24.ほんの一部
エリカ!頑張れ!
レオは現状に対して動揺を隠せずにいた。レオが今まで魔従契約を行ったことがあるのはレイとキューレだけであるが、先ほどのように神魂の盟約だかなんだかというやつは一度も経験はなかった。
それだけならばまだ動揺少なくすんだだろうがそれに加えて、擬似契約の予定がいつの間にやら本契約に切り替わっており、それを裏付けるようにレオとエリカ、それぞれの合わせた側の手の甲に契約に使った魔方陣の似て非なる物が刻印されていた。レオの知識にすら存在しないその魔方陣は二人の契約の証として契約魔方陣が変化し唯一無二のものに変わっている。これが本契約の証にもなる。擬似契約の場合は魔方陣の変化はしないのだ。
故に自分の理解できていない事態に興味を引かれ調べようとするのは自然な流れだろう。『視認解析』により導かれた答えは・・・
「(レベル52に【覚醒状態】。魔従契約だけで26から52って・・・
2倍上昇なんて有り得ないんだけどなぁ。
いや、問題は【覚醒】だよな・・・)」
エリカはレオが自分を見ながら何やらブツブツ言っているのを聞き流しながらエティンに睨みを聞かしていた。
魔法を打ち消されたことにさすがに動揺してるのか、それともいきなり雰囲気が別人の如く変わったエリカに警戒心を強めたのか、すぐには攻撃を仕掛けては来なかったが、中頭は次の魔法の詠唱を始めている。
さきほどまで攻撃を受けるのでさえ精一杯で、一撃一撃が死神の鎌のように思えるほどの強力さに精神を削り続けていたはずなのに、今のエリカには先ほどまでの堅固な意思も敵から与えられた恐怖すらない。威圧を放ちながらもその姿はまさかに自然体であり、目だけがしっかりとエティンとその後ろの魔物を見据える。
「(頭がスッキリとした感じがする。敵の動きも全体を把握できるし、なんとなくだけど次の動きが理解できる。なによりイメージ以上に身体が動く。
っ! 敵が退いた、魔法の詠唱をしている。・・・止める!)」
エティンは左右頭は当然ながら中頭すら魔法の詠唱を始めならがも決してエリカから眼を放さずにいた。だが、やはり数十秒前まで手も足も出なかった相手にいきなり最大限の警戒が出来るわけもなく、距離を離したことも相まって一瞬の油断が生まれる。
今のエリカならその一瞬で十分である。
「グガ?」
左頭はまばたきをする。時間にして僅か0.3秒ほどである。次の瞬間に左頭が見たのは流れ星のような光の軌跡であった。何が起きたのか理解できず、だがハッキリとした嫌な予感が頭をよぎり、反射的に左腕をあげてそれを防ごうとする。
スパッと音が聞こえると小槌が真っ二つに切れると同時に左腕まで切り裂かれる。半分ほどまで切り込まれ、夥しいほどの血が流れ出す。
「――っ!?」
一瞬の思考停止したのち、声にすらならない悲鳴が響き渡る。中頭が攻撃魔法を中断し、簡易の治癒魔法に切り替える。右頭は力一杯腕を振り空を振り払う。しかしよく見ればそこにはさきほどの女戦士が立っており手に綺麗なままの剣が抜き放たれていた。
ここに来てようやく左頭は自分の腕を切り裂いた正体を確認できたのである。
エリカは予想以上の肉体の動きに驚いていた。思った通りに動く、身体が軽いなんてレベルではない。たった数分前の自分からすればありえないほどの能力が上がり、予想以上の成果であった。
エリカからすれば10m近くまで離れたエティンを数歩で近づき軽く傷を負わせて詠唱を止めるだけのつもりが、一歩でその距離を縮め、片腕を切り落とさん威力の一閃が生まれたのだ。
現状、エリカ自身は気づいてはいないがレオから供給される凄まじいまでの魔力を、先ほどまでは垂れ流しにしていたが今は無意識に身の内に溜め込んでいるのだ。これにより擬似的な『肉体強化Ⅲ』状態になっていることもプラスされている。
「(それに今の感触は・・・?)」
エティンからの反撃の振り払いを避けることなく受け止めきり、そこから直ぐ様、今度は右腕も切り落とそうとするが、先に敵に掴まれてしまう。
いつものエリカならばその速さを武器に受けずに避けるはずなのだ。だが受けてしまったからこそ敵に捕まり、追撃の気を逃す致命的なミスである。
「よくも!「よ"く"も"!!」」
左右頭は捕らえたエリカに容赦のない怒りを露にしながら、中頭の治癒により、止血と軽い手当てを受けた左腕も合わせ両手でエリカを掴み上げめ一杯握り潰す。
治癒が終わった中頭は再び攻撃魔法の詠唱を開始する。
「う、うぐぅ・・・」
ギチギチと音が響きだし、次第にバキバキと音が聞こえそうなほどまでに潰されかけたタイミングでちょっとずつではあるが掴み上げたはずの両手が開き始める。
一切の手加減すら出来ないほどに余裕もない表情で拘束を解こうと力の限りを尽くして抵抗するエリカがいた。
「うぅぅ・・・はぁ!」
最後は強引に引き剥がすことに成功し、なんとか拘束から逃れるが一息つく暇もなく中頭による火球がエリカを襲う。
さすがに力を使いすぎたために、身体が思うように動かず剣による防御で精一杯だった。火球によりエティンとの距離を強引に引き剥がされたエリカは、火球を振り払うと再び接近を試みるが・・・
「え?」
まさにガクンという音が正しいような光景である。足に力を込めたはずなのに逆に力が抜けてしまい崩れ落ちる。次第に身体全体からも力が抜けていき、立ち上がることもできず、最後には剣すら握っていられないほどにまで至る。脂汗が滲み出し顔は蒼白に変わり息も絶え絶えになる。活動限界がきたのだ。
例え魔従契約によりレベルが倍になっていたがレベルが倍になるというのは今までの倍の力になるわけではない。むしろ逆にそれ以上の力に成り得るのだ。そんな力を格があがったからといって現状の肉体が耐えれるわけがないのだ。魔従契約による強化はあくまで一時なのである。
エリカの明らかな不調を見ても、もうエティンに油断の文字はなく、自分達を殺しえる相手として慎重ではあるが迅速にエリカにトドメを刺しにかかる。
一歩一歩に死の宣告を感じ、身体を動かそうと必死にもがくが、身体にそんな余力もなく身動きすること事態が辛いほどである。
エティンとの距離が残り3mをきり、エティンの巨体からすればこの時点でエリカに届きそうな位置である。
右手で握りこぶしを作り最後までエリカに最大限の警戒を示しながらもその死神の鎌を振り下ろす。
迫り来る死に対し、目だけはそらさないが、受け入れるように最後の抵抗すら止めてしまのだった。
「盛り上がってるとこ悪いけど俺のこと忘れてない?」
そんな気軽な声が聞こえた。