【物語】イライラ虫
一話読み切りの現代童話です。
隼人は村で暮らす若者だ。
季節は夏。畑にはトマトやピーマン、ナスが実り出し、その脇にも多くの花が咲く。
ちいさな村では露地栽培の他に米や原木椎茸の栽培も行っているが、夏の村は原色で溢れかえる。
『トウモロコシは美味いから、見回りに来ないとカラスが先に食っちまうな』
早朝の畑。爽やかな空気の中、隼士にそう話しかける千剣破も烏だ。
それに対し同じく烏の千歳は『なあに、食いしん坊の千茅が実のなる前に食っちまうさ!』くちばしを開けて大笑いする。そんな千歳に千茅が腹を立てカアカアと鳴き、とっくみあいが始まる。
そんな三羽烏の元気な声と軽トラからのAMラジオ放送をBGMに、隼士はせっせと野菜を収穫する。この後は田んぼの草取りの予定だ。
白狼の彗玲は『見張り役』とか言い、そばでうたた寝。
日焼けした隼士も、一緒にいる両親や、じいちゃんとばあちゃんも『こいつら』に構っていると作業が滞るので、もう好きにさせている。
ああそうだ。イライラ虫の事だ。
こいつらと暮らす隼士も大概おおらかだが、のんきに暮らせるのはこいつらのお陰でもある。
烏がイライラ虫を食ってくれるんだよ。
隼士は子供の頃からのんきな性分で、たまにそれに腹を立てる者が出る。そういう時、烏がイライラ虫を食うと、そいつは直ぐさま穏やかになる、というわけだ。
『イライラ虫。そう言えば最近食ってないな』千歳が思い出したように言う。
千剣破は『隼士がガキの頃は学校でしこたま食ってたっけな』と彗玲の毛繕いをしながら応じる。
「そうだっけ?」青々としたピーマンを剪定ばさみで摘み取りながら隼士がのんびり言う。
『そりゃそうだ!お前が気付く前に食ってたんだ』千茅がしたり顔で彼を見つめる。隼士は笑う。しかし、ふと「あれ?じゃあなんで明里のイライラ虫は食べないの?」彼は三羽に尋ねた。
三羽烏は『あんな奴のイライラ虫なんか食ったら腹を壊して大変な事になる。我らを殺す気か!』声を揃え、呆れ顔で答えた。
それを聴き、そばにいるばあちゃんが大笑いし「明里には美味いものを食わせるのがいちばん」差し入れ用の野菜を籠にとりわけ隼士に渡した。
「ありがとう。夜渡す」彼は軍手をした手の甲で汗をぬぐい、穏やかに笑った。
(了)