116.外
彼らは今
とある大通りを全力疾走で駆け抜けるドワーフが一人居た。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
息も絶え絶えになりながらも休もうとはせず一心不乱に駆け抜けていく。
普段ならば昼夜問わず数多くの人で賑わっているはずの通りには今は人っ子一人いない。
そんな中、ドワーフは前方に目的地が見えると最後の力を振り絞るようにスピードを上げる。
そのままの勢いである建物へと入っていった。
「レオ殿はまだ戻らぬのか!!」
バンっと大きな音と共に現れ、大声を張り上げるバダに対してその場に居た数名のドワーフはビクリと肩を跳ねさせる。
「ウー頭領、頭領治館ではお静かに・・・」
受付にいたドワーフが恐る恐るバダへと声をかける。
「何を言っておるか! 今の状況を知らぬわけではあるまい!」
聞く耳もずなバダの一喝で受付は完全に畏縮してしまう。
「レオ殿たちが調査に行かれて既に数時間が経っておる。
本来ならば知らせの一つとてあってもおかしくないのだぞ?
それにじゃ!」
バダは自らが開け放ったままの扉を指し示す。
「あの空を見よ! あの雲を! あの渦を! この強風を!」
バダが示した扉の先にあった光景はまさに嵐を予感させるような光景であった。
空にはこの国全てを覆う黒雲が一片の隙間もなく広がっている。
時折バチバチと音を鳴らし続ける黒雲からは、いつ雷が降り注いでもおかしくない。
またその雲には亀裂が出来ており、それは蛇がとぐろを巻いているように見える。
そしてその中心にあるのは一番口の鍛冶場の真上。
つまりはボルバック諸島、いやボルバック火山の中で最も核に近い火山口の真上にいるのである。
「あれを見てもそんな悠長なことが言えるのか!?
暗雲からはいつ雷が落ちても不思議ではないのだぞ!」
バダの言葉にとうとう受付だけでなく、周りにいたドワーフ全てが下を向く。
「バダ!!」
そんなウー頭領に一喝を入れるものがいた。
「落ち着け、な?」
奥の通路から現れ、バダを止めたのは彼の同僚であり友人のサン頭領だった。
決して上から目線からの発言ではなく、よき友人を助けるための優しい言葉にウー頭領は一瞬にして熱が冷める。
「うぅスマヌな、サン頭領」
「んな水臭いことはいうな我々の仲だ」
サン頭領の出現に皆がホッと胸を撫で下ろす。
「ありがとう。じゃが悠長な事をしているわけにもいかないのも事実なのじゃ」
サン頭領はウー頭領の前まで歩く。
「分かっているさ。
だが、今彼らが何処にいるかさえ掴めてはいないのだ。」
「うぬぅ・・・ワシのミスじゃ・・・」
頭を抱えながら下を向くウー頭領の肩をサン頭領が力強く掴む。
「お前のせいではない。あれは最終的に全頭領の総意だった」
「じゃが!」
いきなり顔を上げたウー頭領の顔には絶望にも似た何かが張り付いていた。
「レオ殿たちが調査に出てから数時間の間に状況は悪化してしまった」
ウー頭領の口から懺悔のように言葉が溢れだす。
「一時間経った頃に、この国全土に響き渡るような地震が起きた。
それからすぐに突風が吹き荒れ始め、あの雲が瞬く間に国を覆い尽くした・・・」
ウー頭領の言葉が途切れた時、サン頭領が代わるように続ける。
「さらには波にまで大きな影響を与え、今を逃せば巨船すら転覆しかねないまでになってきている」
一度は顔を上げたウー頭領は再び下を向く。
「ワシが、ワシが彼らに【3日】などと言わなければ・・・
定期連絡の段取りをちゃんとしていれば・・・
ワシが、ワシが・・・」
「バダ! だからお前のせいではない」
「じゃが、ワシが巻き込んだのじゃ・・・
なのに【見殺し】に何ぞできん!」
再び熱を取り戻したらバダは今度は受付に向かっていく。
その意味を理解したサン頭領はバダを羽交い締めにする。
「放してくれ! サン頭領!!」
「放すわけないだろうが! 何処に行く気だ!」
「ワシ自ら探しに行く!」
「させるわけないだろうが!」
力が拮抗しているのか、剥がれそうになっては再び羽交い締めを掛け直す、を繰り返し続けている。
「バダよ、今のお主は全ドワーフのまとめ役なんだぞ」
「それでもワシは・・・!」
「ちっ、仕方ない。こいつは堅物は言い出したらキリがないからな」
羽交い締めにしたままサン頭領は器用に指をパチンと鳴らす。
「御免」
声と共にいつの間にかウー頭領の前に現れたクー頭領は、迷い無くバダの鳩尾へ拳を撃ち抜く。
「グフッ」
呻き声をひとつ上げるとウー頭領は完全に気絶し、抵抗は完全に消え失せた。
「しょうがない。目を覚ましたら恨まれるだろうがそれぐらいは背負おう」
「お前だけが悪いのではない」
普段無口なクー頭領が5文字以上喋ることは珍しい。
そのため、サン頭領は口を開っぱなしで見つめていた。
「うんっ」
再び口をつぐんだウー頭領はバダを抱えて扉の先、外を指差す。ようやく再起動したサン頭領は頭を縦に振る。
「さぁ皆、急ごう。島を・・・出るぞ」
島を出ることに、この場に居られない後悔が残る中でも、生き残るために彼らは行動を始めた。
最善の行動が最良とは限らない