99.死の実感
慣れって怖い
「た、頼む!!ま、待ってくれ!!!!
こいつを殺さないでやってくれ!!」
龍の背後から現れたのは少し奇妙な男のドワーフであった。
見た目は20代後半から30代に入っているかどうかという程の若さである。全身は筋肉隆々のゴリマッチョではなく、程よく引き締まった細マッチョボディで、炭鉱夫か、冒険家のような服装である。
そして先に奇妙と述べたのは、彼の身長が170cmほどあり普通の人間となんら遜色がないからだ。
本来ドワーフの平均身長は130cm。最高でも150cmには届かないと言われている中で、だ。
「ドワー、フ?」
レイが小さく呟き、魔法の発動させず維持したままドワーフに目線を移す。
「グルルゥ!」
すると、それを見た蛇龍は長い尻尾を使いドワーフを囲み出す。
「そこの人、逃げてください!!」
エリカが必死に呼び掛けるが、そのドワーフは逃げる素振りを一切見せることなくそのまま受け入れる。
「クレイさん、助けましょう」
「・・・」
「クレイさん?」
龍の尾に捕まったドワーフを見てエリカがクレイに救助を提案するもクレイからは沈黙だけが返ってくるだけだった。
エリカはそんなクレイを横目で見る。そこにいたのは確かにクレイではあったが、全くの別人に見えたのだ。
「グアアアアアア!」
咆哮が洞窟内に響き渡ると同時にドワーフを囲んだ尾を締め上げる。
「一刻の猶予もないですね。クレイさん、手を貸してください。
レイさん、魔法でどうにか救助だけでもできないですか?」
「「・・・」」
エリカの叫びに二人は沈黙を貫く。レイは完成された魔法を何時でも発動可能状態に留めたまま龍を睨み続けていた。
「(レイさん魔法は高威力、広範囲の場合が多いですからあのドワーフさんを巻き込まないように様子を見ている?
ならやはりここは・・・)」
エリカは再びクレイに視線を送る。
「クレイさん、私たちで注意を引きましょう。クレイさん!!」
三度目のエリカの問いに関してもクレイは何も答えない。
クレイの様子は先程と変わらず別人に見える。
その理由は、クレイの身体にあった。
敵をしっかりと見つめながら、額には汗をかき、歯を強く噛み締めている。
だが、首より下は小刻みに身体を震わしながらニジリニジリと後退している。
「クレイさん・・・」
端からみれば今にも逃げ出しそうな意気地無しに見えるかもしれないが、エリカにはクレイの行動が無意識なモノなのだと理解できていた。
何故ならば足元は後退しながらも上半身はその場に止まろうと、先に進もうと前のめりに近い形になっているからだ。
「(なんと無様な!!)」
クレイは心の中で今の自分の姿に叱咤する。
身体全身が金縛りにでもあったかのように思うように動くことが出来ず、頭の中からはキンキングワングワンと警報が鳴り響く。
「(この程度の殺意に呑まれぬな!
主様や姉御、奥方様の方が何倍も濃いのだから!!)」
心の中で言い聞かせるが意味をなしてはいない。
この時のクレイはまだ気付いていない、その原因が何処にあるのかを。
「(何故だ・・・)」
これは幸運中で起きた不運。恵まれていたからこそ生まれた気づけなかった落とし穴。
クレイは今、自身の死を肌から、心から実感しているのだ。
今までレオやキューレたちから散々殺意を受けてきた。その事で自身よりも強力な相手にも臆さず戦えてきたのだ。
だが、それはあくまで稽古であり殺される心配など微塵もない。
大ケガをする場合があってもレオかレイがいれば死ぬことはない。
そんな心の隙間に生まれていた【死ぬはずがない】という安心感が今のクレイの現状を作り上げていたのだ。
そして今、その安心感は目の前の蛇龍によって粉々に砕かれた。
つまり、【死は平等に訪れる】、それを嫌でも理解させられているのだ。
「(余りにもちっぽけな・・・」
「クレイ、さん?」
心の声、その端が小さく言葉として出てしまっている。
だが当の本人には分かっていない。
クレイの中に今なお確かにあるのは自分への怒りと、それでもなお命令に従おうとする意思だけであった。
「もう、大丈夫だから。怯えないで、落ち着いて」
幼子を宥めるように優しい声色が響く。
声の発信元は龍の尾からだった。
何度何度も「大丈夫大丈夫」と優しい声が繰り返し繰り返し響くと、次第に締め上げられていた龍の尻尾が開かれる。
そこにいたのは一切の外傷もなく、捕まった時と同じ姿のドワーフがいた。
「すみませんが、皆さんも殺気を抑えて貰えますか?
あと、そちらの妖精の方も魔法を解除してほしいのですが・・・」
ドワーフは困ったような笑顔を浮かべながらレイに対して告げる。
そんなドワーフとその横で今では大人しく控える龍を見て、レイは留めていた魔法を解除する。
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたドワーフは龍の方を向き、優しく身体を撫で始めたら。
「さぁ【ハイズー】、獲物を持って一度巣穴へとお帰り」
ドワーフの言葉が通じたのか、名残惜しそうにグルルと軽く喉を鳴らした後、いつの間にか後ろで横たわっていた2、3mほどの黒豹のような魔物を加えて奥の穴へと向かっていく。
「すぐに僕も戻るから大人しく待っててくれよ~」
一体奥へと帰るの姿を見つつ叫ぶドワーフに機嫌良く尻尾を振ることで挨拶をしつつ、蛇龍は消えていった。
「さて――――」
龍を見送るとドワーフは再びレイたちに向き直す。
「君たちは何者かな? 場合によっては・・・」
静かな言い回しではあるが、先ほどまでの優しい声色はなりを潜め、どことなく風格のようなものが顕になっている。
さらに何処から出てきたのか身の丈ほどの大槌を右手に持っていたのだ。
「はぁ、はぁ、俺たちは敵じゃ、ない。
あ、あんたを探しに来たんだよ、総長さん?」
息も絶え絶えな状態にも関わらずレオが問いかける。
そんなレオの問いにドワーフは顔を伏せるだけだった。
一人と一体の物語




