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【物語】明里と隼士のおとぎばなし  作者: ヤマトミチカ
9/11

【物語】明里と隼士のおとぎばなし ~ハロウィンって、なぁに?~

 一話読み切り短編の現代童話です。

 ここは街に近い山村。


 十月ももうすぐ数日で終わるという昼下がりのこと。

『おい、隼士!』

 齢千年を越える古狸、作兵衛が声を張り上げ、二十歳の農家の青年の前に現れた。

 隼士には【いろんなもの】が見え、それらと話したりすることができる。それらを絵に描いたりもする。

 それはそうと、古狸は『【ハロウィン】とは、何ぞ?』ひょうきんな顔を輝かせる。

「ハロウィン、とは……?」田舎者の隼人も首を傾げる。作兵衛はでっぷりした体で地団駄を踏む。『若いくせに、知らんのか!?儂はラジオで聴いた!何かとっても美味いものを食うようではないか!』

 世間に疎い隼士ではあるが、食い意地の張った御大があまりにも詰め寄ってくるので苦笑いだ。

「カボチャの料理やいろんなお菓子を食べるんだっけ?あとは仮装をするような……」

『仮装とは?』狸が直ぐさま鋭い眼で聞き返す。

 隼士が「お前が化ける事と同じようなものだ」と、笑う。

 それを受けた作兵衛は腕組みをし、真剣な顔を巫覡の末裔に向ける。『よく分かった!ようし、今年は儂らでハロウィンをやるぞなもし!化けて、美味いものを食う!祭りだっ!!』

『あ……なんと訂正したらいいのかな……』と青年が思っているうちに、作兵衛はあっという間に【木の葉通信】で化け仲間に伝達を終えてしまった。

 青年の肩に留まる、守神の烏の千剣破が盛大に笑う。『よいではないか!我らも加わろう。食い物は、明里に作ってもらえ!』

 それを聴き、同じく守神の白狼、彗玲が碧い目を燃やす!『大賛成だ!明里の!ぱてぃしえのお菓子を、山盛り食べたいっ!』涎を滝の様に垂れ流し、白くふさふさした尻尾をフル回転させる有様だ。

 一気に食いしん坊オーラ全開に変わった皆が妖の眼を爛々とさせ、若者に迫り来る。

「わかりました……代金は、自分が。平素より皆様にはお世話になっておりますので……」

 隼士はため息をつきながら、明里にメールで手作りお菓子を依頼した。



「お ま た せ ~!」

 三日後の夜のこと。久しぶりに村に帰省した明里は、隼士と青い車に一緒に乗り、大きな段ボール箱を抱えて【祭り会場】に現れた。

 さすがに晩秋の山奥の夜は冷たい風が吹きすさび、知らず知らずに人間の身体は縮こまる。

 厚着した隼士は集まった参加者の確認をする。今回は狸の作兵衛、烏の千剣破と千歳、千茅、白狼の彗玲、それに狐の金雀児エニシダ、おたまじゃくしのタマ、猫又の喜八だ。みんなは基本的に【物の怪の類】なので人よりは丈夫なせいか寒さを微塵ともせず、笑顔を隼士と明里に向ける。『祭りを!美味い食い物を!楽しむぞ!』

 明里もコートを着込み「隼士、私たちも楽しもう」朗らかな顔を向ける。彼も頷く。

 気の利いた狐が『これならあたたかいぞ』とオレンジ色の狐火を周囲に展開させた。あっというまに場が、春の陽気のような居心地のよさとなった。


『いいか、みんな!化けるぞ!ほれ、ほい!』古狸の作兵衛の号令で、皆はめいめいに好きな姿に転じ出した。

 狸の作兵衛は長い金髪を緩やかになびかせる白いドレスの乙女姿に。その美しさに、周りからどよめきと拍手が起こる。『さすがは作兵衛殿。城ひとつ墜とした力は健在ですな』

 金雀児が細い目を煌めかせる。

 三羽烏は空に浮かぶ蝶の羽を持つ赤い金魚たちに、彗玲はたんぽぽの尻尾を持つライオンに変化した。ライオンと金魚の組み合わせに、明里が「懐かしい」と手を叩く。隼士の顔も綻んだ。幼い頃、ふたりで読んだ絵本に出る妖精たちだ。

『では』と、狐と猫又は目を合わせ、平安貴族の衣服を纏う男に転じた。ふたりとも竹笛を携えている。

『オイラは化けられないよ。齢が足りない……』周りの転じた綺麗な姿に、タマがしょんぼりする。それに対し、金雀児と喜八は『タマ殿、主は跳ねて踊るがよい』甲高い竹笛の音を響かせた。『戦国の姫も聴いた笛の音ぞ!』

 緩急織り交ぜた美しい二重奏に、タマも大喜びで尾を振り乱し、夜空を舞う。『ロックだぜ!いえ~い!』

 隼士と明里も、演奏と気ままに飛び交う歓声に手拍子を打つ。

『お主らも、何かせい!楽しめ!』作兵衛が、美麗な乙女の姿で腹鼓とダミ声を披露するので、言われたふたりは笑い転げる。

「じゃあ、ちょっとだけ」隼士が明里の手を取り、額同士をくっつける。「最果ての傍、永久とこしえの今。その糸、綾なす」詞を呟く。

「隼士、綺麗なものがいい」明里が間近に迫る彼の黒い瞳を見つめた。「いいよ」隼士が目を閉じて静かに笑う。

 次の瞬間、みんなの周りにきらきらひかる星の集団が現れた。水色や金銀、桜色、様々に皓く輝く星々が、可愛らしい音を響かせ、たなびいたり、ちりぢりに舞いひらめく。

 みんなは子供以上の大歓声を上げ、笛を吹き鳴らし、笑顔で踊り歌い、それはもう、はしゃいだ。


『よーし!者どもよ!腹は減らしたな!明里!いよいよ菓子だ!!クライマックスじゃ!』

 古狸の気迫は凄まじい。踊り疲れるどころか、気を充満させ鬨の声を上げた。皆もそれに合わせ、意気揚々と拳を掲げる。

 物の怪はすべからくおなかペコペコだ!おー!!

「では!」明里がレジャーシートに、かぼちゃのプリン、いちごのタルト、カスタードシュークリーム、モンブランケーキとりんごのプディング、小豆とホイップクリームのロールケーキにザッハトルテ、を人数分の三倍、広げた。

 これには全員『おおおおおお……!』と、スタンディングオベーションの嵐、感涙とハグの共演、笑顔の乱舞、という……【食いしん坊祭り】の締めには最高なお菓子の時間となった。

 みんな月明かりの下、あたたかい狐火に囲まれ、ゆっくり……いや、実際にはガツガツ、とあっという間に明里の自信作は完食された。

『明里、ありがとう』集まったみんなは彼女の手を取り、礼を述べる。『今回の祭りを考えてくれて、天の川を見せてくれた隼士にも感謝だ』化け物たちは彼にも笑顔を向けた。そうしてみんなは、爽やかに祭り会場をあとにした。


「面白かったね」明里が隼士に柔らかい眼差しを向ける。「代金は足りた?」隼士が苦笑いしながら彼女に尋ねる。明里も朗らかに頷き返す。「店長が『こんなに注文してくれて嬉しい!またごひいきに!』って言っていたよ」

「明里の店のお菓子はおいしいよ」隼士も笑う。「明里の作ったものもおいしいし」

「隼士はシュークリーム1個しか食べてなかったでしょ?遠慮したわね」明里が彼の腕に飛び付く。「いいんだ」隼士も彼女を抱き締める。ふたりの体温が冷たい大気の中でひとつになり、笑顔を生む。

「なんだか、みんな……肝心な【ハロウィン】のことを忘れていたような……」

 のんきな青年は、大事な人と夜空を眺める。

「ま、いいか」


 流れ星ひとつ、きらりん。





(了)


 


 拙作をご覧くださりありがとうございます。

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