかに怒りを感じられる。さすがにやり過ぎたと気づいたレイが必死に弁明をする。
「い、いやぁ、いきなりあれを渡せばこうなることは予想できていたんですがこの道場の耐久性と安全性を知るいい機会と思いまして!」
レイの言葉が届いていないのか返事は一切ない。
「な、なんせこの道場内はエール王国で使用した訓練場を基にレオ様が改良して、肉体と精神のダメージを1:4にしているんです!
レオ様いわく、少しでも肉体にダメージないと覚えられないこともある、だそうです」
弁明が一通り終わったが、エリカは逆さまのまま戻ることなく沈黙を続けている。次第にレイがあわあわし出した。
「あ、あの、えっと、そのぉ・・・ ごめんなさいです」
レイの謝罪を聞きようやく動き出したエリカは、体制を直し起き上がる。埃を落とすように軽く両袖をスッスッと払うとレイを見る。
「はい、謝罪受けとりました。今後は無しにしてくださいね」
すでに怒っている様子は無くいつもの口調に戻っている。
「さて、今ので最後だったんですよね?
なら、始めましょう! 今のをすればいいんですよね?」
「え、えっと、今いうのは言いにくいんですが、エリカさんに覚えてもらうのはその先のやつで・・・ これです」
「・・・はい?」
そう言いながらレイがやったのは同じような【圧縮】だが、決定的違うのは先程のように一段一段丁寧に圧縮するのではなく、一気に最後で圧縮し、強引に固定するというものだった。
「これを覚えるのにさっきみたいな爆発がこれから何度も・・・」
レイの言葉に反応がなくなった恐る恐るエリカを見れば、身体をプルプル震わせていた。
「こ、こんなの! やってられないです!!」
声の勢いそのままに空を仰ぐように両手を上げる。何もかも放り投げるような仕草のまま、あぁだ、こうだと言っている
これがレイが初めて見るエリカの素顔だった。
まだまだ序の口よ