115.幸せ
求めるものは
シズイから放たれた言葉に全員が沈黙する。
死んだはずの、消滅したはずの火神が生きている。
ならば過去の争いは、これからの争いは、何なのか。
必要性がない。必然性もない。
怒り狂った風神の争う理由が無くなったのだから。
「火神が生きているならばそれを風神に伝えれば終わるんじゃないのか?
あっちの戦う理由が無くなるわけだからな」
“いや、風神は止まらない”
「何故?」
シズイの切り返しに間を置くことなくレオが続く。
“火神は生きているんじゃなく、ハイズーの中に居るだけだから”
生きていないのに、居るというよく分からない言葉に多くが者が頭を抱える。
そんな中、レイの声が響く。
「つまり神の力、その一部がこの龍に引き継がれているわけですね」
“その通り。さすがですね”
パチパチパチと手を叩き、レイへ称賛の意を送る。
“より正確にいうならば本来母である彼女、クリホワに引き継がれた力だったんです。
まぁ当時の僕らは最初からわかっていた訳ではないんだけどね。
実際、それに気づいたのは風神を封印した後だったから。
でも、その力がなければ彼を封印するどころかこの火山を守ることすら出来なかっただろうし”
対抗できる力を持ったが故に、火神だけでなく他二人の親友を失うことになったシズイだが、後悔の念は見受けなれない。
むしろ、出来ることをやりきったのだという表情である。
「清々しさ感じる顔つきに変わったな」
“僕は大切な者たちを次々に失ったが、まだ救い出せていない奴がいる。そいつを助けたい”
レオたちが今見ているのは、過去に記録されそれを投影された偉人である。
既にこの世にはなく、その意思や感情なども記録されたもの。
だが、彼から受ける全ての印象はシズイがまだ生きているのだと思えてしまうほどに強烈なものである。
だからこそここにいる全ての者たちは理解できていた。
彼が仲間思いであり、親友思いであり、故郷思いであり、誰よりも他人思いであることを。
“だから、こんなことを言うべきじゃないと分かっていても伝えておくよ。
クリホワの死は確かに不幸ではあったが、幸運でもあった。
定着しきれていない神の力が、新たな宿主を選ぶことができたから。
そして長き年月をかけてその力を定着させ十全に発揮できる時間を作れたから”
本当ならば口にせずとも状況を見れば思い付きそうな話を、シズイが自ら口にするのは懺悔の気持ちもあるからだろう。
“だけど、それでも残る最大の不幸は僕らの尻拭いを、僕らの子に、孫に、未来にさせてしまうことだ。
本当にごめんなさい”
初めの明るさなど微塵もない。
偉人たるシズイの影の形もない。
ただ、そこにいたのは一人の小さな弱い人間だった。
頭を下げ、悔しさに唇を噛みながら泣きそうな声をあげる弱い人間だった。
だからこそ、皆が彼を【過去の人】などと見ることなどできなかったのだ。
ならば、今この場いる【普通の人】からの依頼を否定する理由は誰にもなかった。
「引き受けます」
“・・・!”
真っ先に声をあげたのはエリカだった。
その声にシズイは涙目のまま顔を上げる。
そしてエリカに呼応するように次々に同様の声が上がる。
「私はクリホワに頼まれてクリホワの子に【しっかりしなさい】と伝えに来たんです」
まさかこんな形で出会うとは思いませんでしたけど、とエリカはハイズーとの出会いを思いだし苦笑いを浮かべる。
「そして事情を知った今、彼女のためにやれることを見つけました。
私も戦います。こんな悲劇を繰り返したら駄目なんです」
力強く宣言する姿は純白の鎧の美しさに相まってか、聖騎士と見間違うほどである。
久しく忘れていた戦士長エリカ・A・マルベスの姿がそこにあった。
“彼女によく似ている”
「彼女って、クリホワですか?」
凛とした顔つきが一瞬でいつものエリカに戻る。
さっきまでと比べれたら間抜けな顔にシズイはクスリと思わず笑ってしまう。
“そう。彼女と君の波長があった理由がわかった気がするよ
そして君でよかったとも思うよ”
「シズイさん・・・」
「お邪魔かな?」
何だか良い雰囲気?な二人の周りには気づけば全員が集まっていた。
「み、皆さんどうしたんですか?」
周りがニヤニヤ顔をしながら見てくるのに気恥ずかしくなってきたエリカは、それを紛らわすために多少なりとも大げさな態度を取る。
「いえ~(ニヤニヤ」「いやぁ~(ニヤニヤ」
「もう何なんですか!」
未だにからかってくるレイやジンチュに、エリカはとうとうムキになり始めた。
“愉快だな”
「いつもあんな感じだ」
エリカに追いかけ回されている二人を見ながらレオとシズイが笑う。
「任せとけ」
“ん?”
「だから任せとけ」
“それって・・・”
「エリカはやる気満々だし今さらダメとか言っても一人でやろうとするからな。
それに初めからこの地の異変調査もドワーフたちから依頼されてたし。ついでに全部片付けてやるよ」
淡々と話すレオにシズイはポカンと口を開けている。
「だから任せな」
シズイはレオから初めて受けた真っ直ぐな眼差しに、小さく微笑む。
言葉は要らず、そのやりとりが全てであった。
そしてシズイは時間の許す限り、この幸せな時間を噛みしめるのだった。
これからが本番